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雪舟から西行へ

『私の人生観』は、講演録に後から加筆した「講演文学」とも言える小林秀雄の代表作だ。「観」すなわち「観る」という言葉を起点に、まるで連想ゲームのように話題や知識が連なり、新しい視点やこれまでに考えることのなかった発想が作品の魅力である。

小林秀雄はもともと講演嫌いを公言しているが、最低限の準備をして臨んでいる。とはいえ、一から十まで新しい話題で揃えるということではなく、これまで作品として発表したことに触れたり、また今後の作品につながる試論としたりしていたようだ。

室町時代の禅僧で水墨画家の雪舟については、『私の人生観』においては、禅の思想が当時の仏教美術にも影響した一例として名前を出した程度だったが、その2年後に雑誌「芸術新潮」に『雪舟』を発表している。小林秀雄にしては珍しく、雪舟の人物像や「生活」にはほとんど触れず、あくまでも作品から雪舟像を浮かび上がらせていた。

その後、話題は文学に移る。

仏教思想において「観」といえば「観法」すなわち、仏の姿や極楽浄土を思い浮かべる瞑想を指す。とりわけ禅宗は、徹底的な自己観察を深める。もともと「禅」という言葉そのものが思惟することであり、その文学面での影響を語る最初の例として小林秀雄が出したのが、歌僧である西行である。

西行といえば、以前に触れた『当麻』と同様に、太平洋戦争も深まりつつある1942(昭和17)年、『平家物語』『徒然草』とならんで日本の古典について思索した作品『西行』がある。どちらかといえば随想だった『当麻』とくらべると、『西行』は歌を多く引いた批評ともいえるだろう。

ただ、批評の『西行』のあとで、『私の人生観』で西行に言及しているといっても、その内容は大きく異なる。『私の人生観』においては、むしろ先に触れた明恵上人と結びつけて、西行について語っている。

(つづく)

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