【未来に残したい愛知の祭り】 挙母祭
挙母祭り二日目、日曜日の朝、この街には仕事で何度も訪れているが、この日は様子が違っていた。駅の改札を出て、駅前広場を見渡せる高架の歩道を歩きだすと、それはすぐに目に入った。整然とした街並みに似合わない、おびただしい量の紙吹雪、それを見ただけでこの祭りが聞きしに勝るものだと理解できた。祭りの行われる挙母神社に向かって歩いていくと、威勢のいいラッパの音が聞こえてきた。最初に目に入った挙母の山車、様子が明らかに違う。大きな山車の上に10人は乗ってるだろうか。愛知で数多く行われる山車祭りの中でも異彩を放つ祭りだというのは、この写真を見ればわかると思う。
挙母神社に着いて、山車の操作はかなり荒っぽいと聞いていたので、山車が突っ込んできたら、自分の身の安全をどうやって守るか考えて場所を決める。祭りは工事現場ではない、安全第一でヘルメットや命綱をつけることなどなく、最小限の立入禁止エリアが示されるだけ、自分の身は自分で守るのが鉄則だ。まもなく宮入が始まる。大量の紙吹雪が巻かれながら山車は神社に入っていく。
唖然とするほどの紙吹雪。いやはや凄い。こんな調子で宮入は行われる驚くべきはこの紙吹雪、あまりの量で山車が隠れてしまう。
挙母神社の中では、獅子舞や子ども歌舞伎などの練りものが演じられ、その風景は三河の祭りではなじみのあるものでしたが、となりで大きな声で電話しているおばあちゃんの会話が聞こえてきた。どうやら嫁いできた嫁の実家の祭りにおばあちゃんが遊びに来たらしく、こんな素晴らしい祭があるなら教えてほしかったなどと電話で話している。全国的にも知られる祭りが行われている街から来たらしいが、その祭りよりもこっちのほうが凄い!などと話している。
そして午後、この祭り最高に盛り上がる宮出しが行われる。ちょうど西日が差し込む時間というのもあって、紙吹雪が輝いてまさしく絶景となる。
挙母とは、現在トヨタ自動車が本社を構える豊田市の旧地名で、江戸時代は挙母藩が挙母城に居を構えこの地を治めていました。挙母祭は江戸時代前期に始まったとされるとても歴史のある祭です。例年ですと、10月第三土日曜に行われています。
現在、制作中の愛知の祭り写真集は2023年5月の出版を予定しています。そして10月下旬から、この写真集を全小中学校に寄付するクラウドファンディングを企画しております。こちらのFBページで進捗を随時発信します。
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