【短編小説】逆光の中で
iPhoneの画面が明滅する。通知が次々と流れていく。仕事のSlack、友人からのLINE、Twitterのメンション。僕は何も開かない。ただ眺めている。これが日課だ。朝、目覚めてすぐに確認する習慣がついてしまった。でも、本当に大切な通知はめったに来ない。
朝日を浴びながら歩く通勤路。コンビニの前では制服姿の高校生たちが笑い合っている。彼らの声が風に乗って僕の耳に届く。懐かしい気持ちになる。高校生の頃、僕もあんな風に笑っていただろうか。記憶が曖昧だ。
オフィスに着く。MacBookを開き、コードを書き始める。黒い画面に白い文字が踊る。僕の指は止まることを知らない。ここだけが僕の居場所だと感じる。プログラミングの世界では、僕は自信を持てる。現実世界での不器用さを忘れられる。
「おはよう、葛城くん」
振り向くと、彼女がいた。明るい笑顔で僕を見ている。髪の毛が朝日に輝いて、まるで天使のような…。月城さん。入社して3ヶ月、僕の心を掻き乱し続けている人。
「お、おはようございます、月城さん」
言葉が詰まる。いつもより声が裏返っている気がする。緊張で手が震えているのを隠すように、キーボードに置く。
昼休み。新入社員歓迎会と称したランチ。僕と、同期の鷹宮くん、そして月城さん。わずか3人なのに、なぜか落ち着かない。
「葛城くんはどんなことが好きなの?」月城さんが尋ねる。
「えっと…」言葉に詰まる。「プログラミングとか…成長すること、かな」
なんて陳腐な答えだ。自分でも呆れる。本当は言いたいことがたくさんあるのに。目指すもの、成長への渇望、結果を出すことへの執着。でも、それを上手く言葉にできない。
鷹宮くんは美しい写真の話をする。スマホを取り出し、撮影した写真を見せながら熱心に語る。月城さんはアウトドアやパーティの話で盛り上がる。二人の会話が弾む。僕はただ聞いている。たまに相づちを打つだけ。
「葛城くんとは真逆ね」月城さんが笑う。その笑顔が眩しい。
僕は疎外感を感じない。むしろ、この光景が好きだ。キラキラと輝く世界。僕には縁のない世界。でも、その世界が存在することが嬉しい。特に月城さんが楽しそうにしている姿を見ると、胸が温かくなる。
夜。家に帰る。アニメを見る。カラフルな世界が広がる。現実逃避だと分かっていても、止められない。アニメの中の主人公は、いつも勇気を持って前に進む。僕もそうなりたいと思う。でも、現実の僕は臆病で、一歩を踏み出せない。
iPhoneを手に取る。月城さんのSNSを開く。楽しそうな写真が並ぶ。友達と笑顔で写る彼女。アウトドアでいきいきとした表情の彼女。指が止まる。「いいね」を押すか迷う。押せば、僕の気持ちがバレてしまうんじゃないか。結局、何もせずに画面を閉じる。
明日も、きっと同じ日々が続く。でも、それでいい。彼女の笑顔を見られるなら。そう自分に言い聞かせる。いつか、僕も変われるかもしれない。いつか、僕も自分の殻を破れるかもしれない。
そんな僕は、プログラマー。恋に臆病な、ただのプログラマー。でも、この思いは、いつか形になるだろうか。コードを書くように、一行ずつ。
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