2022年9月11日

今は9時59分、スマホのバッテリーは残り8%。
自由気ままに書いていきます。

何かこう、人目につく場所で文章を書こうとすると、なぜだか誰しもがかしこまった文面になってしまう。
口語体文語体と言えばそれまでなのだが、
無邪気な子供ですら作文を書く時にはよそ行きの人格になる。

例えば、小さい子供が動物園で本物の象を初めて見たとして、心の中では
「えーっでっか。しわくちゃ。目ヤニかな?汚い。泣いてる?臭い、あっうんちしてる!えーここでうんちするの?ご飯雑草?まずそう。美味しくないよね絶対。動物って大変。はやくスプラトゥーンしたい。」
と思ったとしても、感想文を書かなければならないのであれば、
「鳴き声が大きかったです!」「寝ているところがかわいかった」
といった子供らしい人格になる。
オチにつなげたりするのが面倒なのでこの話終わり。眠い。

昨晩は寝ていない。
カフェインを飲んでゲームをしていた。
今は寝てない時特有のテンションだ。
何本もタバコが吸いたくなる、このテンション。
コンポからはジャズがひたすら流れ続けている。
窓の外は明るい。
当たり前だ。もう10時半をまわったからだ。
遮光カーテンの隙間から漏れる光が、こっちに来なよって言っているみたいだ。
光の差す方へと、人も虫も向かっていく習性がある。
太陽光は元気をくれる。
現に、日照時間が短い国や地域では、そうでないところよりうつ病が多いと言われている。
またもオチにつなげるのが面倒なのでこの話もここで終わり。

この寝てないテンションで、ラッパの奏でる音ではなく人が発する歌声を聴いたらどうなるのだろう。
どのような気持ちになるんだろうか。
こういう時(どういう時?)に似合う曲はなんだろう。
いま眼の前には、CBNのベイプがある。
とりあえずこのnoteを書きながらひと吸いしてみる。

眠気が昇華された。
光の差す方へと向かいたくなる、不思議な気持ち。
ワイヤレスイヤホンを耳にはめてタバコ一本とライターを持ってベランダに出た。

ぬるやかな外の空気。
日差しでほっぺたがあつい。
目を閉じて、タバコを咥え続けて、このまま眠りたい。
でもなんだか、今は穏やかなのに、頑張る必要もないのに、西城秀樹のY.M.C.Aが聴きたい。

Y.M.C.Aが流れている。
ベランダから見える街行く人々にエールを送っているのは彼なのだろうか。自分なのだろうか。
なんだか、みんなどんな悩みを抱えているんだろう、みんな生きててえらい頑張ってえらいって気持ちになった。
という小学生以下の感想しか書けないおじさんはすやすや眠りますね。おやすみなさい。

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