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ROCK GENERATION

中学時代にだけ親交のあったクラスメイトでOという男子がいた。2年生の進級時に仲良くなり、卒業のタイミングで親交が途絶えた。
クラス替えや卒業などによる環境の変化で、疎遠になった同級生は他にもいたが、Oだけは現在でも印象に残っており、記憶に刻まれ続けている人物だ。
授業の合間や休憩時間になると、いつもOとしょうもない話をして過ごした。彼は人を小馬鹿にしたような態度で、実際に小馬鹿にしてくる。こうして言葉にすると腹立たしい嫌な男子であるが、憎めない存在なのだ。
彼の攻撃的な捲し立てから会話がはじまることが多かったのだが、僕がちょっとした矛盾をついて反撃するとすぐに赤面し、へなへなにしぼんで戦意を喪失するのだ。天然混じりな可愛げのあるその姿に、親しみを感じていた。そこからとりとめのないまぬけな罵り合いに発展し、親睦を深めていく。

その当時の僕は洋楽に夢中になっており、特にハードロックに強い影響を受けていた。好んで聴いていたバンドやハードロックを彼はけなしたが、気がつけばどのアルバムが名盤かで言い争うようになっていた。完全に邦楽派だったのに、いつの間にかこそっと洋楽派に転向しているのだ。僕からの影響だとは絶対に認めないが、絶妙な間をおいて推薦したバンドをチェックし、コアなファンになっている。そして、僕が薦めたバンドを僕に薦めてくるのだ。「それ俺が教えたやつじゃい!」と荒ぶるのが恒例であった。僕たちは罵り合いながらも、熱中するバンドの新譜に興奮し合うという微笑ましい関係であった。

いつの頃だったか、Oに100円を貸したことがあった。なぜ貸したのかは忘れてしまったが、渋々お金を渡したのを憶えている。翌日に返済を求めると、ごにょごにょと駄々をこねた挙句、「毎日1円ずつ返す」とふざけた提案をしてきた。僕は口では抵抗しながらも、よく分からない面白さをどこかで感じていた。借りがあることで100日間は自分が優位に立てるし、彼が本当にコツコツと地道に1円を学校に持ってくるのか確かめてみたかった。「1日でも返済が滞れば借金は倍」になるという条件で、彼の提案を受け入れた。
Oは返済初日から1日も欠かさず1円を返し続けた。「まとめて返せ」と文句を言いながらも、1円を渡されるのを楽しみにしていた。
ところがだ、しばらくすると忍耐の領域に突入してしまい、我慢くらべになってくるのだ。1円ずつ返済されても何も買えないし、財布はパンパンになるばかりである。彼は彼で、啖呵を切ったがために“1円硬貨”をわざわざ用意しなければならない。そこを例えば“10円硬貨”で10日分にあてるとすると、しらけてしまう。僕が死ぬか、Oが死ぬかの意地とプライドをかけた戦いに泥沼化した。
「(今日も1円持ってきやがって……!)」
「(今日も1円受け取りやがって……!)」
本音では、お互いにギブアップを望んでいたと思うが、引くに引けない、なんともアホらしい状況になっていた。

1円の返済から会話がはじまり、音楽の話題で熱くなり、お互いを小馬鹿にして終わる。詐欺師みたいな胡散臭いやつだったが、彼と過ごす学校生活が日常のストレスを発散する貴重な時間となっていた。
その後、1円の返済は43円まで終えたところで、僕の方が挫けてしまった。「もうええわいっ!」と降参した時の彼の高笑いが忘れられない。その日を境に、彼は本当にぴたりと1円を持ってこなくなるのだ。

卒業するまでの学校生活で、彼と濃厚な時間を過ごしたはずなのだが、1円事件が強烈でその他のエピソードをまったく憶えていない。強引に思い出そうとするも、錯覚と壊れかかった記憶と1円硬貨が、頭の中でちらちらと点滅するだけであった。
ステレオからローリング・ストーンズの『シーズ・ア・レインボー』が流れる。イントロダクションのピアノが、空洞のようながらんとした心に響く。Oが自分から薦めてくれた、唯一の楽曲だ。
Oよ、あと57円、はよ返せ。

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