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【読書】50歳になって『負け犬の遠吠え』を再読すると…

酒井順子著『負け犬の遠吠え』。発行されたのは2003年、ちょうど20年前になる。ふた昔前ですよ! その年に生まれた赤ちゃんが成人するという時間の流れでどんな時代だったか、もう忘れているような気がするのでちゃんて見ておこう。

2003年って?

wikipediaによると、2003年は小泉純一郎政権で、中国ではSARSが流行。貴乃花が引退(私と同い年)。宝塚ファミリーランドが営業終了(関西人的には大ニュース)。(株)エニックスと(株)スクウェアが合併してスクエニになり、六本木ヒルズがオープンして、あの小惑星探査機はやぶさが地球を出発し、長期金利が過去最低の0.43%になった。スーパーフリー事件でメンバーが逮捕されて、あちこちで大きな地震や水害があり、通り魔事件があり、子どもが殺された事件もあり、日本のトキとして最後の一羽であったキンが死んだ。

えっポン・デ・リングってこの年に発売されたん?ヌーブラが流行ったのも? うわー20年か。20年経ってるわ。

30歳だった私は、言うても負け犬さんで…

ちなみに私は30歳だった。昼夜を問わない仕事で消耗してしまい、やりがいもわからなくなって退職して、派遣社員として出版社に勤めだした頃。それを機に付き合っていた男と同棲を開始した。結婚というステップに踏み出せなかったのは、まあいろいろと理由はあって…相手がなかなかのダメ男さんだったとか私が子ども欲しくないとか。そもそも結婚になんのメリットも感じていなかったというのもある。東京に出れば同世代で結婚していない人は多かったから、肩身も狭くなかった。一方で地元の友人などはどんどん結婚していたのも事実だが。

同書のタイトルや評判は耳に入っていたし、ぼんやりと「負け犬」が30歳以上の未婚、子なし(ネットスラングでは小梨とかね)というのは知っていた。それこそ地元では「クリスマスケーキ」が現実のものとして機能していた時代だったし…。でも、私は関心を引かれなかった。今、読み返すと完全無欠の「負け犬」であることがわかる。

勝ち負け?と思って読んだ、その昔

今回、読むまでにこの本を強烈に意識したことが2回ある。1回目は、34歳(私は誕生日が遅いので、実質は33歳)で結婚したときだ(前述のダメ男さんとは別の人)。8歳ほど年下の従妹から「なんだかんだ言うけど、勝ち組だよね!」と強めに言われた時だ。吐き捨てるように、という感触があった。

本書が世に出てから3,4年が経過していて、犬分けではなく組分けが定着していたのかもしれない。従妹は非常に良い大学を出て名の通った企業に研究職で勤めていたし、本当に女っぷりのよい子なのだ。フェミニンな装い、いつもきちんとしたメイク。そう、本書で言うところの「勝ち犬」さん的なキャラなのだが、勝ち犬としては学歴等のスペックが高くて邪魔、職場環境がアレで…みたいなこともあって苦労していた。彼女は勝ち犬になるべく努力していたので、負け犬of the負け犬の私が結婚できたのが腑に落ちなかったのだろう。
言われた私はショックを受けていた。本書の負け犬の定義はよく知らなかったが、自分が勝ち組(勝ち犬)などとゆめゆめ思わなかったからだ。当時の私はダメ男との同棲でかなり重めのうつ病を患い、すったもんだして別れて実家に逃げ帰ったところで乳がんが発覚。すごくはしょってシンプルに書けば、なんとか実家を脱出しまともな社会人になりたい! と切望していたところに現れた選択肢に飛びついた結婚だった。「これで部分的でも、まともになれそう」と、かなり下から掴んだ機会だったので、不意打ちのビンタを食らったような気持ちになった。豆鉄砲を食らったハトの気持ちが初めて理解できたわ、と思った記憶がある。
思えば、人生を仮に勝ち負けで表現するとして、基準も考え方もぜんぜん違っていたのだと思うし、社会的な位置の上下は「普通に結婚して子どもがいる=勝ち犬」とは関係ないのだった。

勝ち犬さんに直面した40代

2回目は40代になって、がんの治療も終わり仕事もしながら家庭があるという、そこそこ“まともな”社会人に慣れた頃に立ち現れた「勝ち犬さんとの違いに驚いた」時だ。

結婚して子どもがいる女性たち。もちろん、様々な苦労があることはすごくわかる。特に、職場の同僚になった勝ち犬さんたちは、職場でも家庭でも子育てでも多大な苦労を重ねていた。対して独身(離婚した結果の人も含む)であったり、結婚していても子どもがいない女性は苦労が少ないとも言える。そりゃ、背負っている荷物が軽いのだもの。「働く女の敵は、子どもがいない女よ」と、面と向かって言われて返す言葉がなかった私は、だがしかし、だがしかし! と本書を手に取ってみたのだが、ヒリヒリと苦しすぎてちゃんと読めなかった。結婚をできた私は勝ち犬なのか、子どもを持てない私は負け犬なのか。不自由な幸せと自由な不幸せとは、どういうことなのか、よくわからなかった。

恋愛ゲームを勝ち取るということ

そして、離婚して独身になってから数年が過ぎた今、朝日新聞に掲載された記事を読んだのがきっかけで読み直した。(※有料記事)

私はユーミンの歌が刺さったことは皆無なので(荒井由実はある)、ヒット曲とか「私のテーマ曲なのよ」みたいな心情からは遠いところにいるのだけれど、著者の“女の軍歌”という表現に、すごいそれだわとため息が出た。

神田:一方、酒井さんが会社に入った1989年、ユーミンのアルバムは「LOVE WARS」。恋愛は、戦争だったんですか。
酒井:この本で私は「女の軍歌」と書いていますけど、当時は恋愛を戦いに模した歌が多かったような気がするんですよ。
定塚:DREAMS COME TRUEの「決戦は金曜日」ですね。
酒井:あと、KANの「愛は勝つ」とか。
神田:勝負事みたいですね。
酒井:恋愛ゲームに勝ち取りたいみたいな感覚はあったのかなと思います。

朝日新聞 2022年12月15日
女性を肯定し続けた「ユーミンの罪」 酒井順子さんが聴き解いた神様

確かに恋愛は戦いで、勝敗を決するものと歌い上げられていたことが多かったと思う。敗者についての歌はあまりヒットしなかったようだから、勝つことが王道であり正義であり、また勝者を目指す人が多くて、たくさん聞いてヒット曲へと担ぎ上げていたのかもしれない。

あと、この記事を読んだ頃にちょうどNetflixで「ハリー&メーガン」を見ていて、この二人(おもにメーガン妃)がやたらと「愛が勝つのです」的なことを連発していて、うわーそれ久しぶりに聞いたわーとなったのもある。それで原点回帰(?)してみようと再読した。

50代に入ったら、落ち着いて読めるぞ…!

で、20年前に書かれた本書を読んでみると、嘘みたいにすんなり読めた。ヒリヒリもしないし、そういう時代だったわねえと懐かしげに括りあげるでもない。2003年から2023年まで、脈々とつながっていることがよくわかる。この勝ち犬さんたちと負け犬さんたちが、どこから来てどう歩んでいったのか。勝敗の問題だったのか。いまの35歳の女性たちはどうなのか…などなどに思いを馳せながら落ち着いて読めた。落ち着いて俯瞰できるところに、私は来たのだった。50歳だもの、落ち着いた負け犬になったのだ。

20年という時間が流れて、負け犬さんたちは男女ともに、いろいろと生きやすくなったのではないだろうか。逆に勝ち犬さんたちはさらなる困難に直面し、その苦労は増すばかりに思えて、もう個人レベルでは勝ちと負けは逆転しているのかもしれない。そして数は逆転したかもしれないが、どっちがマジョリティ(王道)であるかは変わらず、変わるなとされて、分断が深くなりそうにも思える。でも、そこは分断ではなく連帯したい…お互いの都合のいいところだけでいいから、ちょっとずつ荷物を分け合えたらなあと思う。

ちなみに前述の従妹は、結婚して二児の母になった。私は出産祝に贈るベビー服選びが、楽しくて嬉しくてたまらない。

違うことは敵にあらず、勝ち負けにあらず

落ち着いて再読して、現在だと「それはちょっとヤバイかも」みたいな表現もあるし、もうそれは関係なくなったねという部分もある。それでも、最終章の「負け犬にならないための十カ条」と「負け犬になってしまってからの十カ条」からは、「生きづらくならないための○カ条」を導き出せる、不変のものがある。「負け犬」を「おひとりさま」に変換してもいいかもしれない。
ピックアップすると…

【負け犬にならないための十カ条】より
1.不倫をしない
7.同性に嫌われることを恐れない
9.「大丈夫」って言わない
10.長期的視野の下で物事を考える

【負け犬になってしまってからの十カ条】
1.悲惨すぎない先輩負け犬の友達を持つ
2.崇拝者をキープ
3.セックス経験を喧伝しない
4.落ち込んだときの対処法を開発する
5.外見はそこそこキープ
6.特定の負け犬とだけツルまない
7.産んでいない子の歳は数えない
8.身体を鍛える
9.愛玩欲求を放出させる
10.突き抜ける

『負け犬の遠吠え』p247及びp261

「なってしまってからの十カ条」、全部やーん! まあ、これは私の現状でもあるからしかたない。

「負け犬」「勝ち犬」というセンセーショナルなネーミングを世に送り出した本書だけれども、肝は「おわりに」にある筆者の言葉だろう。

常にどこかに敗北者を作り出さなければ勝利者は勝利者たり得ないという仕組みに、実に不毛な感じを覚えたのです。

ここまで負け犬という単語を連呼してみると、勝ちだの負けだのということが、ほとほとどうでもいいことのように思えてくるものです。

『負け犬の遠吠え」 p276-277

わたしはわたし、あなたはあなた。違うことは敵にあらず、勝ち負けにあらず。そういうことだよなあ…と、今の私は穏やかに本を閉じたのでした。

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