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労働の自由。結婚の自由

ホモ・ネーモさんは、アンチワーク哲学を掲げて「まとも書房」という個人出版を立ち上げている noterさんです。

このプロジェクト&コミュニティに私も微力ながら参加しています。
彼の考えに本質的な部分で賛同しているからです。
なので、このアンチワークという考えを支持する記事はいくらでも書けるのですが、そこはホモ・ネーモさん本人の記事や著書を読んでいただいたほうがいいでしょう。
そこで、本稿は敢えてアンチワークの問題点を提起してみることにします。


「本当は働きたくない」と思っている人が働き続ける理由はなんでしょうか?
大きく2つある、と私は考えました。
ひとつは、社会とのつながりを保つため。
たとえば、自分の居場所がほしい。あなたはここに居ていいんだよ、と言ってくれる場所が職場です。
また、社会の中での自分の存在意義をもつことで、私はこういうことをしている人間です、と自分を紹介できること。
初対面の人と会話を始めるときにたいてい仕事の話になるのは、職業が最も自分を説明できるからでしょう。
つまり、仕事をもっていないと、社会の中で居場所がなく、新たに人と付き合うこともできない、というわけです。

もうひとつの理由は、安定した収入を得るため。
「安定した収入」とは、生活するのに十分な収入以上のもののようです。
ベーシックインカムによって、たとえば月20万円の純収入がもらえたとしても、それだけでは足りない、と考える人は仕事を続けるでしょうね。
それだけでは足りない理由の代表的なものは以下の2つでしょうか。
1) 子の教育費にもっとお金がかかる
2) 老後(失業後)のための蓄えが必要

子を持たず、老後を心配しない人だけが働かずに生きていけるということでしょうか。

このように考えると、「仕事をしない」生き方はけっこうハードルが高いんですよね。
職場以外の居場所を見つける。または、居場所のない生活に耐える。
生涯、子を持たない。または、そもそも結婚しない。
老後のことを考えない。または、長生きしない。

つまり、アンチワークの目指すところは、「孤独」「非婚」「安楽死」といった現代的な問題に直結しているように思えるのです。
これらの問題を回避しようとすれば、「仕事を続ける」ことは極めて合理的な選択になります。
アンチワークに反対する人たちは、「仕事をしない」選択がこれらの諸問題と隣り合わせにあると直感的にわかっているのでしょう。
少なくとも自分は、孤独は嫌だし、結婚して子を持ちたいし、快適な施設で老後を過ごしたい、と大多数の人が考えるかぎり、アンチワークの普及は難しい気がします。

これらの問題に対する人々の不安を取り除いてあげる必要があるのではないでしょうか。
ベーシックインカムはそのひとつだと思いますが、それだけでは不十分です。お金で解決できない問題があるからです。
存在意義の問題。職業や肩書き以外で自分が何者であるかを表明できる属性はあるか。
孤独の問題。職場以外で「無条件にそこに居ていい」居場所をつくれるか。
家族の問題。血縁以外で、人と人が支え合って共生する生き方を提示できるか。

「仕事」と「家族」というほぼ二軸でつくられているような、単調な世界観を変えることができるか?ってことだと思うんですよ。
で、私は「できる」と考えています。
すでに、時代はその方向へ向かいつつあると感じるからです。
現在の雇用制度も家族制度も、何百年もかけてつくられてきたものなので、ガラリと変わることはないでしょう。
まずは、ごく少数のイノベーターとアーリーアダプターが出現します。(すでに出現していると思います)
雇用関係や血縁関係に縛られない生き方を始めた人たちですね。

この変化は、大きな痛みをともないます。
職場や家庭に安寧の居場所をもっている人は、それを失うことになりますからね。
労働の問題と家族の問題は、切っても切れない関係にあります。
労働(=強制される不愉快な営み)を続けるのは家族のため、と考える人が多数だからです。
労働にまとわりついた価値観をぶっ壊すには、家族を大切にする価値観をも壊す覚悟が必要になるでしょう。
この創造的破壊行為は、誰かがやらなくても、時代の潮流として不可避かつ不可逆的に進行する類いのものだと思われます。

大切なのは、職場や家庭といった居場所が崩壊していく中で、それらに代わる受け皿を用意してあげることだと私は考えます。
そんなことを言いながら、私は歴史や伝統に価値をおく人間でしてね。コミュニティとしての職場や、伝統的な家族関係を守る人たちにも共感します。
仕事をもっている人ともっていない人が半分半分。
結婚する人としない人が半分半分。
それでいて、お互いの生き方に理解を示し、笑って語り合えるような社会がいいな、と思っています。


ホモ・ネーモさん。
世界は少しずつ狂っているところがあるよね。
しかし、人間の社会には自浄作用があり、ぶっ壊れる一歩手前で揺り戻す力もある。
この狂った現状に苦しんでいる人もいれば、それとわかったうえで踏ん張っている人もいる。
黒幕も敵もいない、どうしようもない社会で、私たちができることはなんだろうね。
同種の問題を抱えている人たちや、モヤモヤしている人たちと対話しながら共に考えよう。
この生きづらい世を笑い飛ばしてサバイブする仲間とつながっていこう。