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旅客機からの緊急脱出

飛行機に乗っているCA(Cabin Attendant/ 客室乗務員)の職務は何かご存知ですか?乗客に笑顔で飲み物を配るのが主な仕事だと勘違いされていませんか。実は飛行機に搭乗する時から降りるまで、ずっと皆さんを監視することが仕事なんです。そう言われると気分が悪いでしょう。気持ちの良いものではありませんよね。

言葉を変えます。CAは保安要員なんです。保安業務が第一業務なのです。
何かあった時には皆さんのお手伝いをするのが、メインのお仕事なんです。

緊急時にどうしたらいいかわかりませんよね。
誰かがお手伝いしないと。誰か飛行機のことをよく知っている人が。
あなたよりもずっとよく知っている人が。


1. 「絶対に安全」は存在しない

飛行機に乗って緊急事態に出会う確率はとてもとても低いものです。宝くじ1等に当選するよりはるかに低いのです。ほとんどの乗務員(CA・パイロット)が危険な目にあうことなくキャリアを終えます。それが理想ですし、そうあるべきです。しかし飛行機が飛ぶという限り、危険はつきものです。

A ship in harbor is safe, but that is not what ships are built for.

「船は港に停まってる時が一番安全。でも海に浮かべるために作られたのではない。」

なんて言葉があります。
「安全」の勉強をする時には必ず出てくる、と言っていいほど有名な格言。僕もアメリカの大学の授業で習いましたし、その後もちょこちょこいろんな文献やセミナーで目にする言葉です。

「絶対な安全」というものは存在しません。車の運転もそうです。絶対に事故にあわないようにするには、車に乗らないことしかありません。

空の世界で絶対な安全を守るためには、飛ばないことしかありません。飛ぶ限り危険はつきもの。危険な目に合わないように組織をあげて全力で安全運航を目指すしかないのです。一つ何かが起こっても 次にカバーするシステムがちゃんとあって、飛行機に搭載されているシステムも二重、三重に守られているのが標準です。それでも人間の作った機械は壊れますし、事故は起こります。

だからこそ人間が最後の砦になるのです。これだけ安全を目指しているのにも関わらず事故が起こってしまった場合、CAやパイロットが皆さんをできるだけ安全に脱出させようとしますし、そのために厳しい訓練を重ねています。

2. 監視とは

さて監視しているとはどういうことか。機内ではさまざまなことが起こります。バスや電車と同じです。いろんな人が乗ってきます。知らない人ばかりです。

一番の脅威はハイジャックも含め、機内での暴力・迷惑行為です。凶器となりえる危険な物の持ち込みはないか、不審者が乗ってきていないか。注意を要する人はクルー全員で情報が共有されます。サングラスをかけていて怪しいから、という見た目ではありません。毎日毎日 人を観察しているCA、目のつけどころは違います。目を合わせない、返事をしない、汗を大量にかいている、そわそわしている。そんな人が挙句の果てにコクピットのドアを開けようとしています、という報告がきて実際にその方の搭乗を拒否して降りてもらったことがあります。我々は安全を一番に優先し、機内の秩序を守ることが仕事です。その為には他の乗客を不安にさせてはいけません。

酔っ払いにも苦慮します。アルコール臭がしたら要注意です。暴れるかもしれないから?それもありますが。上空では気圧の変化もあってかなり高い確率で気分が悪くなります。揺れも重なって嘔吐し、トイレにこもる。たくさんの乗客がいる中、その人の面倒に時間をさくことになります。リゾート路線にはそういう乗客が多いイメージです。
体調悪そうな人がいないか。むしろ監視をする合間に皆さんにサービスを行っていると言ってもいいでしょう。

よく映画やドラマでドクターコールを目にします。
「お客様の中にお医者さまはいらっしゃいませんか」
あんなの本当はないでしょ?ところが結構あるんですよ。そして手を挙げる人が7人や8人もいたり。医者の学会出席者が多数乗り合わせていて、お医者さん同士でどうぞどうぞと。面白いでしょ?処置が必要な場合に、医療関係者しか使えない救急キットも載っています。CAが気軽に使える救急箱はもちろんのこと、AEDもあります。機内にないといけない幼児用の救命胴衣の数も決まっているんです。消火器の数、酸素ボンベの数、全て法律で決まっています。一つでも足りないと出発が許されません。

CAは機内で、警察官になったり看護師になったり消防士になったりするのです。保母さんになる時すらあります。どうでしょう。そろそろCAを見る目が変わってきたでしょうか。

3. 健常者が考えないこと

飛行機には車いす使用の方も乗られます。何不自由なく生活がおくれている健常者はあまり普段考えないことかと思います。そういう方が乗っていることすら知らないのがほとんどかと思います。なぜかと言うと、車いすの方は一般搭乗が始まる前に援助を受けて先に搭乗し、皆さんが降りてから最後に降りられるからです。だからそういう方を目にすることがないのです。目の不自由な方もいます。付き添いの人がいない場合は(一緒に搭乗が認められている)盲導犬と一緒に乗られることもあります。

このような情報はCA間で共有されることはもちろん、必ずパイロットにも知らされます。とても大事なことだからです。緊急脱出する際に必ず手助けが必要だからです。そういう方々の人数と座席位置は乗務員全員が把握しています。

そしてこのような方々が座れない席があります。それは非常口座席です。
非常口座席の近くに座られる方には必ずCAがする質問があります。

「緊急時にはお手伝い頂けますか?」

状況によってどうなるかはわかりませんが、近くにいるので何かCAが援助をお願いするかもしれません。「そんな大役無理です」と言って拒否される方もいます。実際に断られて、全く違う座席に座っていた僕が代わりにその席に座ることになったこともあります。こちらは依頼しているだけです。責任が重いですものね。断っていただいても全く問題ありません。

パイロットやCA(整備士や内勤職員も)が次の勤務地へ向け移動するために客席に乗っていることが日常的にあります。その時の勤務状態によって制服でなく私服で乗っていることもありますが、その便を担当しているCAは乗客リストを見て常にその存在を把握しています。緊急時に手伝ってもらえそうな人の数を事前に見積もっているのです。従業員が1人も乗らない時は、搭乗案内の時から「こいつ使えそうだな」なんて一般のお客さんを見ていることもあります。すべて緊急事態に備えているのです。あなたに笑顔で接しながら。

4. 90秒ルール

こういう風に意識をして飛行機を見たことはないかもしれませんが、搭乗して自分の座席に向かう際に縦に通路が通っています。2列平行して通路があるなら、その飛行機は中型機・大型機の部類に入ります。ワイドボディ(Wide-Body)と呼ばれ、200席以上あるので長距離に使用されることが多いです。これに対し通路が1列の飛行機は小型機の部類。中距離以下に使われることの多いナローボディ(Narrow-Body)と呼ばれるもの。

想像してみて下さい。自分の座席が後ろであればあるほど、奥へ入るのに時間がかかりますよね。特に満席状態の時、決して1分やそこらで自分の座席にたどり着くことはできません。逆に降りる際にすぐ出れるでしょうか。後ろにいる方は長蛇の列に並ぶことになります。荷物もって。子供抱っこして。ハイヒールを履いている人もいます。

満席のワイドボディ機から全員が1分やそこらで外に出れると思われますか?
断言します。無理です。ありえません。

最近、報道で「90秒ルール」という言葉が紹介され、あたかも90秒以内に乗客を全員脱出させることが可能であるかのような話しがまことしやかに流れるようになりました。これにより勘違いされている方が多いように感じています。

ではこの90秒とは何なのか。飛行機を売る前にメーカーは、この飛行機は事故が起こった際、90秒で全員が脱出できるくらい安全ですよ、という証明を国にしなければならないようになっているのです。ある程度の大きさの飛行機に定められた安全基準の一つです。実際にデモンストレーションを行う場合、参加者が90秒で脱出できることが実証されなければ飛行機を売ることは許されません。さまざまな年齢層やある一定の男女比率で行われるのですが、このデモンストレーション、健常者のみで構成されており、満席状態でなくても良いのです。泣き叫ぶ赤ん坊や、言うことを聞かない子供が側にいる訳でもなく。

現行の決まりではそれでよいことになっているのです。さすがに最近はこれは現実的ではないということで、アメリカでも見直しを求める声が出てきています。近く変わるかもしれません。

そうです。非現実的なんです。実際には突然の出来事に固まってしまって動けない人がいるはずです。転倒する人もいるでしょう。言うことを聞かない人は必ずいるはず。よくスマホなどでの撮影映像が流れます。これは緊急時には禁じられていることです。この作業をしている後ろの人はつっかえます。誰かが荷物を取り出そうとすると、後ろの人も一つくらいはと続きます。その後ろも。流れが止まります。トレイが出ていたり、リクライニングが倒れていると一瞬つっかえてスムースに出れません。横幅の広い人や妊婦は、体を横にしないと通路に出れません。非常口座席の近くに荷物を置いているとつまずきます。暗闇だと視界に入りません。誰か叫ぶと焦ります。一人が叫ぶと連鎖するでしょう。そうですパニックになります。脱出スライドを滑る手前でCAにハイヒールを脱げと言われます。全員がそれを待たざるを得ません。スライドに穴をあけられると困るんです。無理やり持ってきた荷物もそこに置いていけと言われます。スライドに穴があくと脱出できなくなるのです。コクピットの前にドンドン荷物が積み上がっていって、パイロットが出れなくなったという事例もありました。さきほどの車椅子の方、目が不自由な人を助けるのは誰でしょう。付き添いの方がいれば良いですが、いない場合はCAかパイロットが手伝います。最悪の場合は我々の中の誰かがかかえて一緒にスライドを滑ります。

こういうことを我々は四六時中考えているのです。だから万が一のために安全ビデオや安全のしおりなどを作って、皆さんに緊急時にしてほしいことを周知しているのです。でもほとんどの方がそれらに見向きもしていないのを我々は知っています。きっと大丈夫だろうと真剣に受け止めてもらっていないのでしょう。世界の航空会社はいろんな方法で乗客に大事なことを聞いてもらおうと、面白いビデオを作ったり、エンターテインメントに富んだデモンストレーションを行って工夫をしているのですが、なかなかうまくいっていません。どのようにしたら全ての乗客に真剣に話しを聞いてもらえるのか、航空会社の課題です。現実的な話し、満席のワイドボディ機から10分で全員が脱出できたらかなり早い方だと思います。ただただ迫ってくる火の手や煙・有毒ガスがそれより遅いことを祈るのみです。

じゃあ一刻も早く脱出できるように、これからは非常口の近くに座ろうと思った方。先ほどの90秒ルールは、全ての非常口の半分が使えないという想定です。右エンジンから火災が起こっていたら、左側の非常口しかCAは開けません。その時にあなたはたまたま左側に座っているでしょうか。もしかして座席を乗り越えていくから問題ないなんて思っていないでしょうか。ほとんどの場合、煙や有毒ガスが発生して立っていられないことが想定されます。CAから口をおさえてかがむように指示を受けるでしょう。全員がかがんで通路を移動します。どんなスピードで進むかは容易に想像がつくはずです。

ビジネス/ファーストクラスに乗っているからすぐ出れる、という方。席は前の方なので搭乗してすぐに着席できたことでしょう。いま入ってきた入口が、緊急時にも使えるものだと思い込んでいませんか?どんな事故にあうかわかりません。後ろのドアしか使えない状況になった時、そう、あなたの降りる順番は最後になるのです。統計的には、衝撃で亡くなる方より、その後に充満してくる煙や有毒ガスを吸いこんで亡くなる方の数の方がずっと多いのです。だからこそ早く脱出しないといけないんです。

いったいどうやったら早く脱出できるのでしょうか。

5. ジェット機とプロペラ機

興味深いのが、プロペラ機はより危ない、という通説です。何度ジェット機が事故にあって大ニュースになっても、プロペラ機はやはり危なく、遅い、という考えが根深くあるように思えます。そもそも危険だとして、そんな飛行機にまずパイロットが乗ると思われますか?遅いと文句を言われるのは航空会社です。そんなものをわざわざ大枚はたいて購入すると思われますか?

多くの航空会社が運航しているプロペラ機はターボプロップ機というもので、いわゆる皆さんが2~4人乗りのセスナ機と認識しているプロペラ機(レシプロエンジン)とは全く違う乗り物なのです。プロペラがついているもののジェットエンジンで回しているものなので、とてつもないパワー。初期訓練などで使用するセスナ機とは性能が比べ物になりません。巡航高度はセスナ機ではとても到達できない高さですし、速度も短距離においてはジェット機と飛行時間はさほど変わらないのです。新しければ最新のコンピューターや機能も搭載されているので、むしろ古いジェット機よりコクピットもモダンで進化しています。「そんな機能ついてるの?いいなぁ」なんて会話もパイロット同士であります。新しいスマホが、古い世代のものより性能が良いのと同じです。

ではなぜジェットエンジンがついているのに、プロペラがついているのか。それは短い滑走路で止まる必要があるからです。国際線が飛んでいない小規模の空港では、滑走路も短いのです。中・大型ジェット機で運ぶほどではない数の乗客を地方へ飛ばすことを考えて下さい。運航する路線によって、採算の合う客席数の飛行機を選んで航空会社は飛行機を購入しているのです。会社が社運をかけて選択する飛行機に危ないものなんてあるはずがありません。ジェット機に比べはるかに燃費も良く、世界中の航空会社でターボプロップ機は運航されています。アメリカのような飛行機社会ではもっといろんな種類のターボプロップ機が運航されているので、乗客にとっても馴染みがあり社会に広く受け入れられています。日本の航空界はまだまだ発展途上、この現状は仕方ないことかもしれません。各航空会社はもっと誤解が生まれないように上手にアピールしていけば良いと思うのですが。
ブランドイメージ命の航空会社がそのロゴをつけて飛ばしているジェット機とプロペラ機。安全性に相違はありません。ある訳がないのです。

6. パニックコントロール

車でちょっとそこまで外出する時に天気を確認しますか?それによって時間をずらしたりルートを変えますか?整備記録は毎日確認していますか?タイヤの周りやオイルの点検を日々おこなっていますか?
車で事故にあう確率は、飛行機の場合よりもはるかに高いことは広く知られています。それでもそんなことをする人はいないと思います。僕だってしません。

飛行機を飛ばす時、僕らは必ず上記のことを確認します。しないと出発できません。出発しません。そのように決まっているのです。いくら飛行機が遅れて到着しても「出発準備に時間を要しています」というアナウンスが聞こえてきます。その間もちろん機内の清掃もしていますが、全ての安全確認が終わらないと乗客の搭乗を開始しません。それだけしつこいほど毎便毎便 安全に飛ばせる状態であることを確認しないと、飛行機というものは飛ばさない乗り物なのです。ジェット機であれプロペラ機であれ、いかに安全にこだわって運航されているかということがわかっていただけるかと思います。

ここで先ほどの話しに戻ります。
どうやったら早く脱出できるのでしょうか?
実は違いを出すのは乗客の皆さんなのです。

飛行機は満席の時もガラガラの時もあります。シーズンや時間帯によって同じ大きさの飛行機でも、搭乗する人数は大きく違います。僕は満席の飛行機に乗る度に、通路から客席を見ていつも思うことがあります。

「何かあったらこの人たちはみんな言うことを聞いてくれるのかな・・・」

恐いんです。群衆をコントロールすることはとても難しいことです。
修学旅行のグループなら比較的素直に指示に従ってくれるかな?ずっと大声で騒いでる集団がいるなぁ。さっきからあの人すごい高圧的な態度でCAに文句を言ってるなぁ。路線によって客層というものがあります。

ひとたび一人がパニックになって叫んだり突拍子もない動きをし出すと、それに同調する人が出てきます。必ず後に続く人が。そして あっという間にコントロールできなくなります。押し寄せてくる波には勝てません。もはや大声を出して制止しても声が届かないのですから。場合によっては緊急脱出することによって逆に死傷者が出てしまうケースもあります。慎重な判断が必要です。なんでもかんでも脱出すれば良いという訳ではないのです。

最終的に脱出するかどうかを決めるのは機長です。もしもの時には副操縦士が。それもダメならチーフパーサーの順番。誰かがチームを指揮しなければいけません。勝手に行動されるとパニックの始まりになります。とにかく指示を待つんです。緊急脱出が必要に見えるような時にCAは簡単に持ち場を離れることはしません。その姿があなたには見えないかもしれませんが、CA同士お互いに見えない広い機内、前と後ろでインターホンで連絡をとりあってどんな状況なのか、どの非常口を開けるのがベストなのかを把握することに全力を尽くします。コクピットと連絡が取れない場合は当然CAが独自で判断することもあります。パイロットに指示を仰がずCA達で決断して脱出を始める基準も設けられています。いろんな場合が想定されていますが、どの場合であれ一番最初にすることは冷静に判断を下すことです。考えてもみて下さい。緊急時にじっと持ち場を離れず指示を待つ。相当な精神力です。普通の方なら叫び始めるところを、じっとその場で脱出についてベストな方法を急いで話し合うのです。

細く、高い声で発せられる「落ち着いて!」「カームダウン!」という、CAが乗客を制止するために一斉に連呼する言葉。「まるで学芸会のよう」と揶揄されたコメントを見たことがあります。わかります。
日本語特有の発声の仕方だと思いますが、海外から戻ると日本人の声がとても高く聞こえます。何も女性に限ったことではないのですが、甲高い声で絶叫している野球やマラソン中継などを見ると、耳を塞ぎたくなることもありました。アメリカのニュース番組や映画の宣伝で話される重低音の英語を聞いて、なんとなくどっしりと落ち着いた印象を受けないでしょうか。ディズニーランドなどで英語のアナウンスを聞いてそう感じたことはありませんか?

甲高い声が続くと少し子供っぽく聞こえ、ゆえにCredibilityがないような印象を無意識に与えてしまうのかもしれません。「信頼性」という訳よりも「オフィシャルに聞こえず、信用してもらえない」という表現の方がしっくりくるように思えます。日本語を話す際にこの高い声というのは無意識の域でデメリットになりえると感じています。ですので僕も日本語でアナウンスをする際は、努めて声のトーンを落として話すようにしています。もし皆さんが緊急時にCAの指示を聞いて、Credibilityが低い、あるいは頼りないと感じるのであれば、おそらくそれが原因ではないかと思います。しかしどのように感じとられようと、緊急時の対応の仕方はあなたよりCAの方が詳しいのは事実。絶対にです。そして指示に従って頂くだけで、脱出へ向けての円滑な流れを作ることができるのです。

むやみに誰か1人立ちあがって動き出すと、一斉に多くの人が真似をしだすのではないか。これが一番の懸念なのです。都会に暮らす人なら、満員電車から出るのがいかに大変なことかご存知のはず。
全てはパニックコントロール。スムースに脱出できるか否かは皆さん一人ひとりの行動にかかっているのです。いかに飛行機が安全な乗り物であるかはわかっていただけたと思いますが、緊急時の安全性を大きく左右させるのは、実は乗客の皆さんの行動なんです。

7. ニュースバリュー

これだけ安全な乗り物なのに、飛行機事故が1件起こると長く人の記憶に残ります。アメリカでの大学時代の授業で習ったお話しです。昔ある小学校で大火災が起き、多くの児童と教師が亡くなる大惨事があったそうです。そしてその同じ日に、飛行機の墜落事故が起きて多くの方が命を落としたことが。大ニュースになって人々の記憶に残っているのは飛行機のニュースだけ。

2024年の正月、僕はたまたま北陸地方の上空を飛んでいました。遠くから能登半島の方でずっと赤い大きな光が見えていました。降りてからそれが震災で起きた能登での大火災であったことを知りました。翌日1月2日は関東地方の空を飛んでいる時に、羽田空港付近で多くの飛行機が上空で待機するように指示を受けていて、いったい何が起こっているのだろうと思っていました。これも降りてから空港で大惨事があったことを知りました。
そして瞬時に、能登の地震のニュースが飛行機のニュースに乗っ取られてしまうのでないかと思いました。昔から飛行機事故というのはニュースバリューが高いものです。冬の寒空のなか北陸地方で被災された方々が気の毒でなりません。このようにして余計に飛行機とは危ないものだという観念が植え付けられていくのです。


2024年1月の中旬、自分自身の年に一度の緊急訓練のために会社の訓練施設へ行きました。そこでいつもながらCA達が別室で脱出訓練をしている姿が目に入りました。気合が入ってました。気のせいかもしれないですが、いつもより声が大きく、張り合いがあったように感じられました。プロとして当たり前なんですが、悲しいニュースにめげることなく、前を向いて勇気をもって、厳しい訓練を行っていました。皆さんは目にしたことがないでしょうが、僕が好きなCAの姿があります。それは両手両足を大きく広げて、体全体で非常口をふさぐ姿です。非常口を解放した後、脱出スライドが自動的に膨らんで完全に滑れる状態になるまで(飛行機の大きさによって)5秒~10秒ほどかかります。ちゃんと膨らんだのか。安全に滑れる状態になったのか。それを最後に確認してから乗客の脱出開始を誘導します。その間CAは両手で出口の両端をがっしりつかんで、両足を広げて非常口をブロックします。背中全体でXの字を作って。開けた瞬間にパニックを起こした乗客が外に出始めると命にかかわります。飛行機の大きさによってはビルの2階以上の高さからスライドを滑り落ちることになるのですから。
最後まで命を守る姿です。まだ絶対に使わせまいと。

この人たちに後ろの客席を任せて、僕らは今日も前で操縦しています。

【安全のしおり】
離着陸時
トレイをなおして/つっかえて脱出が遅れます
リクライニングをなおして/つっかえて脱出が遅れます
非常口に物を置かないで/後ろの人もその後ろの人もつまずきます
窓のシェードを開けて/どっち側が燃えてる?使える非常口を決めます
電気を消します/目を暗闇にならしてます

常に
禁煙/機内の乾燥度は半端なし、炎はすぐ燃え広がります
シートベルトを締めて/本当にあなただけ吹っ飛びます

脱出時
荷物持たないで/大切な物入ってるの知ってます、あきらめて下さい
撮影やめて/うつむいてると転びます、後ろの人も、その後ろも
妊婦さんを助けて/出っ張ったお腹重くて急げません
ハイヒールは脱いで/脱出スライドに穴があきます
叫んだり罵声を浴びさせないで/何も変わりません

CAのデモ見て/酸素マスクの紐、引っ張らないと作動しませんよ?
安全ビデオ・安全のしおり見て/救命胴衣つけれますか?

CAの指示に従って/あなたより脱出について詳しいです
はるかに

機長は最後まで残ります
固まった人/助けにいきます

Travel Smart
寺ピー



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