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眠れぬ夜には、BGMもナレーションもないドキュメンタリー映画を

「静謐」という普段は使わないちょっと上品な言葉で形容をしたくなる、そんなドキュメンタリー映画をご紹介したい。ニコラウス・ゲイハルターというオーストリアの映画監督による3本。夜、静かな部屋で1人、じっと画面を見つめていたくなる、そんな映画である。

映画は、固定カメラ(たまに動く)で捉えた風景とそこでの環境音とが、1カット20~30秒くらいでどんどん切り替わっていくスタイルだ。タイトル通り、ナレーションもBGMもない。ただただ映像と環境音のみがずっと流れていく。

しかしそれは世界のどこかの現実を垣間見ているのであり、不思議とそうした実感が、飽きずに映画を最後まで鑑賞させてしまう。


『人類遺産』

『人類遺産』(2016年)
(C)2016 Nikolaus Geyrhalter Filmproduktion GmbH

自然の中に人類が残した遺産を淡々と映し出した映画で、その多くは「廃墟」である。廃墟好きにはずっと観ていたい映像だろう。

波の轟音、水の流れる音、鳥の羽ばたく音、カエルの鳴き声など、意外とうるさい場所もあれば、しーんとしている場所もある。普段の廃墟はこんな感じなのだ。

奇界遺産の佐藤健寿さんが
「クレイジージャーニー」で訪れていた共産党ホール
協会の廃墟
ハリケーンで海に沈んだジェットコースター

家屋の廃墟だけではなく、チェルノブイリのような街ごと廃墟と化してしまったような場所や、自然の中に人類が置き去りにしてしまったゴミなども映し出される。

人間の遺物をひっくるめて『人類遺産』というタイトルなのもよく言ったものだなと思うし、原題が『Homo Sapiens』だというのもまた、深く考えさせられる良いタイトルだ。人が一切出てこないので、今回紹介する静かな映画の中でも、特に静かなのがこの作品。

日本の廃墟も登場
やはり軍艦島は外せないらしい


『眠れぬ夜の仕事図鑑』

こちらの作品の原題は「Abendland」。ドイツ語で、西洋とかヨーロッパという意味だそうだ。

世の中が寝静まった夜に活動する人たちを捉えたドキュメンタリー映画で、邦題と原題とで意味にかなりの差異があるが、まあ邦題通り、大体は夜に働いている人たちにフォーカスした作品と言って差し支えないだろう。

いきなり性行為に励む男女が映し出されて、これは夜の「仕事」なのか?と面食らうこともあったが、仕事の括りにしているのは日本のタイトルだけなのだ。これはこれで夜の生態の1つなのだろう。

『眠れぬ夜の仕事図鑑』(2011年)
(C)2011 Nikolaus Geyrhalter Filmproduktion GmbH

『人類遺産』とはまた異なる静謐さを備えており、世の中にはこんなお仕事もあるのだなという観点でも参考になった。

ドラッグのディーラーがいないかを監視
警察官の射撃訓練
グリーンバックで演技する人がシュールだった
オクトーバーフェスト
火葬場
セクシーポーズをとる女性
このシーンでの主役は会議の参加者ではなく、
その裏にいる各国の同時通訳

夜が舞台なので、当然クラブで盛り上がるパリピなども登場する。『人類遺産』と比べると確かにノイジーかもしれないが、観ていてあまり気にはならない。むしろそうしたシーンのすぐ後で訪れる静寂に、クラブ帰りで帰宅した時のような謎の安堵感がある。


『いのちの食べかた』

『いのちの食べかた』(2005年)
(C)2005 Nikolaus Geyrhalter Filmproduktion GmbH

毎日のように口にしている肉・魚・野菜などの食材がどのようにして、またどのような人が作っているかを追ったドキュメンタリー。畑での農薬散布や収穫の様子、養鶏、畜産、海産物の加工など、あらゆる食材についての作品だ。映像資料としての価値が非常に高い。

先に紹介した2本と同様、現実を淡々と切り取ったとても静かな映画であることは間違いないが、苦手に感じる方もいるかもしれない。多くはないが、割としっかりめに屠畜(食肉用の家畜を解体する作業)のシーンがあるからだ。

ただ今後、食べ物が目の前に来るまでにかかわった人々や「命」により感謝して食事をするべく、個人的には観ることをオススメする。

乳しぼりの様子
見渡す限りのニワトリ

映画を観ていると、大量生産の効率化のために、ものすごく工業化が進んでいることが分かる。しかしこの映画は2005年の作品だ。現在はもっと効率化や機械化が進んでいるだろう。イチ視聴者として我儘を言うと、定期的に撮影して見せてほしい。

トマトの収穫

この映画が面白いのは、仕事の様子も映しつつ、ところどころその人が休憩している様子の正面カットが入ることだ。食材は人の手で作られて、人の手で届けられるということを、あらためて印象付けられる。

生産者さんの顔が見えると、なんだか安心してしまうのと同じだ。


おわりに

以上3本、1人静かに鑑賞したい、BGMもナレーションもない静謐なドキュメンタリー映画である。

2本目の作品タイトルを借りて「眠れぬ夜に」と銘打ったこの記事、確かに眠くなりそうな映像なのだが、不思議と見続けられてしまう画面の強さがある。まあもし眠くなったら寝て、続きは次の日。そんな鑑賞の仕方でも良いかもしれない。


▼予告編(BGMもナレーションもあるので本編とは雰囲気が少し変わるが、興味ある方はぜひ)

▼今回触れた映画リスト

最後までお読みいただき本当にありがとうございます。面白い記事が書けるよう精進します。 最後まで読んだついでに「スキ」お願いします!