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あいつのベルボトム

小学生の頃、近所の商店街で行われていた夜店に行くのが楽しみだった。祖母からもらった小遣いを握り締め、浮かれながら友達と遊んだ。
屋台が閉まったあとはお堂に移動し、友達といつまでも騒ぐ。周囲から人影がなくなるのをきっかけに解散したが、名残惜しくなるほど楽しい時間だった。
小学六年生の夏休み。例年通り夜店を満喫したあとに、商店街からお堂に移動した。
屋台で手に入れたトレーディングカードを自慢し合ったり、暗闇の中で狂ったようにピンポン玉を投げ合った。
いつものように友達とふざけていると、同級生のひとりに対して違和感を覚える。
その同級生はTちゃんというあだ名で、ユーモアがありスポーツ万能な男子。
僕は違和感を探るために、休憩するふりをしてTちゃんの観察をはじめた。
Tちゃんは黒色の長ズボンを穿いていた。当時は名称が分からなかったが、タイトなベルボトムのジーンズを穿いていたのだ。なぜ真夏に長ズボンを穿いているのか不思議に思った。小学生なら夏は半袖に半ズボンだ。ファッションの概念が乏しい年頃のため、限られたバリエーションでしか想像ができなかった。
それ以上に気になったのは、ベルボトム特有のあの形。膝から裾に向かって広がる独特な形に、心を奪われる。
「なんだかよく分からない形だけど、あのズボンかっこいい!」
これまでに感じたことのない衝撃である。感覚的で言葉にはできなかったが、ときめいた。しかも、黒色のジーンズ。その時に初めて青色以外のジーンズが存在することを知った。
自分も含め、Tちゃん以外の同級生が急にこどもっぽく見えた。
「俺がはいてる短パンは、なんでこんなに短いんだ」
いつも穿いている短パンが、猛烈にかっこ悪く思えた。少しでもTちゃんのズボンに似せようとして、ばれないように短パンをぎゅっと伸ばしたが、さほど変わらなかった。
ベルボトムへの憧れと衝撃。短パンへの羞恥と決別。なくなったピンポン玉。複雑な感情にぐるぐると支配されながら、帰路に就く。
それから数年後、中学卒業を控え、ようやくファッションに興味を持つようになる。
Tちゃんが穿いていたズボンがベルボトムだと分かり手に入れようとしたが、オーバーサイズのジーンズが流行りはじめていた。それでも僕は信念を貫き、タイトなベルボトムを選択する。時代錯誤だとしても、あの時に刻まれた衝撃が僕を強気にさせていた。迷いはなかった。
しかし、田舎のファッショニスタ的存在だった友達に「すその中になんか入れてんの?」とからかわれた。あと、外に出て気が付いたのだが、妙にベルボトムだけが浮いている。ズボンにばかり気を取られ、全身の調和を考えていなかったのだ。コーディネートのバランスが崩壊していたのだろう。
あの夏にお堂で感じた恥ずかしさが、時を超えて甦ってきた。僕はベルボトムの裾をぎゅっときつめに巻いた。裾は平然とした様子で、すぐに元通りに広がった。むしろ、前より広がった気がする。誤魔化し方から察するに、どうやら短パンの時から思考が成長していない。
現在でも僕のファッションはちぐはぐなままだ。いつまでたっても時代に追いつけない。
あいつの黒い悩殺ベルボトムは、しびれるくらいハイカラで、突き抜けていた。

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