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【雑感】心の強さは『等方性』じゃないよって話

弟が今の仕事をやめることになりそうだ。原因はひとつではないが、主因となっているのが、部署の異動が最近あったらしく、異動先の上司から毎日厳しく詰められていることのようだ。

私から見ると、弟はわりかしストレスには強いタイプだ。今の部署に異動になる前は、私よりはるかにハードなノルマに追われる営業職に就いていたし、大学生時代も、飲食店のアルバイトから産業廃棄物処理場の日雇い派遣まで、私よりはるかにストレスフルな職場を転々としてきた。どんなにボロクソに怒られても飄々としているし、めげずに次の仕事に向かう。飲食店に勤めていたときは、変なお客さんと揉めて修羅場になったことが何度もあるらしい。不良やヤンキーのようないわゆる厳つい人たちとも、ビビらずコミュニケーションが取れるし、大学時代、単位が取れずに卒業が危ぶまれていたときも平気な顔をしていた。たぶん、私よりもストレスに強いのは確実だと思う。

そんな弟が、最近、仕事から帰ってきたとき、仕事に出ていくとき、苦痛に顔を歪めているのをよく目にする。原因については、機密情報漏洩を避けるためにあまりハッキリとしたことは言えないが、冒頭に述べた新上司との不和であるらしい。

弟曰く、新しい部署に異動してきたばかりで、これまでやってきた仕事と仕事を進める上でのルールがまったく変わってしまい、ゼロから新たに覚えなおさければならない状態らしい。にも関わらず、ルールに関するマニュアルのようなモノが会社に整備されていないとのこと。

仕方なく、前から部署に在籍していた先輩社員や上司に聞くが、あまり真剣に取り合ってくれないらしい。弟は、今の会社に入社して1年未満なので、今までは指導役の人が付いて、仕事を教えてもらっていたらしいが、今回の部署は、人員不足で新人を指導する余裕もないらしく、そういった人も存在しない。

何もわからない環境にいきなり放り込まれて、どこからも仕事を学べない。そんな中で、毎日激しく叱責を受ける。そこで、弟はマニュアルがないなら、自分で作ろうと試みたらしい。そうしてマニュアルを作成して、それを自分の社用PCに貼りつけて作業していたそうなのだが、ある日、件の上司がやってきて、「そのマニュアルは不完全だから、捨てて書き直せ」ということを言われたらしい。だが、仕事に関する情報を漏れなく、網羅的にPCに貼れるサイズの紙に書くのなんて、到底不可能なことだし、何よりすでに覚えたことに関しては書く意味がないので、無駄が多い。

だけれども、その上司の方は、自分のやり方以外でやろうとすることを許さないようだ。弟曰く「件の上司はイチプレイヤーとしては極めて優秀らしく、全国でトップクラスの成績を何度も上げている」らしい。だから、自分のこれまでのやり方に、物凄い自信があるのだろう。自分のやり方を完全にトレースするように、半ば強要に近い形で求められるらしい。

ただ、その上司と弟の異なる点は、弟はまだ業務に入って数週間のほぼ新人状態でマニュアルもなく、指導員もいないのに対して、件の上司は新卒入社で長く現在の部署に在籍しているらしく、若い頃は丁寧に仕事を教えてくれる指導員も付いていたらしい。

当人は、そうやって、自分は仕事ができるようになったという過程をあまり自覚していないらしく、最初から"完成品"を求めてくるタイプの上司のようで、サポートして新しい人を育てようという意識が極めて希薄な人だなと私は思った。

こういう人は厄介だ。なぜなら、プレイヤーとして実績を出しているから。マネージャーとしての適性はなくても、プレイヤーとしては実績を上げてくれるものだから、上司も下手に口出しできない。

トラディショナルな日本企業にありがちな状況だと思うが、プレイヤーとして優秀な人がそのままマネージャーに昇格する。そもそも、プレイヤーとしての適性とマネージャーとしての適性はまったく違うのに……だ。そして、マネージャーとして暴君となり、「部下クラッシャー」となる。そういうパターンを何度か見たことがある。

私が以前面接を受けた外資系企業は、入社時に本人が歩みたいキャリアによって、プレイヤーコースかマネージャーコースを選択できるという方式をとっていた。プレイヤーとしての適性とマネージャーとしての適性が異なるということを把握した合理的な人事だと思った。

話を戻そう。弟はマニュアルがなく、指導員もいない状態だったので、マニュアルを自作しようとしたが、自作したマニュアルが不十分だと、上司から厳しい叱責を受けた。弟としては、もうどうしたら良いのかわからない。八方塞がりだ。

このことを件の上司よりさらに上の上司に相談したら、上司も「気持ちはわかるけれども、あの人は優秀だから……」といって、何も手を下してくれなかった。因みに、指導員の増員も頼んだらしいが、却下されたらしい。

弟曰く「自分はここ数ヶ月の成績が悪いから、件の上司から目をつけられて叱責のターゲットにされていると思う」という話だった。成果主義の会社だから仕方のない部分はあると思う。因みに、毎週、「実績報告会」という地獄のような会議があるらしく、成績の悪い社員はそこでめちゃくちゃ詰められるらしい。

仕事が八方塞がりの中、実績も上がらず、毎週のように叱責(というか、「詰め」)を繰り返されて、さすがの弟もかなり精神にきたようだ。ある日、会社から帰宅して、すぐに布団の上に倒れこみ、その日は一言も発さなかった。

その翌日、弟と散歩に出かけた私は、弟に聞いてみた。「最近、会社で何かあったん?」と。そうしたら、弟から前述のような話が飛び出してきたというわけだ。弟から「転職を考えている」という話をされた。私が「どこか伝手はあるの?」と聞いたら、「友達が在籍している会社に縁故就職という手があるから、今その相談をしている」とのことだった。

因みに、その行き先の会社も結構なブラック企業らしく、「the 男の職場」という感じで、毎日のように怒号が飛び交っていたりするらしい。でも、弟曰く「そういうタイプのストレスなら耐えられる」そうだ。彼は、厳しく叱責されたり、時には暴力を振るわれたりするというバイオレントな方向からのストレスには強いタイプっぽい。それは、彼の学生時代のエピソードを聞いていても納得できる。

要するに、まったくブラックな要素が含まれていない、純白ホワイト企業など、この世の中にはほとんど存在しない。会社が利益を出すためには、ある程度、従業員を搾取する必要があるからだ。少なくとも、まったく搾取をしていない企業と搾取をしている企業が競争したら、後者が勝つ仕組みになっている。だから、従業員を搾取するブラック企業はなくならない。

純白ホワイト企業があるとすれば、それはほぼ市場を独占/寡占している業界トップの企業か、競争相手がいない(参入障壁が極めて高い)ブルーオーシャンにいる企業のどちらかだと思う。職業選択をする(特に会社員)うえで大事なのは、「自分はどの種類のブラック(ストレス)なら耐えられるか?」ということである。弟の場合は、バイオレントなタイプのストレスやダイナミックでパワフルな仕事に伴うストレスには強いが、逃げ道を塞がれて理詰めで責められるようなタイプのストレスや細かく正確な作業を要求されるタイプのストレスには弱いということだったのだと思う。

人間のストレス耐性には、「異方性」がある。ある方向からのストレスには強いが、別の方向からのストレスには弱いという考え方である。これは、一見すると、「ストレスに強そうな人間」でも、自分にとって、弱い方向からストレスをかけられると簡単に壊れてしまうということでもある。

私の場合、複雑な人間関係が絡むストレスには弱いが、1人で黙々と作業をするストレスには強い(方だと思う)。あとは、手先を器用に動かすことを要求されるストレスには弱いが、書き仕事をしたり、レポートを書いたり、分析をしたりするタイプのストレスにはわりかし強い方だと思う。

そんな感じで職業を選択する際には、「ストレスに対する耐久力は『等方性』ではないことを意識して、自分が強い(耐えられる)方向からストレスが来る仕事を選ぶ」ことで、「心身の磨耗速度<心身の回復速度」の不等式が成り立つような職選びをすることが最も重要なのではないかと思った次第である。

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