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CoMADO:オンライン型デザインリサーチのススメ

南部隆一(ACTANT代表)

昨年末にティザーサイトをオープンしたオンライン型デザインリサーチサービス「CoMADO」は、その後、助成を受けて、スタートアップでいうところのシード期を試行錯誤しています。そろそろ公開の見込みがたってきたので、noteをはじめてみます。

CoMADOは、遠く離れたフィールドでもリモートで気軽に調査のできるリサーチサービスです。まるで窓を開けてご近所さんと立ち話するように、大人数では訪問が難しい場所や、遠い海外でのリサーチ、コロナ禍で難しい対面インタビューなど、さまざまなシーンに活用できるツールとなっています。

今回の記事では、CoMADOのパーパスとつくりはじめた動機を少しだけ紹介します。機能の特徴などの詳細なサービスについて、ご興味のある方は是非ウェブサイトをご覧ください。

CoMADOでできるデザインリサーチ:「観察」のちからをオープンにする

日本を代表するグラフィックデザイナーである田中一光氏は、エッセイの中で次のように述べています。「私たちの仕事の原点は、まず観察することである。世の中を観察する。人間を観察する。文化を観察する。」そして、「正確な観察があってこそ、正確なアンチテーゼをもつことが許される」と続けています。

ここでいう「観察」には、形をしっかり見るべし、という意味に加えて、じっくり多角的に対象を読み解きましょう、という意味も込められています。ひとつのりんご、ひとつの行動、ひとつの発言。それらを正面から見るだけではなく、上から見たり、下から見たり、切ってみたり、りんごをりんごと見なす文化に焦点を当ててみたり。それは私にとっては食べるものだけれども、彼にとっては投げるための武器かもしれない。そのような多角的な視点を自分自身の中に複数もつことで、はじめて「アンチテーゼ=有効な問いや仮説、あるいは課題設定」にたどり着くことができる。「観察」にはそういった意味合いがあります。

あるいは、クリティカルシンキングならぬ、クリティカルビューイングといえばよいのでしょうか。何を課題解決すればよいのか、そのためにどの点に着目すればよいのかを、自分の偏見や価値観を一旦脇に置いて批判的に読み解いていく。そのような丁寧な観察は、長いデザインプロセスの中でも、進むべき方向を決めるための第一歩として必要不可欠な営みといえるでしょう。

デザインリサーチという言葉は、デザイン界隈ではかなり幅広い意味で使われています。データに基づいた定量的なリサーチから、行動観察、直感を生かしたデザイン思考的定性リサーチや、人類学に根ざした長期的な参与観察。さらにいえば、デザインのためのリサーチ「Research for Design」や、つくることをリサーチと見なす「Research through Design」……といった分野まで、多岐にわたり取り組まれています。

CoMADOは、数あるアプローチの中でも、現場に出かけて何かを発見するフィールドリサーチやビジネスエスノグラフィーをカバーすることにしました。どのようなアプローチを取るにせよ、デザインリサーチの本質というのは先に述べた「観察」のちからにあると思っています。対象に誠実に向き合い、丁寧にインタラクションしながら文脈や意味を読み解いていく態度こそが、リサーチの大事な要素です。フィールドに身を置いて、五感で情報を感じ取りながら、丁寧に「観察」するという基礎的な営みを、誰でも、どこからでも実践できるようオープンにすること。それをCoMADOのファーストチャレンジとしています。

CoMADOの「Co」は、コ・デザインの「Co」

田中一光氏の時代から時を経て、デザインが対象とする事柄はどんどん複雑になってきました。現代社会の複雑な問題を創造的に解決していくためには、デザイナーや専門家といった限られた人々によってのみデザインするのではなく、利用者や関係者たちが積極的に関わり、みんなでデザインを進めることが大事だといわれています。いわゆる「コ・デザイン」や「共創」と呼ばれるアプローチです。デザインリサーチも同様、ユーザー参加型の共創ワークショップやアクションリサーチといった、複数性を重視したアプローチが多く試されています。

例えば、僕の息子は弱視です。黒板の文字や階段の段差をクリアに把握することが困難です。弱視者の課題を解決するデザインを考えるとき、世界をぼんやりとしか把握できない日常感覚や、学校の中で障害を抱えることの痛みに関しては、本人が一番専門性が高いといえます。もちろん、彼以外にも必要となる専門性はたくさんあります。ときには、プロダクトをつくることに長けたエンジニアやバリアフリーの専門家、眼鏡メーカーといったプレーヤーも必要です。従来であればデザイナーという専門職が単独で観察していたところに、当事者や他者が参加することができれば、多元的な視点で、複雑な問題に対処するための糸口が見つかりやすくなるかもしれません。

さらにいえば、デザイナーではない人にとって、デザイン的な観察力をもって共創するスキルは、自分自身が向き合うべき課題を深堀りし、自分自身の生活を自分自身でつくっていく際に、それなりに役に立つものなのではないか、とも思っています。弱視という特殊な状況にはないとしても、ライフスタイルが多様化した現代においては、それぞれが参考にすべき先行モデルが、そうそう見つかるわけではありません。自分自身で試行錯誤しながら長い人生をデザインしていく必要がある中で、CoMADOが提供する観察と共創のプロセスが、そのスキルを向上させる機会になるでしょう。

通常のリサーチフェーズでは、生活者はリサーチ対象として、一方的に観察されることが多いです。「コ・デザイン」の理想とするところは、デザイナー以外の人も観察に参加し、みんなで対話しながら洞察を進めるようなフラットな関係です。CoMADOの「Co」には、誰でも、どこからでも、そして「誰とでも」、観察と洞察が実践できるようなツールを提供したい、そういった思いを込めています。

デザイン経営にとっての「Co」

「Co」というアプローチには、企業にとってのメリットも十分にあります。あらゆることが目まぐるしく変化し、これまでの常識や経験が通用しない時代に、顧客のニーズを捉えきれず時代から取り残される企業やサービスが増えています。そこで注目されているのが「デザイン経営」です。「デザイン経営」とは、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法です。2018年に経済産業省・特許庁が「デザイン経営」宣言を打ち出して以降、一気に広まりました。

デザイン経営において重要とされているのが「ビジネスエスノグラフィー」や「共創」です。定量化できないことを評価できない企業は、この先の打ち手が見えぬまま、時代からも社会からもドロップアウトしていくでしょう。このことが日本中で起きています。数字やビジネス規模から発想するアプローチではなく、人間を観察し、彼らに寄り添いながら、企業ブランドの構築やサービスのデザインをおこなうことが必須となりつつあるのです。

「Co」が象徴する「共創」は、多種多様な価値をもつ人たちと対話しながら、新しい価値を「共」に「創」り上げていくことだと説明しました。これは、ビジネスシーンでも「オープンイノベーション」の要素を含んだ考え方として広義で使われるようになっています。商品を開発・改善したり、広めたりするためのマーケティング手法として、またはイノベーション創出のきっかけとして、近年のビジネス戦略において重要な概念とされています。

「何とかしなければいけないが、何をすればいいか分からない」顧客に、「何が課題か教えてもらえれば、その解決策を提案します」といっても、困らせてしまうだけです。そんな顧客との関係を転換し、数字にならないニーズを共に探りながら「一緒になって新しい価値を創り出していきましょう」という態度は、顧客にとっても企業にとっても価値のあることだといえるでしょう。

コロナの感染拡大以降、多人数で足を運んでの調査や、実空間でのワークショップが憚られるようになりました。CoMADOは、顧客目線での「観察」や「対話」、「洞察」を、リモートとリアルをかけ合わせたハイブリッドな形式で実施できる手法を提供します。「デザイン経営」の導入をデジタル面からサポートし、日本中で新しい価値の事業化を促進するツールになることを目指しています。

CoMADOをはじめたきっかけ

CoMADOのアイデアにたどり着く以前から、弊社は、共創を意識したプロジェクトを多く実施してきました。例えば、たまプラーザにあるリビングラボでは、子育て中のお母さんたちが、リサーチからアイデア発想、プロトタイピング、評価といった一連のデザインプロセスに参加できるように、独自のワークショッププログラムを設計しました。彼女たちが単なるモニターとしてではなく、サービス開発のパートナーとして参加することで、地域に根ざしたリアリティのあるデザインまで掘り下げることを目指しました。

それはそれでうまくいったのですが、それが一回きりで終わってしまうとしたら、社会全体の共創価値の向上は起きづらいのではないか、他の企業や地域への汎用性を高めたほうがよいのではないか、というモヤモヤを抱えていました。

また、コロナ禍においてはリアルなコミュニケーションの機会が減りました。Zoomで切り取った相手の表情だけでは、発話内容の把握は問題ないにせよ、相手のいるコンテクストの観察やその後の対話や洞察を深めるフェーズは質が薄まってしまうような気もしました。

そんなところに、CoMADOの共同開発者であるzeroinonの上岡さんが、オンラインで親密なコミュニケーションを取れる機能をプロトタイピングしていると耳にしました。上岡さんとブレストする中で、この機能と私のモヤモヤをつなぐことで、何か新しいツールをつくれるのではないか、というアイデアに至りました。

それだけはなく、オンラインでのリサーチを実現するからこそ、これまでデザインプロセスから排除されてしまっている方々、例えば、移動が困難な高齢者や地理的な制約から参加できない方も含めた「誰も置き去りにしない」デザインプロセスに近づけるのではないか。みんなで「共にデザイン」すること。みんなの専門性をもち寄ってデザインを進めること。そのようなプロセスが当然になる未来が見え隠れしています。

これが、CoMADOをはじめたきっかけです。

これから

デザインはもはや美大出身のデザイナーの特権ではありません。CoMADOは、田中一光氏が述べていたような、デザイナーが基本的に身につけている態度をオープンにするためのツールです。換言すれば、従来デザインコンサルタントがおこなってきた専門スキルを民主化し、日本社会や日本の企業への普及を促すためのサービスです。

フィールドに出かける際の必須アイテムは、通常ペンやノート、あるいはポストイットやカメラだと思いますが、そこに当然のようにCoMADOというデジタルツールが存在している風景があってもいいはずです。その風景が、障害がある方々や、困難を抱える企業、そして何よりも僕たち自身が生きやすくなるしなやかな社会づくりにつながるかもしれない。そのようなパーパスからブレないように気をつけながら、より使いやすいサービスを目指していきます。

CoMADOの開発エピソードや公開のお知らせをニュースレターでお届けしています。ぜひウェブサイトよりご登録ください。

参考文献や参考サイト

●観察についての引用はこちらから

●デザインリサーチの潮流については、こちらの記事がとてもわかり易くまとまっていました。参考にさせていただきました。

●共創に関しては、ACTANTのパートナーとしてさまざまな場面で協力いただいている上平崇仁教授の著書がオススメです。