発達障害バレで仕事クビになりました。

追記:最近来る人が多いので先にその後の記事について貼っておきます(2020/2/15)



職場バレが怖いので一部ぼかしますがほぼ事実を書きます。

今まで黙っていましたが僕は今まで医療系の仕事、具体的には診療放射線技師(今ドラマでやってるやつですね)をしていました。給料は手取り19万前後でした。僕のスペックから見たら破格の給料だったと思います。

僕の事を少し書きましょう。僕は地元の大学に実家通いで四年通ったのですが、あろうことか就職活動をろくにせず結果就職口のないまま卒業しました。本当にバカでアホだと思います。この時真面目に就職活動してたら絶対今よりマトモな人生を送っていました。今でも、今でも後悔の念があります。本当に人生を間違えたと、決定的なミスをしたと思っています。

そして無職時代(一回目)、看護師の母から勧められた放射線技師の仕事を少し調べ、実家から通える距離に運よく専門学校があったこともありそこに通い診療放射線技師として就職することを選びました。今思うとあまり深く考えず「国家資格ならまあくいっぱぐれないだろう」程度の甘い考えでした。これも本当に後悔しています。もっと深刻に考えるべきだったのが、実家住まいで金銭感覚がマヒしていたのです。

その後は専門学校に三年通い、途中落第の危機もありつつもどうにか卒業し無事に国家試験も受かり、最初は神奈川県の病院に就職しました。

一年で辞めました。いや、辞めさせられました。

診療放射線技師はマイナーな職業なのでなかなかイメージが掴めないでしょうが、簡単に言えば「絶対にミスしてはいけない作業を素早くこなす」というADHD者にとっては最大レベルに難しいスキルを要求する職業でした。そもそも就職するまで自分がADHDだという自覚がなかった自分にはそれが自分に最も不適合な仕事であることに気が付かなかったのです。

診療放射線技師には大まかにわけて「レントゲン撮影(健康診断で肺の写真をパッととるようなアレ)」と「CT撮影(例のでかい機械の中に入れられて頭とかとるやつ)」、「MRI撮影(金がかかってガンガンうるさいアレ)」の三つがあります。最初の二つは放射線を当てるという性質上撮影ミスは可能な限り避けるべきという風潮があり、MRIは超強力磁石を使うので患者の装飾品や体内に金属がないか綿密に調べる必要があります。そしてそれらは、ケアレスミスが異常に多いという傾向のある発達障害、ADHD者には最も相性の悪いものであったわけです。

ADHDに合わない仕事、要は不注意傾向からのミスが多発する仕事はほぼすべての仕事がそうなのですが、こと医療系になるとそのミスが患者への重大なインシデント、アクシデントに繋がらり最悪死亡事故や訴訟問題に発展しかねないので、そんなミスが多く続く人間を放射線技師として雇いたくはない、という風潮があります。はっきり言われましたが、放射線技師には精神的疾患が存在すると免許が剥奪されるのですが、発達障害もそのうちに入るので発達障害と診断されたら放射線技師として活動はできない、そう言われました。僕もそれは正しいと思います。それを僕に宣告した上司の人は悪くないです。

そもそも医療と言う一歩ミスったら患者が死ぬかもしれない仕事にADHDが関わるべきではなかったのです。普通の仕事ならもちろん同僚に死ぬほど負担はかかりますがそれでも誰かが死ぬことはないはずです。ですが、医療系はそれが起こりえるわけです。そこを指摘されたら何も言えなくなります。僕だって自分のミスで誰かが死んだらと思うとゾッとします。

だから僕をクビにした上司の方、そして同僚の人らは悪くない。僕がもし健常者で同僚に僕みたいなのがいたら絶対クビにしてます。だって人が死ぬかもしれないんですから。殺人者になるんですから。それはもう、仕方のないことです。

さて、そういう理由で職場の全員から「お前とは無理」と言われクビになったのが神奈川県での最初の就職で、そこで地元の浜松に戻った僕は、仕事が合わない自覚はありつつも、親が年間100万近く学費を払ってくれて得られた資格を無駄にはしたくないというプライドから、それでもまだ診療放射線技師として仕事をしたい、今更他の仕事なんてできないとしてそこにしがみつこうとしていました。これもまた判断ミスで、せめてこの時に見切りをつけるべきだったと、そう思います。僕の人生すべてが判断ミスですね。

次の就職口は割とすぐ見つかりました。地元浜松ではないですが隣の市くらいの地域でした。これには両親も喜んでくれて、僕はこの職場で仕事しつつ時々実家に戻って家族の世話をする生活を考えていました。

ですがADHDによるミスの連発は治りませんでした。自分なりに努力はしましたが、無理でした。

二回目の職場の上司はまだ我慢強い人だったのか。二年は僕の事を見守ってくれましたが、二年たってもろくに仕事を覚えず時に致命的なアクシデントに繋がりかねないミスを起こす僕に、とうとう堪忍袋の緒が切れたようです。先日僕を呼んで「お前はクビだ」という事を伝えました。そして同僚の方々もみんな僕のことを負担に感じている。そのうちの一人が辞めるのですがその原因の一つは僕であると伝えました。これが一番つらかった。その人は非常に温厚で僕に優しかった人であるだけに、その人が辞める事を決意する理由に僕の無能があったことがショックでした。本当に申し訳ない。死んでお詫びしたいと思っています。

先にも書きましたが人の死が関わる医療系においてはその可能性がある僕のようなADHD者は絶対にそばにおいておきたくない人材で、僕もミスを減らすことで「僕は致命的なミスをするわけではないです。安心してください」とアピールすべきだったのが結局できなかった人間なので、今回の解雇通告はショックながらも「仕方ないよな」と思っています。悪いのは全部僕でした。僕が発達障害にも関わらずこの業界に入ろうとしたのが全ての、全ての間違いでした。

この文章を呼んでくれる人がいるかはわかりませんが、一つ言えるのは、発達障害は医療系の仕事を選んではいけない。どんなに鉄板に見えても選んではいけない。その結果が、三年間も勉強と親から300万もはらわせて得た資格が紙切れとなった自分なのだから、という事です。もしコメディカルの仕事がしたい人がいたら、一度自分が発達障害ではないか精神科にかかって検査すると良いと思います。それがのちの人生を変えるかもしれないので。

さて、僕は300万と三年間。そしてその後の就職して今に至るまでの期間をすべて無駄にしたわけで、今後就職する時は実質「職歴ナシ30代」になるわけです。そう自覚した時点で今すぐにでも自殺するか秋葉原の交差点に軽トラで突っ込んで死刑判決を受けたいという欲求に駆られますが。僕にそんな度胸はないので意地汚く生き続けることでしょう。死にたくないから仕方なく生きる、そんな人生しか僕のこれからの人生には存在しません。

結婚も、子育ても、パートナーも、僕が得られたかもしれない「普通の幸せ」はもう不可能になりました。でもそれでいいと思います。ふんぎりがつきました。僕は本来そういう人間だったのです。子供なんてとても無理な、本当に無能で無為で極潰し、なんの役にも立たない人間だったのです。そのことに気づくまでに30年もかかってしまいました。

平成の最初に生まれ。令和の最初に無職、そしてそのまま社会のゴミとして死ぬまで生き恥を晒し続ける人生を送る。それも僕は悪くないと思います。だってなんだかキリがいいじゃないですか。僕のような無能が存在する事で「あ、オレこのクズよりはマシな人間だな」と安心する人がいてくれたら、ようやく僕は社会の役に立ったんだなと思います。なのでここまで読んでくれたみなさん。可能な限り僕を見下してください。バカにして下さい。「こんなクズがいるんだからオレも生きてて良いんだ」と思って下さい。そうすることで僕はやっと救われます。それが僕の30年、今まで生きて来た意味なのです。どうか僕を救ってください。よろしくお願いします。

最後に。ここまで読んで下さってありがとうございます。僕のような最底辺の人間の駄文を読んで下さりありがとうございます。僕は生き続けるでしょう。生き恥を晒し続け、全人類に見下され罵倒され、それでも意地汚く醜く生き続けるでしょう。それが僕と言う人間です。今後はもう二度と人生で良い事はないですが、そんな僕の人生を嗤ってくれる人が一人でもいたら、僕は幸せです。幸せです。幸せです。幸せです。幸せです。

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