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noteを始めて二年経ちました(記録&雑感)

こんにちは、木月まことです。

早いもの…なのか、あるいは、まだ…なのかよく分からないですが、この前の5月16日でnoteを始めて2年経ちました。

そこで、2年経った今どんなことを考えてるか、とか、あと数字のはなし(これはもう多分ですが、全然パッとしない部類だと思います)とか諸々について記そうかと思います。


①noteを始めた動機等…

私事になってしまうんですが、自分は文筆で身を立てたいと思ってました。
過去に自費(紙の本でトータル費用140万くらい)で本をだしたり、公募に応募したこともあったのですが、パソコンを2017年にやっと手に入れたこともあって、ブログみたいなところにまず書いていこうと思い立ちました。

noteを選んだ動機は、最近だと「雰囲気が…」みたいなはなしがすごく多いようですが、私の場合は、いくつかのブログサービスを検討して、マネタイズのしやすさみたいのが魅力に思えました。また当時(読み専だったころを含めて)は記事のレベルも高く(いまではフツーのブログ記事がいい意味でも悪い意味でも増えてる印象があります)cakesフェスなどのイベントもあり、はあちゅうさんだとか林伸次さんのホンモノが見てみたいというようなかなりミーハーな動機でも盛り上がってました。(懐かしいけど、随分昔のことに思える)

んで、金になったの?

いや、まぁ、そこで、次は数字的な実際のはなしです。

②数字に関する諸々の実際

 投稿記事数2年トータル

  長文(500字以上)=115投稿

     つぶやき  =143投稿

       です。
これは長文だと6.34日に1投稿してる計算になります。

PVとかは?

これはかなり少ないんで、あまり内実吐露したくないんですが

では、pvの推移です

初日(2018年5/16)
  7pv    2💗スキ 
    ⇩
1年経過(2019年5/16)
 2716pv 314💗スキ
    ⇩
2年経過(2020年5/16)
 11811pv 956💗スキ

これは期間内トータルのはなしです。

えっ、そんな少ないの?と思われたかたもいると思いますが、それは別として、数字は投稿し続けている限りその人なりには伸びていくと思われます。


では、角度を変えて

全トータルpvに対して上位5記事の占める割合

まず、長文が115投稿でつぶやきが143投稿ですから、合わせて総投稿数は258です。

2020年5/16の時点での上位5記事のpvです。

 1位 1837pv(「臭うラーメンと臭わないラーメン」)
 2位 602pv(「憎悪とは何か(そのメカニズムについての考察)」)
 3位 480pv(「水瓶座のわたしから見た十二星座の独断的印象」)
 4位 294pv(「今日の原価割れ商売について」)
 5位 225pv(「対象愛型と自己愛型とその挫折」)

というわけで、上位5記事の合計は3438pvで全記事合計が11811pvだから

つぶやき含めた全258投稿のうち、上位のたった5記事がpvで29.1%を占めています。特定の過去記事が急に伸び始めたのはここ半年くらいのはなしです。

余談をしますと、1位の「臭うラーメンと臭わないラーメン」は初動がかなり悪くて(投稿1か月経ってトータル23pv、(つぶやき以外は記録を録ってます)「失敗作だぁ~、みんなに逃げられた~」とかなり落ち込んだのですが、アルゴリズムに引っかかったのか、多分記事の下のおすすめに出るようになったのでしょう。その後に盛り返しました。
つまりタイトルが悪くて、それまでの読者の興味は引かずスルーされたけど、記事自体の質は決して悪くなかったと自己分析してます。
もちろん、あそこに出てるおすすめって、読む気がないのに誤ってタップしてしまったとかも相当数あるでしょうし、「ラーメン」というタグをつけたので検索流入もあったのかもしれません。
つまり、それまでの読者に逃げられるような記事を万が一書いてしまっても、記事自体が悪くなければ、どこかで再注目が集まる可能性もあるということです。
なので、経験論になってしまいますが、出してから3~4か月pvがさっぱりなのに、ある地点から特に影響力ある人のオシがあったわけでもないのに急に伸びていくこともあります。
なので、出してから1、2ヶ月のpvで失敗か否かを即断して投稿を削除したりは賢明でないかもしれません。
なにごとも、いやらしく考えるくらいがちょうどいいのかもしれません。

収入という面では、有料記事、有料マガジン(定期購読型ではありません)両方出しましたが、2年経った現時点では収入にはなってません。

数字のはなしはもういいかな


③結局、2年経ってどう?

僕がnoteを始めたころは、「半年」だと言われてたんです。

大抵の経験者の方々は、最初の半年が我慢だ、半年を超えれば少しずつ収入になる、または、あるプラットフォームの向き不向きは半年で分かるみたいなはなしでした。

これは、2年前と今では状況が多少変わってきているというのと、経験談というのは成功者のそれにどうしても偏るので、その偏りが「半年」説という自分が得た情報の偏りを生んだのかなという気がします。

じゃあ、僕の場合はどうなのかというと、2年経って諸々のことは、まだ萌芽というような段階です。

ほとんどのファクターがまだ、これといった結実をみてないということです。

pvしかり、収入しかり、noteで知り合った、またnoteが契機で知り合った方との仲、その他諸々について萌芽みたいな段階です。noteが契機となって本が出たりはしてないし、公募の文学賞だの、あるいはnote内のコンテストみたいなことでもまだこれといった結実はありません。

ただ、単記事単位では、記事そのものは、長文115投稿してきて、それ自体で既に完成形と考えていいものがかなりあると思います。

収入という面では、noteは課金によるマネタイズのしやすがウリみたいなはなしもあるのかもしれませんが、ごくフツーのサラリーマンのかたが、本業とリンクしない小遣い稼ぎを目的にしてた場合は撤退されてるケースが多いようです。
簡便な小遣い稼ぎとか簡便な副業を考えてるんであれば、noteはあまり意味をなさないようです。
むしろ副業というより、こっちをむしろ本業にしたい、こっちがむしろライフワークだみたいなノリじゃないと続かないかもしれません。
というのは投稿なんかをやってれば誰かしらから悪く思われたり、悪く思ったりはあるので、そうすると被害妄想や逆に加害妄想が生じる場合もあります。また、かなりリキ入れてつくった投稿が期待を大幅に下回るリアクションだったりとかはフツーにあるので、そういったショックや落ち込みは、記事の作成自体に喜びがあるのでないと先へ進めない気がします。

④これからどうすんの?

去年の今ごろは、1年経ったし、そろそろマネタイズ…と考えて、手始めに過去記事を、おまけ記事を2つ付けて、課金アーカイブ化をしたりして、それ以外にも、ビジネス的な結果に結実させることを視野に入れ、そのためのプランや情報を集めていました。この過去記事の課金アーカイブは近々第2弾をやる予定ですが、ただ、それ以外には今年は収入等に結びつくためのアクション計画はとくにありません。
あんまりビジネス的な結果にこの段階でがっついてしまうと、まわり(家族とか)を顧みなくなったりして、あとあと重たい請求書が送られてくる予想が立ちます。
その他、pvとかの面でも、いくつかの過去記事が自動でpvを稼いでくれるようになった一方、ここ2ヶ月の長文投稿でpvが10台で止まってしまってる記事がふたつも出てるんで、マネタイズみたいなところで性急に結果を出そうとするより、もう一度いろいろ再検討の余地があります。
だから2年経ったから、そろそろギアをシフトアップして、ハイウェイに乗って飛ばすぜ!って感じじゃ全然ありません。
マネタイズとか、noteの先の世界は一切考えないというわけではありませんが、文の作成だけで手一杯で、色々見直しも必要です。だから、そういったことはボチボチ少しずつ情報を集めていくという感じになりそうです。

⑤何故ブログなんかやるんだろう?

SNSとかブログって事故も起こるじゃないですか?
誰かが自殺してしまったり、僕がnoteを始めた頃もブロガーHagexさんの
刺殺事件とかがあって、不安になったり困惑することや、ひどい苦痛に見舞われることは誰でもあると思います。
もちろんプラスの可能性もありますよね。
「いいね」や「スキ」をしてくれた人たちと、いい感じで人脈や仲間が築けたりとか(全然そういうことがない人も多いと思いますけど)仕事につながったりとか、本やビジネスに結実したりとか、ただ、ではマイナスの可能性もあるのに何故書くことを続けるのかっていうと、それは、まず書くことがあるからですよね。
「スキ」数みたいなことに沽券を置いちゃうと、有利なネタとそうでないネタってハッキリ別れちゃいますよね。
たとえばAV女優や男優の赤裸々告白とか、元アイドルの業界の実態告白とかゲイバー潜入記とか、ビジネス系の記事、ブログのやり方記事、恋愛ネタ、就活ネタ、おいしいレシピネタとかです。
一方、たとえば、鎌倉仏教の親鸞について語るとか、帝国陸軍と海軍の確執なんて記事があれば、これはほとんどの人がタイトル見ただけでスルーするでしょう。
そういうネタはニッチと言えなくないでしょうけど、みうらじゅんがそれにハマっていますってはなしなら、「どれどれ」っていう人がそこそこいるでしょうけど、フツーの人がやったらまず低pvでしょう。
では、pvを稼げなければ、ある表現は意味ないのでしょうか?

言語表現っていうのは、本来マイナーだと思うんです。

たとえば、キリストの御言葉とかってキリストの生存時にはメジャーじゃなかったでしょう。
それが異教からローマの国教に逆転するまで400年近くかかってるわけです。
室町時代とか、それより前の鎌倉の仏教始祖も、権力の目を逃れて「講」みたいのを組織して隠れて細々とやってたわけです。
「源氏物語」も基本ストーリーを知らない人が半分以上だと思います。
ドストエフスキーも一冊も読んでない人が大半でしょう。
戦中、獄につながれた、小林多喜二や三木清はメジャーだったでしょうか?
コペルニクスの地動説はそれを支持したジョルダーノ・ブルーのは火刑に処せられてますし、そのあと地動説を支持したガリレオも職を失ったり、それで病気になったり散々な目に遭っています。
言語表現の世界は本来的には「スキ数3桁、イェーイ、バズったぜ、これで、おれもメジャーの仲間入り」とかそんなバカな世界では本来ないんです。
それが逆転してしまったのは、戦後のジャーナリズムの発達で、松本清張とか村上春樹とか売れてるのにすごい人が現れてからでしょう。
メディアの発達でアニメとかマンガとかポピュラー音楽とかは売れるものはものすごく広まりますけど、言語表現なんかは本来多少マイナーでないと機能しにくいと思います。
メジャーになって、ただのスピーカーに堕さないのは簡単じゃありません。

でも、それは昔のはなしだろ?

そうでないとは言えないですけど…

かなりはなしが脱線してしまいましたけど、

でも、いままで挙げたような超な偉人はともかく、

それが、どれだけ受け入れられてるか(メジャーに近いか)みたいなはなしより書くことがあるかどうかですよね。

紫式部は源氏物語を書いてるとき、「いいね」による励ましとかあったのかな?

ちょっと、超な精神論になっていきそうなんで、このへんで矛を収めて、

まぁ、書くことがあるうちは、アカウントをたたむ以外ない事故でもおきない限り書くと思います。

書くことがなければ、しばらく書かなくてもいいんじゃないのかな。

僕も書くことが沢山あると思う時もあれば、何も出てこなくて「noteのつづけ方」みたいな運営部のコンテンツをYouTubeでみたりすることもあります。

なにか書けば反応があるし、反応をくれた人からインスピレーションを受けることもあります(これも書くと長くなりそうなんで、また機会があれば)

んなわけで、2年やったわたしの現在はこんなもんです。

2年やって収益ゼロなんて嫌だ、っていうんであれば、他山の石としてください。

でも、書くことって本来豪邸なんかに住める営為ではないから、ブログも数字が悪くても回せるくらいの状態にしておくのがベターなんじゃないのかな。

長い文章でしたが、御一読ありがとうございました。

(追記 6月12日付)
ダッシュボードに関しては今まで、この手の記事にスクショを貼らないできたのですか、やっぱり一応スクショも添付することしました

尚、記事内でのトータルPVとスクショのトータルPVに若干の誤差がありますが、これはスクショを朝イチに取って、本稿の記事データはお昼頃の記録を元にしているためというややこしい事情のためそうなっておりますがご了承下さい

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