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超短編 『手品師の息子』

トイレからリビングに戻ると、息子が私の財布から千円札を2枚抜き取ろうとしていた。

「おいおいマリク、一体何をしているんだ。その千円札で手品でも見せてくれるのかい」

息子はビクっとしてから、バツの悪そうな顔で振り向いた。

「か、買いたい雑誌が有るんだ・・・」

私は顔をしかめた。

息子の言葉が信じられなかったのだ。

「雑誌?馬鹿になりたいのか」

台所の妻を呼んだ。

息子はうなだれている。

「母さん、マリクが私の財布から千円札を2枚抜き取ろうとしていたんだ」

「あら、新しい手品ですの?」

「私もそう思って興奮したんだが、聞いてみると、どうも違うらしい。雑誌を買いたいと言うんだよ」

「あら、雑誌ですの」

妻は少し驚いた様子だった。

「でも貴方、マリクももう中学生だし、読みたい雑誌の1つくらい、有っても仕方ないんじゃないかしら」

「母さん、私はこれまで雑誌なんて一度も読んだ事は無い。あんなものを読む人間は社会の奴隷だよ。大体、君の教育がなっていないから・・・(後略)」

「でも貴方、雑誌といっても色々有りますわ。中には多少有意義な物も有るかもしれませんわよ」

「くだらん。雑誌は雑誌という時点で、どうしようもない代物と決まっているんだ」

「マリク、貴方が買いたい雑誌というのは、どんな雑誌なの」

妻が優しく尋ねた。

息子が泣きそうな声で答える。

「て、手品の雑誌なんだ・・・」

私と妻は見つめ合い、どちらともなく微笑んだ。



今アナタは大変なモノを盗もうとしています。私の、心です。