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【エッセイ】タオルクラゲ

SNSを見ていたら、ふと目にとまった六文字。

タオルクラゲ。

懐かしい響きである。

わたしが漢字が読めて褒められ、台所に立とうとして怒られた頃のこと。週末になると必ず、父と二人でお風呂に入るのが恒例だった。

父は当時単身赴任をしていたため、家にいなかった。しかし金曜の夜には必ず、お土産を持って帰ってきてくれていた。そして日曜の夜には赴任先に戻ってしまう。さびしいと泣きわめくわたしを見かねてか、帰る直前のお風呂は、必ず一緒に入ってくれたのだ。

今思い返しても、とても、さびしい夜であった。

父との時間ができるだけ長く続いてほしいという気持ちの現れか、当時のわたしはずいぶん長風呂であった。そんなわたしに付き合って、父も長くお風呂に入ってくれた。

(現在のわたしはスピードを重視しているため、カラスの行水と言われている)

湯船につかりながら鼻歌を歌ったり、一週間にあったことを話したりした。

そして、タオルクラゲ

ある夜、父は得意げに手ぬぐいを湯船に浮かべ、いきものをつくったのだ。わたしの目にはとんでもないことに映った。

くらげだ。
うみのやつ。
ぶくぶくなっている。

まだ少ない語彙で驚きを伝えた。すると、父が突然、容赦なくばちんっ! とつぶして、わたしは言葉を失った。

つぶれた!

わたしは叫び、手ぬぐいを強引にうばって、やってみたい! と主張した。父は根気強く丁寧に教えてくれ、何度も何度もチャレンジした。 

しかし失敗が続いた。なかなかふくらみを維持できない。不器用極まれりである。

またためす。
しかし失敗、また失敗。
悔しい。ためす。また、失敗。

膨らまない。このクラゲ、生きてないよ。

父の反応はよく覚えていないが、にやにやしていたような気がする。そしてまた見せつけるように立派なタオルクラゲをつくってはわたしにつぶさせ、またつくってはつぶさせた。

あんまりやるとのぼせるので、ほどほどにしようと言って、早々に湯舟から出る。出たら父はすぐに着替えてしまって、急にお別れが近くなって、わたしは慌てる。

あっという間にスーツで身をまとった父は、わたしと母に見送られながら、別れもそこそこにバス停まで歩いて行ってしまう。

ほかほかと湯気を出しながら呆然とするわたしの頭を母が撫でる。

遠ざかる父の背中にさびしさなんて欠片もなくて、悔しかったのを覚えている。ただ、また来週も帰ってきては同じような夜を過ごすのだろうと分かっていたので、寂しさが長引くことはなかった。


現在に戻る。


今の父は家から仕事場まで通っている。

たぶん今遠くへ単身赴任することになっても、あのときのような絶望的な寂しさみたいなものに襲われることはないだろうと思う。

ただ、その代わり心配はするだろう。

先日、友人の父親が単身赴任先で息を引き取ったと聞いて驚いたばかりだ。そういった予期せぬお別れのことを考えて心配はすると思う。

父も父で、あのときはそんなに寂しそうじゃなかったけれども、当時あげた手紙を未だにバックに忍ばせていたり、時々「あの頃のお前はどこに行っちまったんだァ」などと言うので、父なりに寂しかったのかもなと思う。

それから幼少期にあまり構ってやれなかったことを悔いているのか、取り戻すかのように休日になると可能な限り、わたしの要望に応えてくれる。自分もやり過ぎない程度に甘えている。


SNSでタオルクラゲの文字を見て、一連のことを思いだしたついでに、作ってみることにした。当時を思いだしながら手ぬぐいに水を含ませて作る。まだ不恰好だけれども案外それらしいものができた。そして、容赦なくつぶす。

父親がどんな顔をしていたのか、少しだけ、思いだした気がした。


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