見出し画像

大切なひと

ある衛生士はある出来事があって長く勤めていた歯科医院を辞めた。
院長もスタッフもその衛生士がどれだけ歯科医院のことを考えているか知っていたのでとても残念だった。

しばらくして人員が足りなくなる出来事があった。
院長とスタッフは辞めた衛生士のことを思い出した。
彼女が居たらよかった。
彼女であれば診療はスムーズに回る。
彼女と仕事がしたい。
そう考え、辞めた衛生士に連絡を取った。
代わりに勤務すると言ってくれたスタッフがいたのに。

辞めた衛生士は連絡を取ってきたスタッフに言った。
私は辞めた身なので出勤できないし、するべきではない。
代わりに出勤できるスタッフがいるのならそのスタッフを頼るべきだし、
何より大切にするべきだ、と。

それでも食い下がり、結局今回だけと出勤した。
もちろん出勤すると願い出てくれたスタッフへも理由を話し、
辞めたスタッフが出勤することを了承してもらった。

診療は滞りなく行われた。
辞めた衛生士へ連絡を取ったスタッフは期待した。
院長は辞めた衛生士が戻ってくることを切に願っていたように感じたから
きっと心ある話をするのではないか。
そしてきっと彼女は戻ってきてくれると。

でも院長から辞めた衛生士へ声をかけることは無かった。
それどころか給料を渡すそぶりもみせなかった。

辞めた衛生士は院長へ声をかけた。
院長は「また来た時に渡そうと思ってた・・」とつぶやき、給料を渡した。
辞めた衛生士は微笑みながら伝えた。

「もう来ませんよ」


大切にするべきひとは今現在勤務しているスタッフであると私は思っている。
辞めた衛生士がいくら良いと感じていても、現在在籍しているスタッフを差し置いて優先するべきではない。
なぜならその医院のために心力を注いでくれているスタッフが医院にとって最も大切な存在であり、大切にされるべき存在だと思うからだ。

もしも辞めた衛生士が本当に必要で大切な存在だと気づいたのであればきちんとその想いを伝えなければ相手には伝わらない。
医院にとって、スタッフにとって、院長にとって大切なのであればきちんと話をする必要がある。
戻ってきて欲しいのであればなおさらだ。

そもそも、その衛生士が辞めると話した時、その衛生士がそれだけ大切な存在であればなぜ止めなかったのか。伝えることが出来なかったのか。
そして人員が足りなくなる未来は少なくとも想像が出来ることだったのに、安易に辞めさせてしまうところをみると、とても浅はかな思いで動いているのではないかと感じざるを得ない。

衛生士は空気を読める人が多いので、口に出さなくても大丈夫だよね、なんて思ってしまうこともあるかもしれないが、それは診療での話。
大切に思っていることは衛生士でなくてもスタッフ間ではどの場面でもきちんと口に出さないとわからないし、伝わらない。

「辞める」と伝える気持ちにはいろいろな感情が混ざっており、複雑な思いの中、覚悟を持って伝えることが多い言葉だと思う。
この話では「辞める」の意味合いが薄まってしまい、衛生士の気持ちが踏みにじられているようにも感じとれてしまう。

「優しい世界」の中だけしか見ようとしないとシビアな現実は見えなくなってきてしまうのかもしれないが、見なくてはいけない現実があるなら、どの立場であっても真摯に向き合うのが筋であり、礼儀ではないかと私は考えている。

とある日の現実より抜粋


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?