保有効果3

保有効果(自分のものが一番心理):行動経済学とデザイン10

前回はアフォーダンスの応用で『触れると愛着がわく法則』を考察してみましたが、今度は所有したときの行動経済学を、有名なこの本をベースに紹介します。

予想どおりに不合理

予想どおりに不合理
ダン・アリエリー(著)、熊谷淳子(訳)
早川書房 2010.10

『保有効果』という言葉があります。これは、人が何か(例えば、車、バイオリン、猫、観戦チケットなど)を所有すると、他人よりもその所有物を高く評価するようになる現象を指します。例えばオンボロに見える車でも、所有している本人は新品より価値があると思ったり。

保有効果を研究したのは、ジャック・クネッチ、リチャード・セイラー、ダニエル・カーネマンら行動経済学の大物ですが、ダン・アリエリーはそれを応用研究して、3つの理由を明らかにしています。

1. 自分が持っていることに惚れ込んでしまうから
2. 失うことへに意識が強く働くから
3. 自分の考えは相手と同じだと思い込むから

1は前回に書いた「触れると愛着がわく」効果から。2はプロスペクト理論との関わりによるもの。3はヒューリスティックの一環です。というようにすべて行動経済学の理論に基づいているようです。

保有効果3

では保有効果が影響している、良い例と危険な例をあげます。

よい例:ギャップを埋める工夫

保有効果の経済的な問題は、売買の不成立率が高いことです。

例えば不動産。売り手は所有している家に対し「こんないい家なんだから」と思い、買い手は「ちょっとでもお得に買い物したい」という気持ちが働きます。これを放置しておくと取引成立の機会が失われるけど、売り手はそのことに気づきません。

メルカリはここをよく考えています。それは参考価格。

保有効果1

出品する商品に「このくらいの値段だと売れますよ」と教えてくれることで、保有効果のバイアスを補正してくれるうえ、すぐに売れるという利点も提供しています。メルカリが、多くの取引が行われて活性化しているのは、保有効果のズレをうまくデザインしているからだと思います。

危険な例:お試しの罠

「30日間お試し」で使っているうちに自然と自分のモノのように感じて購入してしまう錯覚はよくあります。

試着するもの(メガネ、靴、洋服、マクラなど)でこういったサービスはたくさんありますし、サブスクリプション系のビジネス(音楽、オンライン学習、会員サービスなど)にはだいたいあります。ビジネス側としては「値段を考えずにまず使ってもらうこと」ができるのが魅力です。使っているうちに月500円払っても、まあいいかという気になります。

保有効果2

反面、一人が保有できる量(意識物質だけではなくサービスも含む)には限度があると思うので、ユーザー視点で考えると、保有へのストレスを感じさせないことは大事だと思います。例えば自動で有料に切り替わるものだと、解約のことを気にして、安心して保有できないのかなと。

・・・・・

では、デザインで取り扱えるもの、という観点から保有効果が期待できる対象やアプローチを整理してみます。

応用1. 身体性が高いものを保有

保有意識は身体感覚とのつながりが強く見られます。例えばスペックで評価されがちな機器に対して、次のような商品は愛着が人一倍わきやすい傾向があると思います。

・楽器、スポーツ用品(習熟度や慣れが関わる)
・自動車(エンジンを生き物のように感じる)
・レコード(針に落とす行為と連動する)

もし自分が携わっているデザインの対象が身体性の要素がなくても、何かしら工夫できる余地があるかもしれません。例えば取っ手をつけたiMacであったり、操作(動きや音)が気持ちいいアプリサービスだったり。これに関しては前回書いた内容と関連性が深いかと思います。

応用2. 努力して得られるものを保有

保有しているものに強い思い入れがあるときは、何かしら苦労して手に入れている場合があります。例えば、このようなもの。

・入手しにくいチケットや靴
・イケアの家具、
・トレーニングを重ねた結果の筋肉

イケアの家具は、ビジネス的には組み立てのコストダウンだけど、ユーザー体験の価値を上げている2つの要素があることが興味深いです。アプリやゲームでも自分の設定(例えば名前や服の着せ替え)を少しでもカスタマイズできると保有効果が高められます。それが楽しい努力で設定できることであればなおさら。

3.資格やステータスを保有

物理的なものがないサービスに対しては、資格やステータス(証明書やステージレベルなど)を設定すると、保有効果をつくることができます。

・マイレージ会員
・エキスパート認定証
・年間パスポート
・noteのバッジ

前にもあげましたが、このnoteは自分のアカウントを育てていくという観点で『バッジ』という仕組みが保有効果にうまく組み込まれています。見えないものを、このようにデザインすることで経済への効果が生まれます。

アンダーマイニング効果03

まとめ:好きになってもらうこと

保有効果がはたらくかどうかは、受け手の感情にアプローチできるかどうかだと思います。スペックや価格などでの比較は、想像力が豊かでないとなかなか感情にまでは届きません。

デザイナーが役立てるのは、こういった領域だと思います。開発の中での会話ではなかなか伝わりにくい話ではあると思うので、そんなときは「行動経済学では〜」という理論の説明で、デザインの価値を少しでも理解してもらえることに、ここに書いた整理を使っていただければと思います。

デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。