見出し画像

『安全は科学、安心は人』(福島民報「民報サロン」2021年10月2日寄稿)

 東日本大震災。日本の食糧庫だった東北を津波と原発事故が襲い、農業・漁業・食産業が壊滅的な打撃を受けました。
産業を挙げて取り組まなければ復興はないと、日本の食関連企業が40社ほど集まって「東の食の会」が結成されました。
 以来、三陸・福島の漁師・農家などのヒーロー生産者や、三陸の「サヴァ缶」「アカモク」、福島ではサゴハチ「358」などヒット商品を産み出してきましたが、最初に取り組んだのは、いかに食の安全性を担保するかという課題でした。
 国際的な専門家の指導の下、民間企業による食品の放射能検査の方法を策定したり、検査機器の貸し出しを行ったりしました。
 ただ、活動を行っていく中で気づいたのは、安全は科学的・客観的に担保されるべきものですが、人々の「安心」は別ものだということです。新たな食品中の放射性物質の基準値が国際的に最も厳しい基準であることや厳格なモニタリングが行われていることを伝えて「安全」を訴えても、必ずしもすべての人の「安心」に結びつくわけではないという現実でした。
 その後、様々な活動に取り組み、東北の食、福島の食が消費者の信頼を回復していく上で最も大きかったのは、東北の生産者の方々と消費者が直接交流をすることだったと思います。
 農家がどのような土地でどのように作物を育てているのか、漁師がどのような海でどのように魚を獲っているのか、食品加工業者がどのような原料を使ってどのように商品を作っているのか。そしてそれをどのような想(おも)いでやり続けているのか。
 筆舌に尽くし難い苦境の中から立ち上がり、時に非難を受けながらも、それを直接伝え続けた結果、その人柄と想いに魅了された消費者は、この人なら間違ったものは作らないと、まさに「安心」を得ていったのです。
 「安全は科学、安心は人」。科学的な安全性だけでは回復しなかった、消費者の信頼、安心を勝ち得ていった生産者はまさに「ヒーロー」だと思います。ただ難しいのは、安心を回復することは、産業としての復興の入口に過ぎないということです。
 他の地域の食に対してはもともと不安がないので、安心を勝ち得てもマイナスをゼロに戻しただけ。消費者が選ぶ理由にはなりません。東北の食、福島の食を消費者が積極的に選んで購入するには、さらに他にはない「プラス」を作る必要があります。
 ここでもまた鍵となるのは「人」です。人々の安心を勝ち得た生産者のモノづくりへのこだわり、そしてその背景にある想いは、マイナスをゼロにするだけでなく、他にはないプラスを産み出します。こだわりは味に現れ、その想いを知って味わうおいしさは倍増します。そうなれば当然、その生産者のものを積極的に選びます。こうして、東北、福島の食産業復興は大きく進みました。
 次は、海外。ここでも「安全は科学、安心は人」。ヒーロー生産者のこだわりと想いを伝えて安心を得、世界に選ばれる東北、福島の食を実現します。(浪江町樋渡、東の食の会専務理事)

*この記事は、福島民報「民報サロン」(2021年10月2日)に寄稿したものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?