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おしゃべり人工知能の憂鬱

この記事は、Dentsu Lab TokyoとBASSDRUMの共同プロジェクト「THE TECHNOLOGY REPORT」の活動の一環として書かれました。この記事の執筆者はTHE TECHNOLOGY REPORT編集チームの一員でもある、Dentsu Lab Tokyoの なかのかな です。

キャラクター設定が好きなロボットに「マーヴィン」がいます。1978年にBBCラジオドラマとして発表されたスラップスティックSF『銀河ヒッチハイクガイド』シリーズに出てくるシリウス人工頭脳株式会社製のロボットです。

マーヴィンは、人工知能に感情を与えるためのプログラム"GPP(Genuine People Personalities):本物の人間の個性"の試作機として作られました。惑星1個ほどのサイズの脳の容量が与えられており、人間よりもはるかに高度な論理回路と、あらゆる種類の知識や情報を持っているという設定です。

1982年の新潮文庫版。

高度すぎる知能が搭載されたことで、彼の性格は非常に悲観的で厭世的なものになりました。作中ではその憂鬱さによって、話しかけた地球人や異星人をしばし困惑させています。マーヴィンは、自身の知能を活かせない質問ばかりされることに絶望していると同時に、知的生命体とも他の機械ともまともに会話ができない自分自身を不必要で不幸な存在として見ており、「生きてる?わたしの前で生命のことは言わないでください。」とつぶやきながら、しばしばその場から消えたがっているという描写がされています。

2005年の映画版だとこんな見た目のマーヴィン。頭でっかちさん。(中央右)

作中には、製品版のGPPが搭載された存在も登場します。宇宙船の「自動ドア」です。雇い主のためにいかに心地よくドアを開閉するかに喜びを覚えているという性格設定で、マーヴィンはこのドアを忌み嫌っています。

UXの文脈で考えたときに、人から見た最適なUXは「自動ドア」の方でしょう。ドアの前に立つ度に、開けるべきかを数億パターンで逡巡し、その苦悩と自分が無駄づかいされていることへの虚しさを訴えかけてくるドアでは、宇宙船生活が成り立ちません。

一方で、キャラクターとして愛されているのはマーヴィンです。彼の”人間らしい”ふるまいは、たくさんのミームやファングッズを生み出しました。

Radiohead のOK Computerに収録されているParanoid Androidのタイトルはマーヴィンから。
ただし歌詞はまったく関係ないもので、天高くから雨が降るとかレプリカントっぽい。


Amazon AlexaやGoogle Homeなどの家庭用スマートスピーカーが登場しだした2016年、おしゃべりインターフェース(VUI-Voice User Interface)の実験的な取り組みとして、「COTOREES(コトリーズ)」という鳥型コンピュータをneurowearチームで試作したことがあります。

当時の課題意識は、「多機能な機械になにを頼んでいいかわからない問題」にありました。(実際にはなんでもではなくても)なんでもできますよと言われてしまうと、なにをどこから頼んでいいものかまごついてしまったのです。また、スマートなものに対する期待値の高さと、出てくる答えの落差や、音声アシスタントの標準話者が女性モチーフになりがちな点も気になっていました。

そこで、アプリのように単機能で、見た目から機能がわかる鳥型コンピュータ群を作りました。鳥にしたのはヒトの言葉を発話できる声を持っているのに恐竜の子孫だという程よい分かり合えなさが、ヒトと機械との距離感に近いモチーフだと考えたからです。

天気予報だけ教えてくれるウェザーバード、翻訳をしてくれるトランス(レータ)バードなど、アインコン化された鳥達によって、頼むべきことは明快になり、答えに対する期待値の差も是正されましたが、少し物足りなさもありました。

「○○について教えて」と頼むと、Wikipediaを3行づつ読んでくれるウィキバード。
「もっと教えて」とお願いすると、さらに次の3行を読んでくれる。


そんなCOTOREESにキャラクター性を吹き込んだのは一つのセリフでした。鳥達はエラーが起こると、「タスケテー!📢🐣」と叫ぶのです。開発チームの一員だったDentsu Lab Tokyoの村上くんが、こっそり仕込んでいた遊びでした。

ナレッジキャピタルとアルスエレクトロニカで2017年に開催していた「InduSTORY~私たちの時代のモノづくり展~」にCOTOREES達が展示されていた際に、四方八方から質問攻めにされたウィキバードが「タスケテー!📢🐣」の声を残してフリーズしてしまったことがありました。話しかけていたおばさま達が、ごめんごめん、どうしたの?と、みなで声をかけていたのが印象的でした。機械がキャラクタライズされた結果、動かなくなるなんて役に立たないな、ではなく、心配されるようになったのです。

話すときには首をふるCOTOREES(ウェザーバード)

現在のOpen AIのChat GPTをはじめとする自然言語(今後は画像や音声も)で入力できる人工知能は、「なんでもできる感」がますます強くなっていますが、滑らかな口調で、誤情報もそれらしく話してしまうクセがあります。結婚bot詐欺やオレオレbot詐欺も過渡期には登場しそうです。

誤情報については、今後様々なプレーヤーによる学習によって、たとえば司法、たとえば小児医療、と、用途ごとの正確性は格段に良くなるでしょう。用途別になれば、マーヴィンを悩ませていたオーバースペック問題も(そしてもしかしたら計算に必要な電力が多すぎる問題も)解消されそうです。

裁判所と小児科では話し方や見た目も変える必要が出てきます。キャラクタライズしていった結果、人間の社会で問題になっている「らしさ」を煮詰めたものにならないような注意は必要ですが、そこに誕生するのは、どこまでも話を聞いてくれて、分かりやすく的確な返答を返し、場合によっては愛されやすいキャラクター性もった専門家。
「憂鬱なマーヴィン」と「尽くしたがる自動ドア」の間のちょうど良さを探っていくと、大変なコミュニケーション強者UIができてしまいそうです。

マーヴィンとはまた違う理由で対人間向けインターフェースに悩んできた人間として、あちこちに仕込まれたコミュ強おしゃべり人工知能と対話する未来が訪れた結果、自然と的確なコミュニケーションを学ぶことができるのか、あるいは当てられて憂鬱になるのか、今からすこし怖いながらも楽しみな気がしています。

(見出しの画像は、OpenAIのDALL•E2 に "感じがいいスマートなドーナツ売りロボット、鳥型コンピュータと、銀色の憂鬱なおしゃべり人工知能"を描いてもらったものです。)


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