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【未来に残したい愛知の祭り】 開扉祭

毎年旧暦2月1日に津島神社で行われる「おみと」と呼ばれる開扉祭(かいひさい)。海部郡に春の訪れを知らせる祭りとして知られます。祭りの記録としては700年前にすでに行われていたのですが、いつから行われているかは定かでないとても歴史の古い祭りです。

葭で作られた長さ10mの巨大な松明

祭りで使われる2本の大松明は、葭(よし)で作られており、直径1mを超え、長さは10mにもなります。大松明に火が灯され、25人の担ぎ手に担がれて、楼門 をくぐります。拝殿の前に大松明は奉納され、燃え残りは参拝者に分けられます。虫除け・雷除け・歯痛除けに効くといわれています。
 前述のとおり、祭りの起源は定かではないのですが、葭(よし)を神聖視するこの祭り、そして大きな火を人々が囲む祭の原点を感じさせる風景は、この祭りが遥か古代からこの地で連綿と営まれてきたのではないかと想像させるものがあります。

原始的な祭の形態を感じさせる光景

 視点を変えて、遥か古代、神話の時代に注目すると興味深いことがひとつあります。大黒様と呼ばれることも多い大国主命(オオクニヌシノミコト)が現在の出雲につくられた古代国家の名が葦原中国(あしはらのなかつくに)とされていたことです。国名に、「葭」の別名である「葦」が使われていたことから、古代日本において、葭(葦)は特別視されていたと思われます。なぜ葦が特別視されていたか?一説には、葦が茂る平らな土地は、同類の稲が育つ、つまり稲田に適した土地だといわれます。日本神話は稲作が日本に伝わった時代と重なることを考えれば、葦(葭)が神聖視されるのも合点がいきます。

「出雲国肥河上八俣蛇ヲ切取玉ヲ図」より抜粋  画:楊洲周延 

そして、津島という地名が日本海の「対馬」とつながりを連想させる(漢字が入ってきたのは日本神話よりもずっと後世のこと)、津島神社の御祭神が出雲において渡来人説のあるスサノオであること、さらにスサノオが退治した出雲の怪物「八岐大蛇」の尾から出てきたとされる天叢雲剣(草薙の剣)が尾張(熱田神宮)に置かれたということ。(さすがに八岐大蛇の尾から剣が出てくるというのは作り話でしょうから、なぜそのような作り話が出来たかと考えれば、尾張に置かれた剣に特別な意味を与える意図があったとみるべき)これらの事から考えても、対馬・出雲・尾張(津島)は、強い繋がりがあったと見ることができるでしょう。
そこで、この祭りの風景を見ると、この祭りが単なる火祭りではないと思えてくるのです。


現在、制作中の愛知の祭り写真集は2023年5月の出版を予定しています。そして10月下旬から、この写真集を全小中学校に寄付するクラウドファンディングを企画しております。こちらのFBページで進捗を随時発信します。

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