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新人・書籍編集者が突撃!スゴ腕の編集長が「これ以上のビジネス書はない」と語った担当本とは?

こんにちは! この春に出版社のダイヤモンド社に入社したての新入社員の秋岡です。同期4人で担当しているこの連載も、8月に入り3巡目に突入しました。前回に引き続き、18回目では書籍編集局第1編集部の編集長である三浦岳(みうら・たかし)さんの突撃インタビュー【後編】をお送りします! 『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』『「静かな人」の戦略書』など数々のベストセラーを担当してきたスゴ腕編集長と新人4人とのゆるすぎるインタビューは必見です!

前回に引き続き、編集長の三浦さんです!

売れると思っても上手くいかないこともある

ーー翻訳書の『フェミニストってわけじゃないけど、どこか感じる違和感について』(パク・ウンジ著、吉原育子訳、2021年刊)とか、最初の『フェミニズムの害毒』のように、三浦さんがフェミニズムをテーマにした書籍を何度か手掛けているのは偶然なんですか?

 ホントだ! 全然違う本すぎて気づいてなかった(笑)。

 『フェミニストってわけじゃないけど、どこか感じる違和感について』を担当する数年前から、フェミニズムの本が英米で増えていて、国際ブックフェアとかに行っても、そういう企画ばっかりあるなと思っていたんです。でも、その流れがなかなか日本に来ないなと。

 日本って、欧米圏の流行が遅れて入って来ることが多いですよね。だから、フェミニズム関連もいつかは盛り上がってくるだろうなとは思っていました。それで、個人的に勉強にもなりますし、ブームを盛り上げるようなものができるかもしれないしと思って、『フェミニストってわけじゃないけど、どこか感じる違和感について』の翻訳出版にトライしてみたんです。

 でも、この本自体は、思ったほどには大きな話題にはなりませんでした。「SNSではこんなにフェミニズムの話題を見るのに、書籍を読んでもらうのというのはハードルが高いな」と改めて思いましたね。

ーーそうなんですね。2018年あたりに日本でK文学(韓国文学)が流行ってから、フェミニズムをテーマに扱った本ってめっちゃ売れるっていうか、需要はあったような気がするんですけど……。

 筑摩さんから出た『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳)はベストセラーになりましたね。『文藝』のフェミニズム特集が異例の重版をしたり。

 でも、『フェミニストってわけじゃないけど、どこか感じる違和感について』は韓国でベストセラーではないんです。それで、本国で評判になっていないと、日本でも火がつきにくいと言う人もいましたね。べつに日本の読者も、本国の評判まで見てから手に取るわけじゃないとは思うんですけど。

ーー確かに、韓国での評判を見てから本を買うことってあまりない気がします……!

 タイトルの『フェミニストってわけじゃないけど、どこか感じる違和感について』というのは、ほぼ原題そのままなんですが、「フェミニストかと言われると、そこまでじゃないという人でも、フェミニズムの考え方自体には共感できるという人は多いだろうと絶妙に思ったんですよね。フェミニズムの意識が高まってきて「なんか引っ掛かるな」と気づく機会が増えているわけですし。

 そういう意味で、多くの人にとって最高のフェミニズム入門といえる本なんですが、なかなか思うようには広がりませんでした。 うーん……。

三浦さんの担当作が並んでいる資料を見ながら話していただいています! ちなみにこの資料は3枚1セットでした。

ーーそういう感じで、これは売れると思って作ったのに売れなかった本って他にもあるんですか?

 どの本も、つくっているときは、もしやめちゃくちゃ売れるのでは?と思っていることが多いんですよね。

 最近担当した『早回し全歴史』(デイヴィッド・ベイカー著、御立英史訳、2024年刊)もめちゃくちゃ売れるだろうと思ってました。もしやミリオンか、みたいな。実際には重版もして、よく動いてはいるのですが、ミリオンの予想とのギャップはありますね。

ーー他にはありますか?

 あと、ジェフ・ベゾスの『Invent & Wander』(関美和訳、2021年刊)は、全ビジネスマン必読の本です。「何かビジネス書を読みたい」という人がいたら、これ以上の選択肢がありますか、と思うのですが、超ベストセラーとまではなっていないので不思議です。

 『Invent & Wander』は、Amazon.comの創業者であるジェフ・ベゾスが、Amazonを作り立ての小さい会社の時から、成功して辞めるまで毎年出していた株主向けの書簡を集めた本なんです。

 その書簡では、毎年、「こういう計画で経営しているので、今は多少業績が凹んでいるかもしれないけれど信頼して投資してください」みたいな経営の考え方が細かに説明されているんですね。それが、年を追うごとに、ベゾスの説明どおりに業績が伸びていって、今や世界を代表する企業になっているわけじゃないですか。そんなビジネスのシンデレラストーリーを時系列で追体験できる本なわけです。

 今の世界で屈指の経営者が現在進行形で、全部数字を出しながら経営計画を語っていて、それに対して、読者はページをめくるだけで、1年後の現実の答え合わせもすぐ見れるわけです。ビジネス書を読みたい、ビジネスのセンスをレベルアップさせたいというのであれば、これを読めばいいのではという決定的な1冊だと思うのですが、そこまでの感じでは広がってないんですよね……。

世の中の動きを少し後押した担当書籍

ーーダイヤモンド社に来てから三浦さんが担当した中でいちばん思い入れがあるのってどの本なんですか?

 どの本も思い入れは強いんですけど、『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』(デイヴ・アスプリー著、栗原百代訳、2015年)かもしれないかなぁ。

 健康を扱っている本でもあり、固有名詞が大量に出てくる本だったので、翻訳作業がかなりデリケートだったのですが、訳者さんがものすごく粘り強く調べて、訳してくださいました。

 ただ、それでも心配な部分がありました。というのも、この著者が推している食事法のコアが、コーヒーに、牧草だけで飼育された牛のミルクからできた「グラスフェッドバター」というものを入れて攪拌して飲むっていうような方法なんですよ。

 でも肝心のグラスフェッドバターが当時、日本では手に入れるのが難しかった。じゃあ、できないじゃんっていう(笑)。

ーーええっ⁈(笑)。そうだったんですね。

 ただ、グラスフェッドバターが入手不可の場合、ココナッツオイルとMCTオイルで代用可とは書いていました。でもそれはそれでそんな怪しい名前のオイルなんか使ってくれるかなとか思ったり、そもそもMCTオイルなるものも見たことなかったですし。実際にはMCTは「中鎖脂肪酸」という意味なだけで怪しいものではないんですけど。

 それが、意外にも本がベストセラーになって、やがてオーストラリアとかニュージーランド産のバターに「グラスフェッドバター」ってポップがついてスーパーにも出回るようになりました。そのうちにMCTオイルも市場に出回るようになりました。いまやうちの近所のオーケーでも見かけます。そういった動きはこの本が起点になったんじゃないかなと自分では思っています。

 あとは、井上新八さんによるカバーデザインが画期的でした。ビジネス書にどかんと大きな写真を載せるカバーデザインで、『最強の食事』の後から、似たようなカバーデザインが流行った感じがします。

ーーすごい、この本が……!

 言い切っていいのかわかんないですけど(笑)。

 他には『1兆ドルコーチ』(エリック・シュミット他著、櫻井祐子訳、2019年刊)とか、『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ヤニス・バルファキス著、関美和訳、2019年刊)とかも思い入れは深いですね。

 『父が娘に語る経済の話』は、ギリシャの元財務大臣の著者が経済の仕組みを歴史的に説き明かす本で、めちゃくちゃ面白い本なんですが、 作家のブレイディみかこさんが原著を読んで大絶賛していたんです。それで、日本版はブレイディさんと佐藤優さん(作家・元外務省主任分析官)に帯の推薦文をいただいて出すことができたのはうれしかったです。2人とも大ファンなので、いまだに帯のお名前を見るだけでテンションが上がります。

ーー『1兆ドルコーチ』の方はどんな思い入れがあるんですか?

 先に『Invent & Wander』について1回言ってしまってますが、「もし何かビジネス書を読みたいというのであれば、これ以上の本はないだろう」というような本なんです。

 どういう本かと言うと、Appleのスティーブ・ジョブズやGoogleを作ったラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン、GoogleのCEOを務めたエリック・シュミット、その他ジェフ・ベゾスとか、シェリル・サンドバーグとか、ベン・ホロウィッツとか、ツイッターCEOやYouTubeのCEOとか、そういう人たちに「共通の師」がいたって話なんですよ。驚きじゃないですか?

 その師というのが、ビル・キャンベルというおじさんなんです。その人は、もともとアメフトのコーチなんですね。それがある挫折をきっかけにビジネスの世界に転身するんですが、めきめきと頭角を表して、やがてシリコンバレーのさまざまなCEOをコーチするようになるんです。なかでもビルさんに深く心酔していて親密だったのがジョブズで、ビルさんは、ジョブズが亡くなったときも、追悼式で弔辞を読んでいます。

 またそのビルさんのキャラクターが面白いんですよね。シリコンバレーのCEOが心酔していたというとどんな人かと思うのですが、日本でいう「べらんめえ」みたいな調子のハグ好きの超毒舌おじさんなんです。「ビジネスは人がすべて」というモットーがあって、いかにして本気で人を大切にするかということをさまざまな切り口でCEOたちに教えていました。

 ビル・コーチは亡くなってしまったのですが、その教えを失ってはならないとして、エリック・シュミットが中心になって、ビルさんに師事したシリコンバレーの巨人たちに取材して、その教えを残したのが本書です。こんな本、他にあります?! ビジネス書を読みたいという人がいたら、全員に「これを読めばいい」と言いたくなりますよね?

このインタビューでの頻出フレーズは「僕はなんかよくわかんない本ばっかり作ってる」と「売れると思って作ったのに思ったほど売れなかった」でした。

本嫌いを文学青年に変えた1冊!

ーー最後に、自分の人生に影響を与えた本はありますか?

 教科書に載っていた、太宰治の『富嶽百景』です。本というか、1編ですが。

 僕は元々そんなに本を読むタイプじゃなかったんです。中学生の頃、ファミコンの「信長の野望」で戦国時代に興味を持って、織田信長の小説を読んだ程度で。津本陽さんの『下天は夢か』っていう4巻本のベストセラー小説ですが、信長の一人称が「儂(わし)」だったんですけど、ルビがなかったから最後まで「のう」って読んでました。せりふが名古屋弁で書かれてるので、意外に「のうは……」でも合っていましたが。「のうは神になるんだで」みたいな。

 そんな感じで読書感度ゼロだったので、『富嶽百景』も教科書に載っているからというだけでいやいや読んだんですよ。

 太宰ってご存じのとおり私生活はぼろぼろで、そんな中、生活を立て直そうと一念発起して、山梨の御坂峠というところにある天下茶屋というお茶屋さんだかに長逗留していくつか作品を書いたらしいんですが、そのときの話が『富嶽百景』です。

 その御坂峠というのは、富士山がきれいに見えるらしいんですね。それで最初語り手は、ここからの富士はいかにもな感じで逆にいやらしい、みたいな失礼なことを言っているわけです。でもちょっとしたタイミングで見えたあの富士はよかったとかこの富士はどうだったとかって、いろんな表情を見せる富士山と、身のまわりのエピソードや心象風景を重ね合わせて語っていくというような短編です。

 その中で、太宰が師匠の井伏鱒二さんとかと一緒に、近くの三ツ峠というところにハイキングに行くエピソードがあるんです。三ツ峠から見る富士はまた格別らしいということで。

 でも行ってみたら、三ツ峠は意外に急峻で、井伏さんはちゃっかり登山服なんか着ているんだけど、太宰はそんな用意なんてないので、ドテラに地下足袋みたいなのを履いているんです。それになぜか麦藁帽をかぶって毛脛丸出しで、急坂を這うようにして登っていく。

ーーね、熱量がすごい(笑)。

 われながらみすぼらしいと思いつつも、井伏さんは服装についてとやかく言うようなタイプではないと太宰は自分に言い聞かせているんだけど、井伏さんはその恰好を見て、さすがに気の毒そうな顔をしたとかなんとか書いているわけです。

 そうして、待望の富士はどう見えるかと思ってぼろぼろになりながら、なんだかんだ苦労してようやく頂上までたどり着きました。でも霧が立ち込めて、結局何も見えなかったそうなんですね。

井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆっくり煙草を吸いながら、放屁なされた。いかにも、つまらなさうであつた。

太宰治『富嶽百景』

 ここが刺さったんです。ゆっくり煙草を吸いながら放屁したっていうところが。のちに井伏さんは「おならしてない!」って怒っていたらしいですが。

ーー……それが、三浦さんの人生の中でいちばん刺さった本なんですか?

 ……そうですね(笑)。文学作品で、面白いおならの話って見たことありますか?

ーーないかもしれないです(笑)。とりあえず『富嶽百景』を読んで、本を読むハードルが下がったということですね!

 はい(笑)。それで、「文学作品って意外に面白いんだな」となって、太宰を片っ端から読むようになりました。そうすると近縁の文豪も気になってきて、三島由紀夫とか、近代文学を読むようになっていったんです。

三浦さんが『富嶽百景』のあらすじを説明している時、内心「この話はどこに着地するんだろう…?」と心配でした。

人生を変えた、本と理髪店のお兄さん

ーー幼少期はあんまり本を読んでなかったんですか?

 読んでなかったです。本って退屈なものの象徴みたいなイメージでした。

 高校1年くらいの時に『ハムレット』の映画版があって、友達と見に行こうって話になったんですよ。そしたら友達が「『ハムレット』は小説でも読んだよ」と言っていて、 そのときは本当に理解できなくて、「自主的に読んだの? 宿題とかじゃなくて? え?」「え?」みたいになった記憶があります。

ーーやっぱり、あまり本が好きじゃなかった三浦さんを文学青年にした太宰治の力は偉大なんですね。他に何か思い出の一冊はありますか?

 人生を変えた第2の本が、村上春樹の『風の歌を聴け』かな……と思います。どうぞハルキストと呼んでください。

 僕は太宰を読み始めてからはすぐに文学青年気取りみたいになっていました。文庫本にカバーもかけずに読んで、どこに行っても「太宰がぁ……」みたいな話を始めるという。

 そんなある時、理髪店に行って、カットしてくれるお兄さんに例によって太宰の話をしていたら「三浦くん、本を読むのが好きなら、村上春樹の『風の歌を聴け』を読んだらいいよ」ってお勧めしてくれたんです。

 理髪店のお兄さん曰く、村上春樹の青春3部作の3部作目(『羊をめぐる冒険』)を京浜急行の中で読み終えて、人目もはばからず号泣したとのことでした(笑)。

ーー電車にそんな人がいたらめっちゃ怖いんですけど(笑)。

 それを聞いた僕は、「いや、村上春樹って!」という感じだったんですね。こっちは近代文学だぞ、同じ本の一言でいっしょくたにするんじゃない、と。でも「つぎ髪を切りにいったとき、全然読んでなかったら気まずいし」と思って読んでみたら、すごい面白かったんです。どハマりしました。

ーーあ、ハマったんですね(笑)。三浦さんが尖ってるのか、ちょろいのか分からなくなってきました。

 あっさりハマりました。それで青春3部作から何から、次から次に読むようになったんです。

 そして村上春樹が早稲田大学の演劇科卒業だったんで「俺も早稲田の文学部に行きたい」と、急に第一志望にして猛勉強して早稲田に入ることができました。

ーーそうなんですね!  理髪店のお兄さんの影響力がすごい(笑)。じゃあ高校時代に、太宰治から村上春樹へ……。

 宗旨替えしました(笑)。

ーーその理髪店のお兄さんとは今も交友関係はあるんですか?

 いえ、そのお店には、実は結構すぐに行かなくなったんです。

ーーえっ⁈ どうしてなんですか?

 1回、ほかの店に髪を切りに行ってしまって。そのせいでそのお店に行くのが何ヶ月か空いちゃったんですよね。次にお店に行った時、もう少し定期的に来てくれたらうれしいんだけどみたいなことを遠まわしに言われて、なんかプレッシャーになってしまって、かえって行けなくなってしまった……。だから、それ以来お兄さんとは会っていません。なんだこの話は。

ーーそんな思い出があったのに……! とまあ、そんなこんなでインタビューも終わろうと思います(笑)。2時間にも渡るインタビューに協力していただいた三浦さん、ありがとうございました!

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