ゲーム屋人生へのレクイエム 96
競合する会社間での販売委託契約が破綻してしまったころのおはなし
「いくつもの会社を渡り歩いてきたでしょ。いろんな経営者を見た訳だけど、このG社の社長はその中でも数少ない俺が尊敬できるひとだったよ」
「そうなんですか?」
「俺が会った社長のほとんどは雇われ社長、サラリーマン社長だったけど、この人は創業者でオーナー社長だったんだ。
自分の家のガレージを改造して作業場を作って一人で機械部品製造会社をはじめて30年。俺が入社したころには社員は200人くらいになっててね。
運がよかったって本人は言ってたけど、それだけじゃ30年も商売はできないからね。
あるとき社長と話をしてて俺にこんな話をしたことがあった。
「弓で的を射るとき、ふつうは狙ってから矢を放つだろう。それじゃ遅いんだ。まずは矢を放つ。そして狙うんだ」
このはなしを聞いたときは意味わかんないこと言う人だなって思ったよ」
「そんなことあり得ないですよね。矢は当たりませんよね」
「そう。俺もそう思った。けどそれから何年も経って自分が何か大きな判断をしなくてはならないときにこの社長の言葉の意味がようやくわかったんだ」
「どういう意味なんですか」
「的は常に同じ場所には居ない。狙う事ばかり考えていたのでは矢を放った時にはもう的はどこかへ行ってしまっている。考えることも大事だけど行動する事が優先されるという意味だったんだと俺は解釈したんだ。
矢を放ってから狙うというのは、まずは行動してそして矢の行き先を補正しながら的に向かって進む、という事だと思ったんだよ」
「一度放たれた矢は行き先を変えられないと決めつけてしまってはいけないってことですね」
「そういうことだね。そしてそれを裏付けるように、このG社には普通の機械部品製造会社にはないものがあったんだ」
「何があったんですか?」
「エンジニア部門があったんだ。しかもただのエンジニアじゃなくて設計開発までできるレベルだったんだ。
普通の会社だと受けた仕事の加工をするために図面から加工プログラムをつくるところまではやる。
けれどここは、試作の設計開発から生産まで一貫して仕事を受注できるシステムがあったんだ」
「簡単にできそうな気がしますけど」
「設計できるレベルのエンジニアを常に抱えておくことは会社にとってはリスクだ。エンジニアの給料高いからね。仕事がないとエンジニアの存在は負担にしかならない。だから普通の会社は諦める。
この会社はそのリスクを逆手にとって設計開発できる製造会社として大手企業に売り込んだんだ。その結果多くの仕事を受注できたんだよ。
そしてこの設計開発というのが会社にとってはドル箱の仕事になったんだ」
「どうしてです?」
「それは設計開発という費用には相場がない。ということは実際のコストよりもかなり多めに見積もっても受注できるという事になる。事実それで会社は潤っていたよ。ふつうに製造だけを受注していたのでは社員200人も抱える会社になるのはかなり難しいと思うよ」
「下請け企業の苦悩って以前話をしてましたよね」
「そう。メーカーになることが大きな飛躍となるのはみんなわかっている。けどそれにはリスクも伴う。難しいけどまずは矢を放つことなんだろうね」
続く
フィクションです
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