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【おすすめ本】輝いた「あの頃」のあとに(カズオ・イシグロ/日の名残り)

今週もこんにちは。今週は連休の方が多いのでしょうか。関西にたまたま来ているのですが、まだまだ暑いですね。

今週の一冊は1989年発表の「日の名残り」です。著者のカズオ・イシグロは長崎生まれ。五歳でイギリスへ移住し、2017年にノーベル文学賞を受賞しています。

▼▼今回の本▼▼

話の筋は、イギリスの老執事スティーブンスが、昔の同僚ミス・ケントンに会うため短い旅に出るというもの。旅の途中、彼は人生を振り返り、かつての主人ダーリントン卿や自身の執事としての哲学に思いを馳せます。

みずからの執事人生を振り返り、「私は偉大な紳士に仕え、そのことによって人類に奉仕した」と断言できる執事こそ、真に「偉大な」執事であるに違いありますまい。

カズオ・イシグロ. 日の名残り. ハヤカワepi文庫, 2001. p.167.

偉大な執事は、紳士がスーツを着るように執事職を身にまといます。公衆の面前でそれを脱ぎ捨てるような真似は、たとえごろつき相手でも、どんな苦境に陥ったときでも、絶対にいたしません。

同上, p.61.

シンプルな物語を奥深く、切ないものにしているのは、スティーブンスの置かれた状況の妙でしょう。三十年かけて執事という仕事に「偉大さ」を求めてきたスティーブンスは、その価値観が根底から揺らぐ岐路に立たされています。彼が仕えてきたダーリントン卿は、第二次世界大戦でナチス率いるドイツを助けたことで、大戦後に評価が失墜してしまったのです。

それでも、不思議と悲壮な感じがしないのは、作品に滲む上品なユーモアのおかげでしょう。例えば、冗談好きな主人の「無茶ぶり」に応えるため、スティーブンスは必死にジョークを勉強するのですが、ことごとく「スベって」しまいます。しかもスベったのは聞くほうが悪いのだと言わんばかり!

じつは、この冗談を思いついたとき、私自身はなかなか気がきいていると思いましただけに、農夫たちの反応の鈍さにはいささかがっかりいたしました。受けがいまひとつだったという落胆とともに、最近の数ヶ月間、私がこの方面で重ねてまいりました努力が、まだ成果を現わさずにいるという歯痒さもあったのだと存じます。

同上, p.185.

ラストシーンの美しさも素晴らしい。著者の文章はあまりに滑らかで、簡単に書いていると錯覚するほどです。輝かしい黄金時代が終わったあとの「名残り」の人生を描いた名作だと思います。

(おわり)

▼▼前回の本▼▼


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