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【おすすめ本】ひとの数だけ歴史はあるの?(バスケス/コスタグアナ秘史)

今週もこんにちは。早くに目が覚めてしまいました🥱ウガンダは朝の5時・・・

「歴史は勝者が作る」と言われます。歴史は中立ではなく、起きたことを書き残せるのは勝者だけだということ。理屈は分かるけど、「どういうこと?」と聞かれたら答えに詰まってしまいそうです。

コロンビアの作家ファン・ガブリエル・バスケス(1973-)は現代南米文学の旗手として知られます。彼の「コスタグアナ秘史」はそんな歴史のゆがみを「作家に名作のネタを提供した一般人」を主人公に描いた長編小説です。

▼▼今回の本▼▼


とにかく文体がカッコよくて僕はすごく好きな作品。このキレ抜群のスタイルで長篇を描き切ったのがすごい。憧れます。例えば、冒頭はこんな感じ。

思い切って言ってしまおう。男が死んだ。いや、それでは不十分だ。もっと正しく言おう。(こんな風に強調して)小説家が死んだ。(…)紳士淑女の皆様。ジョゼフ。コンラッドが死んだ。ぼくは旧友を迎えるようにして、親しみとともにその訃報に接している。

ファン・ガブリエル・バスケス. コスタグアナ秘史. 水声社. 2016. p.15

舞台は19世紀。主人公ホセ・アルタミラーノはコロンビアに生まれ、生き別れた父をおってパナマ(当時はパナマ独立前のためコロンビア)の都市コロンに移り住みます。

彼はそこで伴侶を得て、ささやかに幸せな生活を営む。ただ、一家に迫る魔の手がありました。自由党と保守党の内戦です。コロンビアは多くの内戦を経験した国ですが、これは1899-1902年の通称「千日戦争」

陪審席の読者よ、コロンビア政治について簡単に教えておこう。(…)まるまると太って性悪な二人の赤ん坊、生まれたときから吐瀉物と糞便の匂いのするあの二匹の雄を生んだ両親は、大人しいほうに保守派と名付けることにした。もう片方(泣き声が少し大きかったほう)に自由派と名付けることにした。

同上, p.101.

アメリカの支援を受けて、パナマがコロンビアから分離独立する前夜。その独立にむけて揺れるコロンで、一家は内戦という闇の奥に飲み込まれていきます。それは痛ましい物語。ホセはこの歴史の残酷さを「歴史の天使」と呼んでいます。

歴史の天使の手口は基本的にいつもと同じだった。天使は優秀な連続殺人鬼である。いったん人間どもに殺し合いを行なわせる適切な方法を見つけると、二度と手放さず、セント・バーナード犬の信念と頑固さでそれに固執する……

同上, p.219

彼はどのように「歴史の天使」と戦ったかというと、自分の経験をひとりの作家に物語ることでした。彼は自分の歴史を、歴史を描くことができる作家に書き残してほしかったのだと思います。でも、その結果は・・・

ぼくは許可も求めずに窓を開け、身を乗り出して顔を上げ、雪で目を濡らした。目に雪が入り、泣いていることを隠してくれるだろう。

同上, p.308.

人の数だけ歴史はあるのに、残されて未来に届くのはごくわずか。そんな難しさを考えさせられる作品です。

本作は主人公ホセの一人称で描かれています。強引に時を巻き戻したり飛び越えたりするホセの書き方は、歴史の言いなりになってたまるかと、必死の抵抗を試みているようです。

(おわり)

▼▼前回の本▼▼


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