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新卒層は地方に戻る傾向があるのか?

2022年3月16日の朝日新聞に、次のような記事が掲載されていました。「福井、和歌山、鳥取「コロナ前では考えられない」新卒層の地方回帰
記事の内容としては、以下のとおりです。
・コロナが原因で、首都圏から離れた場所で新卒層の転入が目立っている。
・福井、和歌山、鳥取の転入人口増加数に占める20~24歳の割合が顕著。
・テレワークの普及で大学から就職時に戻る動きがあるのではないか。
地方公務員として働いていて、あまり時間が湧かなかったので、自分で調べてみました。

1 もともとの3つの疑問点

冒頭の記事は、りそな総合研究所の調査結果「地方圏に回帰する人口~変化を担う意外な年齢層~」を基にしており、内容は、新聞記事と似ていますが、以下のとおりです。
・東京や大阪といった大都市向けの移動が減り、全体的な改善につながったと考えられる。
・山梨や茨城、長野などは、東京や関東方面からの転入が増えており、理由は、テレワークの増加などで東京からの転出が増え、関東の近隣エリアが選ばれたのではないか。
・福井や和歌山、鳥取など、広域からの転入が増えている県もあり、特に20~24歳の転入が顕著なので、入社のタイミングで広域からの転入が増えたことを意味する。

イメージは沸くのですが、疑問点が3つ浮かびました。
・本当に大都市への新卒層の移動って減っているの?
・新卒層の動きを変えるほどテレワークは浸透しているの?
・入社のタイミングで本当に地元に帰る人って増えているの?
いくつかの調査から考えてみました。

2 転入者は増えている?

りそな総合研究所の調査結果は、総務省が公表している「住民基本台帳人口移動報告」を基にしています。まずは、数字から見ていきたいと思います。

関東方面からの転入が顕著であると調査で述べられていた、山梨、茨城、長野について、転入数を見ていきます。コロナ前と比較するためH31(2019年)と比べます。
山梨(H31 20歳~24歳転入)2748人⇒(R3 20歳~24歳転入)3,136人
茨城(H31 20歳~24歳転入)10,644人⇒(R3 20歳~24歳転入)11,237人
長野(H31 20歳~24歳転入)5,791人⇒(R3 20歳~24歳転入)6,166人
確かに増加しています。特に、山梨は14%も伸びています。

広域からの転入が増えている福井、和歌山、鳥取はどのようになっているでしょうか。
福井(H31 20歳~24歳転入)1,987人⇒(R3 20歳~24歳転入)2,354人
和歌山(H31 20歳~24歳転入)2,175人⇒(R3 20歳~24歳転入)2,326人
鳥取(H31 20歳~24歳転入)1,709人⇒(R3 20歳~24歳転入)1,740人
こちらも増加しています。

では、転出元となり、割を食っていると思われる東京都はどうでしょうか。
東京都(H31 20歳~24歳転入)125,260人⇒(R3 20歳~24歳転入)118,118人
6%ほどの減ですが、もともとの母数が大きいため、7,000人以上も減少しています。

なるほど、自分の思い込みだったか、コロナ禍によって地方へ進出しているのだなと思ったのですが、該当の新聞記事に気になる文言が掲載されていました。「転入から転出を引くと転出の方が多い『転出超過』だ。」どういうことでしょうか。

3 結局出ていく人のほうが多いのか?

転出超過とは、該当の県から入ってきた数よりも、出ていった数の方が多いことです。転出超過が多いということは、その県の人口が減少するということです。該当県の転出超過数を見てみます。
山梨(20歳~24歳 転入数-転出数)-1,274人
茨城(20歳~24歳 転入数-転出数)-2,856人
長野(20歳~24歳 転入数-転出数)-2,869人
福井(20歳~24歳 転入数-転出数)-1,179人
和歌山(20歳~24歳 転入数-転出数)-1,500人
鳥取(20歳~24歳 転入数-転出数)-1,034人
あれっ、結局若い人の人口は減っているということのようです。

では、東京はどうでしょう。
東京(20歳~24歳 転入数-転出数)49,515人
爆発的に増えています。本当に地方回帰なのでしょうか。

確かに、コロナ前と比べて、転出超過数は減っている県もあります。例えば、茨城県は2019年は-4,925人の転出超過だったのが、-2,856人となっています。一方で、鳥取県は-977人の転出超過だったのが、-1,034人と増えています。

東京都は確かに、転入超過数は減っており、2019年は57,197人の転出超過だったのが、49,515人となっています。それでも、約5万人の増加です。さらに、同じく多くの人口を誇る大阪府にあっては、2019年は6,783人だった転入超過数が、7,462人と増加しています。

こうなると、「東京や大阪といった大都市向けの移動が減り」というところに疑問が湧いてきます。なお、大阪に至っては転入数も増加しています。
大阪府(H31 20歳~24歳転入)41,174人⇒(R3 20歳~24歳転入)41,849人

4 転入はテレワークの普及によるものなのか?

しかし、山梨県や茨城県などの転入数が増えていることは確かなので、今度は、それがテレワークの普及によるものなのか、考えてみたいと思います。

厚生労働省によると、テレワークは「情報通信技術(ICT)を活用した時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方」のこと」とされています。

つまり、オフィスから離れた場所で、モバイルPCなどを使って仕事をすることです。そもそも、テレワークはどれだけ浸透しているものなのでしょうか。令和3年度情報通信白書には以下のとおり記載されています。
「パーソル総合研究所が正社員約2万人を対象に実施した調査では、2020年3月のテレワーク実施率は13.2%であったが、緊急事態宣発令後の2020年4月には27.9%まで上昇した。その後も、2020年5月調査では25.7%、2020年11月調査では24.7%と、多少実施率は低下しているものの、2020年3月よりも大幅に増加しており、テレワークは一定程度定着傾向にあることが伺える」

捉え方は人それぞれだと思いますが、「テレワークで出勤者7割削減を目指す考え」(NHK 2021年1月5日ニュース)と打ち上げた割には、結果は芳しくありません。

加えて、2020年5月調査では25.7%、2020年11月調査では24.7%となっており、僅かではありますが、数値が下がっていることから、今後も大きな増加はないと考えます。

また、地域別のテレワーク実施率も見てみると、一番多い関東で36.3%、東海・北陸・甲信越では15.9%、中国・四国・九州では、11.2%と、大都市圏ではない地域の実施率は低い傾向にあります。

低い地域では1割ほどしか、テレワークを行っていないにもかかわらず、テレワークによって地方回帰が進んでいると言えるのでしょうか。

さらに言えば、テレワーク実施者に対して、テレワークの実施頻度に対する回答としては、「週5~6日程度(ほぼ毎日)」と回答したのは、緊急事態宣言中にもかかわらず、僅か21%です。

テレワークを前提として、地方回帰が進んでいるのであれば、ほぼ毎日テレワークを行っている割合が多くなるはずです。そうでなければ、週に何度か遠方から会社まで通勤をすることになります。

ここまで考えてみると、どうもその様子は見られず、20代前半の新卒層の地方回帰とテレワークの関係性には疑問符がつきます。

5 入社のタイミングで地方に戻る割合は増えているのか?

最後に、「入社のタイミングで広域からの転入が増えた」について考えてみましょう。これは、マイナビが「2022年卒 大学生Uターン・地元就職に関する調査」を発表しています。

これを見ると、「地元就職希望率が2017年卒以来5年ぶりに増加。」と表題にあります。パッと見た感じは、おっ地元就職が増えているのかと思いますが、「5年ぶり」とあります。5年前は、もちろんコロナ禍ではありませんでした。

調査結果本文には、「2021年3~4月時点で地元就職(Uターンを含む)を希望している学生は57.8%で、前年に比べ2.9pt増加となった。2017年卒以降、地元就職を希望する学生は減少していたが、5年ぶりに増加に転じた。」と記載があります。

21年卒が「地元就職を希望する」と答えた割合54.9%⇒22年卒が希望すると答えた割合57.8%

つまり、2017年からずっと下がっていたけれど、2021年ようやく地元就職を希望する学生が増えたことになります。

日本のコロナ禍のスタートをダイヤモンド・プリンセス号の来訪からと考えると2020年からです。それ以前の2019年卒が地元就職を希望していた割合は、59.2%であり、22年卒よりも割合が多くなっています。

21年卒が地元就職を希望する割合が54.9%、19年卒の割合は59.2%であることを考えると、コロナ禍前から地元就職の意識は高かったということもできます。

現に過去10年ですと、地元就職希望が一番高かったのは、14年卒の69.8%であり、22年卒と比較しても1割以上高い値です。

また、他の質問で、働く場所が自由になった際に理想とする勤務先・居住地域を尋ねた質問がありました。
「勤務先の理想で最も多いのは「地方の企業に勤めたい」で前年比1.0pt増の48.2%。居住地域の理想で最も多いのは「地方に住みたい」で前年比2.2pt増の57.0%という結果になった。一方で、「東京の企業に勤めたい」という学生は前年比0.5%減の19.7%、「東京に住みたい」という学生は前年比2.4pt減の12.7%と、東京の勤務・居住を希望する割合は減少している。」

地方の企業に勤めたいと回答した学生がおよそ半分ですが、およそ2割の学生は東京への進出を考えていることになります。東京の学生も回答者に含まれていることを加味しなくてはいけませんが、およそ2割の新卒層が地元を離れる可能性があることを示しています。

居住地域関する傾向についても同様ですが、冒頭の調査通りに、入社のタイミングで広域からの転入が増えている傾向にあるというのは、あまり同調できないと感じます。

6 私の結論

今回の新聞記事から考えた、私の結論としては、以下のとおりです。
・地方への転入の増加はあるが、転出超過であることは変わらない。
・テレワークの浸透も限定的。
・地元への就職の希望もコロナ禍以前と大きな変化はない
・よって、大都市へ新卒層が流入する兆候はあまり変わらないのでは?

コロナ禍になって、テレワークがトレンドに上がってきてはいます。一方で、満員電車も継続しており、多くの人がオフィス通勤を継続しています。

依然として、東京や大阪のネームバリュー・集客力は高く、新卒者も大都市へ移動する方が一定数いる傾向は変わらないのではないかと考えます。

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