168分のメイキング映像に映っていたもの。『ドライブ・マイ・カー』
『ドライブ・マイ・カー』のBlu-ray発売になりましたね!
3時間越えの映画『ドライブ・マイ・カー』のメイキングは2時間越えでした(笑)
168分って1本のメイキングとしては長すぎるでしょw!・・・でもこれが本編と同じで、長さを感じなかったくらい興味深い内容でした。おそらくアカデミー前の今、世界中がこのメイキングに興味津々なんじゃないでしょうか?『ドライブ・マイ・カー』本編と同じくらいに!
意外にも濱口監督のインタビュー映像は一切無し。基本、国際色豊かなキャスト・スタッフが涙まじりに熱く語るインタビュー、そして撮影風景の映像でもって『ドライブ・マイ・カー』の撮影の舞台裏が、あの不思議な映画がどうやって生まれてたのかがスリリングに明かされてゆきます。
ボクがこのメイキング映像を見ていてすぐに気になったのは、照明機材がほぼ全く映り込んでいないこと。そしてほとんどのシーンが2カメで撮られていることの2点でした。
照明がほぼ無しなのは、濱口監督の最新作『偶然と想像』のパンフレットの撮影監督:飯岡幸子さんのインタビューによると「自然光や地明かりでの撮影でした。レフを一度室内で使ってみようとしたけど、やっぱりお芝居の邪魔になりますねとなってそれも外しましたね」だそうで、おそらく『ドライブ・マイ・カー』でも同じポリシーでそうなったのでしょう。
注意深くメイキング映像を見てみたのですが、ベランダの外など俳優が動かないゾーンに照明機材が置かれている気配は感じました(明かりが見えているだけで機材自体は見えていないですw)、基本的には家福の家の中も、ユンスの家の中も、家福が泊まる旅館の部屋の中も、読み合わせする稽古場も、照明機材無しで、夜のシーンでも天井のライトと、卓上ランプとかその部屋にある照明だけで明かりが作られていました。
それでいながらあんなにも美しい美しい映像が撮れるって・・・撮影監督の四宮秀俊さんの、そして太陽光のすごさですよねー。
特にあまりにも美しい冒頭のベッドシーンが照明を作っていないというのは衝撃ですよね。マジックアワーに窓から入ってくる光だけで撮影したそうです。(マジックアワーは30分で終わってしまうので、切り返しの西島さんサイドの映像は、霧島さんサイドを撮った時の光を照明機材で再現して撮ったようです)
先述の「お芝居の邪魔になりますね」という濱口監督の言葉、これって映画をよりよくするために何を一番大切にするか?、という濱口演出の基本スタンスを端的に表した言葉のように感じました。
そして2カメ。
メイキング映像に映り込んでいるモニターはいつも2つで、それぞれ「A」「B」というシールが貼ってありました。
僕の中で2カメというと黒澤明監督の『用心棒』をどうしても連想してしまうんですが、『用心棒』はAカメラはメインカメラというか、まるでワンカメラで映画を撮るみたいに普通に撮るカメラ。そしてBカメラはAカメラの邪魔にならないように遠くから望遠レンズで演者の表情やアクションを撮影するカメラだったそうで、当初黒澤監督はBカメラの映像は使えるところがあったら使おうくらいに思っていたらしいんですが、ラッシュを見てみたらBカメラの映像があまりにエキサイティングだったんで、最終的にBカメラの映像を中心に編集してあのエキサイティングな傑作『用心棒』が出来上がったそうです。
つまりAカメラは「出来事」を映すため、Bカメラは「人物の息づかいなどのディテール」を映すため、という分担になっているのですが、『ドライブ・マイ・カー』における2カメも全く同じで、Aカメラは「出来事」を映し、Bカメラは「人物の息づかいなどのディテール」を映しているように感じました。
結果、公園での練習のシーンなどが顕著なのですが、AカメBカメによって人物たちの大きなシルエットの変化と、小さな小さな表情の変化の両方を撮り逃すことが無かったため、繊細なシーンを編集で作り出すことができたのです。
フランスの名女優イザベル・ユペールが濱口監督との対談で、彼についてこのように言っています。
「(演技中に)俳優が考えたフリをするのはダメですが、実際に考えているだけでもまだ不十分です。監督がスクリーンにおいて、それを見えるようにしなければならないのです。これが監督の仕事で、そして濱口監督はこのことを実践していると思います」
公園でのシーンではまさにこのことが実現されていました。
ユナとジャニスの感動的な芝居のあと、家福は言います。「今、何かが起きていた。でも、まだそれは俳優の間で起きているだけだ。次の段階がある。観客にそれを開いてゆく。一切損なうことなく、それを劇場で起こす。」
そして劇場でそれがどうなったのかは映画の中では語られず仕舞いで、「そこが知りたいのに!」とボクは思ったのですが(笑)そう思った俳優・演出家は多かったのではないでしょうかw。
でも劇場でなく、映画においてそれがどのように観客に開かれてゆくのかは、あのシーンの編集がそれを如実に語っています。だって見ている我々はあのシーンに感動したし、泣きました。
それらは撮影と編集の技によって観客に手渡されたのです。そのための編集素材を絶対に撮り逃さない!という姿勢が、このAカメBカメというシステムなのだと思いました。
感じのいい撮影現場。
このメイキングのもう一つの大きな特徴、それはスタッフもキャストもドス黒い空気を発する人が一人もいない、感じのいい撮影現場がずーっと映っていることです。現場の雰囲気もやわらかく、怒号を飛ばすスタッフは見当たりません。
濱口監督はかつてインタビューで『偶然と想像』のスタッフィングの基準について問われた時に「プロフェッショナルとしての実力は勿論なんですが<人柄の良い方>を、というのはすごく大きな要素ですかね。」と語っています。
そして次のように続けます。
「撮影現場で、ざっくばらんにやるのが良いとか、踏み込んだことで生まれてくることというのは多々あったりするので、そういう考え方は当然あると思います。 でも自分自身としては、人との距離感は結構離れたところから始めたいので、それがあんまり違うとやりづらいということはあります。
おそらくそれはキャラクターにとっても同じで、なかには芽衣子みたいにズケズケした存在もいますけど、『偶然と想像』は自分自身の他人との距離感を反映してそういった距離を測る人物たちが複数登場するのは確か、という気はします。ただ、別にそれが正しいと思っているわけでもないです。」
新世代ですよねー。
実際メイキング映像のキャストのインタビューで、濱口組がいかに俳優に対してのリスペクトがあったか、そしてそのことによってどんだけ不安を感じることがなく演じることができたか、について日本・韓国・台湾・フィリピンなどの俳優たちがまるで示し合わせたように皆語っている点です。中には語りながら涙する俳優や、もう他の組で芝居するのが怖いとまで言い出す人もいました。
濱口監督はキャストたちによく「何か困っていることはありませんか?」と聞くそうです。俳優たちが演じやすいよう、演じやすいよう常に考えてくれている、それが濱口組のスタンスのようです。
「よーい、はい!」
そんな柔らかい、優し〜い濱口組の現場の雰囲気の中で、ひときわ異彩を放つのが濱口竜介監督が発する「よーい、はい!」のかけ声です。
ささやくような優しい声だと思うでしょ?・・・違うんです。怒号です(笑)。メイキング見ててズッコケました。
最近の俳優を大切にする監督は、往々にしてかけ声を小声で言う人が多いし、もしくは「準備ができたらどうぞ」とか言ってかけ声をかけない監督もいるくらいでw、クリント・イーストウッド監督なんかもそうらしいですが。
その理由は「俳優たちをプレッシャーを与えないため」もしくは「俳優たちが<演じる>という特殊な状態になって欲しくないから」だったりするんですけど(ボクは後者)、濱口監督の「よーい、はい!」のデカさは一体なんなのか、謎です(笑)。
でもたしかに小さいかけ声だと、俳優によっては役の人になりきらないまま芝居を始めちゃったりする人もいるんですよね。だから濱口監督はそのシーンの冒頭にふさわしいテンションまで「よーい!」で連れて行こうとしているのかも・・・次の現場で真似してみようかな(笑)
棒読みの本読み
そして最後に例の気になる「読み合わせ」の件ですが、やってましたよ!メイキング映像のいたるところで。クランクインする前段階で集中してやるものだとばかり思っていたんですが、撮影期間中にも撮影に入る前に読み合わせの時間を設けてみんなで輪になって座って読み合わせていました。もちろん棒読みです。
もちろんその時間は監督も助監督たちも読み合わせにベタ付きなわけで、そんな時間を撮影期間中のスケジュールに設けるのって大変なことじゃないですか。現場で本読みって・・・ということは逆にそれが本番への助走として、それだけ大切だということなんでしょうね。その結果があの素晴らしい『ドライブ・マイ・カー』本編の芝居なわけですから。
結局、「ノー照明」も「2カメ」も「人柄の良い人」も「よーい、はい!」も「棒読みの読み合わせ」も、俳優のコンディションを撮影の瞬間にベストに持って行って、それを絶対に撮り逃さないための工夫の数々なのですよね。常に俳優の芝居が一番の優先順位であることが組全体に行き届いている・・・それが濱口組のいちばんの特徴なのだな、と感じました。
いや〜このメイキング、「濱口組には秘密も秘技もない!」と言わんばかりの大盤振る舞いだと思いました。すごく勉強になった。もちろん一切の解説も濱口監督からの種明かしのインタビューもないので、自分で観察して自分で考えるしかないんですが。
観客を入れた舞台のシーンや、広島から北海道まで移動するシーンをどうやって撮ったのかなど、映画では普通に見ていたシーンがいかに大変なシーンだったのかも画面から切々と伝わってきました。ああ、映画って本当に大変だし、素晴らしいなあ。
このメイキング「DOWN THE ROAD The Making of ”DRIVE MY CAR”」は2枚組のBlu-rayに入っています。1枚組のBlu-rayやDVD版には入っていないようなのでお気をつけて。
そして字数が大幅にオーバーしたので、自宅で『ドライブ・マイ・カー』本編を見返したときの興奮は、また別の機会に書きましょう。家で観てもしっかり入り込めたし、泣けました(笑)
それではまた!
小林でび <でびノート☆彡>
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