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【取材】ウェルビーイングを成長戦略の中心に 主観指標を重視した富山県の取組み(前編)

公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美

今回は近年、日本でも注目が集まっている、「ウェルビーイング」に焦点を当て、富山県の取組みについて、詳しく取材した内容をご紹介します。富山県 知事政策局 成長戦略室 ウェルビーイング推進課長の牧山貴英さんにお話をうかがいました。


ウェルビーイングを中心に据えた富山県成長戦略

富山県 知事政策局 成長戦略室 
ウェルビーイング推進課長の牧山貴英さん

――富山県では「ウェルビーイング」を中心に据えた成長戦略を展開されているそうですが、それについて詳しく教えてください。

牧山さん:まず、富山県の人口はピーク時に112万人を超えていましたが、令和5年には約100万6000人となり、つい先日100万人を切り、そのことは県内ニュース等でも大きく取り上げられました。平成30年以降、男女ともに県外への転出超過が続いており、特に若い女性の転出超過が顕著です。このような状況から、自治体としての持続可能性が危ぶまれ、さまざまな議論が行われる中、現在の新田 八朗知事は「新しい未来とさらなる発展を目指す」として、令和4年2月に「富山県成長戦略」を策定しました。

牧山さん:この戦略では、「ウェルビーイング」を中心に据え、6つの大きな柱を設けています。(図左)
 まずは県内の人々にウェルビーイングを感じてもらい、その向上を図ることで人材の出入りを活性化させます。これは県内で生まれ育った人だけでなく、県外からも人を呼び込むことで地域を活性化し、経済の成長を目指すものです。そして、その結果として県内の人々のウェルビーイングがさらに向上する、といった好循環を生み出そうとするものです。(図右)

 新田知事が就任し、この成長戦略が策定されてから、富山県として「県外に出ていかないで」ということをあまり声高に言わなくなったのではないかと思います。人を囲い込むのではなく、人の出入りを活性化することにより、新しい社会経済システムの構築を図ることを目指しています。
 
 この成長戦略の中で、我々が所管しているウェルビーイング戦略では、KPIとして「県民のウェルビーイングが持続的に向上していく『ウェルビーイング先進地域』の創出」を掲げています。

牧山さん:成長戦略が策定されたのは令和4年2月ですが、ウェルビーイング推進課自体は同年4月に設置され、今年でまだ3年目の新しい課です。当課が最初に取り組んだのが、「ウェルビーイング指標の策定」でした。ありがたいことに、この取組みは国からもご評価いただき、第8回「地方公共団体における統計データ利活用表彰」で総務大臣賞を受賞しました。

 このウェルビーイング指標の策定にあたって、令和4年に県民の意識調査を実施しました。また、「ウェルビーイング」という言葉がまだ十分に浸透しているとは言えないため、我々の現在のミッションとして、そもそもの「ウェルビーイング」という言葉や、その意味をわかりやすく情報発信し、皆様に知っていただくということにも取り組んでいます。

 その甲斐あって、ウェルビーイングに関する取組みは徐々に広がりを見せています。例えば、県内企業では女性活躍の取組みが拡大しているほか、県の経済同友会では自主的にウェルビーイング小委員会を設置し、勉強会等の取組みが行われています。また、日本青年会議所の北陸信越地区富山ブロック協議会では、本県と連携協定を結び、様々なウェルビーイングに関する取組みを実践されています。さらに、高校生からの提案で、街の中で行うオリエンテーリングのような活動「ロゲイニング[1]」がウェルビーイングの向上に期待できるとして、これを県で事業化するなど、多岐にわたる取組みが進んでいます。このように、徐々にですが、多くの方々にウェルビーイングを身近に感じていただき、自分事として捉えていただく、そんな変化が出始めているのではないかと感じています。


[1] オリエンテーリング、トレイルランニング、ハイキングなどの要素を組み合わせた競技。地図やコンパスを使って、定められたエリア内に多数設置されたチェックポイントをできるだけ多く制限時間内にまわり、得られた点数を競う野外スポーツ。

富山県ウェルビーイング指標の策定のプロセス

牧山さん:こうした取組みが始まった背景には、高度経済成長や人口ボーナス期において、人々の幸せは経済的豊かさとほぼ同義だと考えられてきたことへの疑問があります。経済的豊かさが増えれば一人一人の物質的な財も増え、「物質的な財の増加=幸せ」ということを誰も疑わなかった、そういう時代の流れがありました。GDPなどはその象徴的な指標と言えるのではないかと思います。

 しかし、成熟した社会において、経済的豊かさだけでは人々の幸せは測りきれないのではないか、という視点が出てきました。「幸福のパラドックス[1]」として知られているように、一人当たりGDPが増加しても、個々人の幸福度は必ずしもそれに比例して高まらないとする学術研究もあります。また、経済活動を優先してきたことによって生じた格差環境問題などの様々な社会課題が深刻化してきたことも背景として挙げられるかと思います。
 さらに、価値観や生き方が多様化し、先行きの予想がつかない不透明な時代になってきたとも言われており、こうした中で、近年、多様な一人ひとりの主観的な実感、ウェルビーイングへの注目が高まってきているのではないでしょうか。


[1] 先進国の調査によると、年間所得が1~2万ドルを超えるあたりから、所得が増えても幸福度は高くならず、頭打ちになったり、場合によっては下がってくるということがわかっており、これは「幸福のパラドックス」と呼ばれている。最初にこのことを提唱した米国の経済学者、リチャード・イースタリンにちなんで「イースタリンのパラドックス」と呼ばれることもある。

牧山さん:ウェルビーイングについては、国内外で様々な研究、事例があるものの、先ず、富山県民の意識傾向を探り、どのような要素が県民のウェルビーイングに結びつきやすいかを分析する必要があると考えました。
 そこで、令和4年9月に県民意識調査を実施しました。調査内容は、OECDの調査などを参考にしながら、約100問の設問をウェルビーイング推進課においてオリジナルで作成しました。調査票は5,000名の県民の皆さまに配布し、2,754名の方から回答をいただきました。質問数が約100問と多かったにもかかわらず、多くの方にご協力をいただきました。この回答結果を集計・分析し、策定したウェルビーイング指標を、令和5年1月6日に公表しました。

牧山さん:ウェルビーイング指標は具体的には上の図のようになっており、まず中心となるのが「総合実感」です。この項目では、調査の中で「それぞれが考える最も理想的な生活に対する自己評価」を、10から0の11段階で、過去・現在・未来の3つの時点についてそれぞれ答えてもらうようにしました。
 時系列に沿った設問としたのは本県の工夫の一つです。単に現在の自己評価を聞くだけでは、その日や近日の出来事などに影響を受けて、心象が変化することがあるのではないかと考えました。そこで、5年前と5年後の状態を同時に想起いただくことで、より長期にわたる連続・安定的な視点で、自分の幸せの実感や主観的な感覚を意識していただけるのではないかと考え、このような設問にしました。
 
 また、これに関連するさまざまな質問への回答について、因子分析や相関分析を行い、ウェルビーイングと関連する多面的な要素を洗い出し、整理のうえ、個人のウェルビーイング7つの分野別指標と、つながり指標として設定しました。
 
 右側の指標は個人の内面を様々な側面から捉えたものであり、「心身の健康実感」「経済的なゆとり実感」「安心・心の余裕実感」「自分らしさ実感」「自分時間の充実実感」「生きがい・希望実感」「思いやり実感」の7つの指標を設定しました。この7つが一定程度満たされていれば、おそらく一般的に人は幸せといえるのではないか?と思えるような要素設定になっているかと思います。
 
 一方、左側の指標は個々のウェルビーイングを支え、高める社会的な関係(環境)を捉える指標で、これらは右側の指標とも密接に関連しています。つながりは、個人を中心にして同心円状に広がっていくと考え、まずはご家族から始まり、友人や職場・学校、地域の町内会など、さらに広くは富山県全体とどのようにつながっているかについて、皆さんが主観的にどう感じているかを、先ほどの調査結果を同様に分析・整理して、このように体系化しました。

わかりやすい情報発信でウェルビーイングの認知向上:花の形の可視化ツールやウェルビダンス

牧山さん:ウェルビーイングは主観的なものであり、政策に取り入れるのは難しいのではないかとの声もありました。そこで、政策にウェルビーイングを組み込むにあたり、まずは認知を広め、県民の皆さんの理解を得るため、花の形でウェルビーイング指標を視覚化する取組みを行いました。

牧山さん:富山県のウェルビーイング特設サイトには、スマホやパソコンから、様々な実感や気持ちをアンケート形式で回答すると、自分の現在のウェルビーイングの状態を可視化することができる、ゲーム感覚で参加できる仕掛けを設けています。これにより現在の自分自身の状態を見つめ直し、例えば3か月後に再度実施したときに、3か月前とはどう変わっているのかを振り返るといったことができるようになっています。

牧山さん:個人のウェルビーイングに加えて、周りの方々のウェルビーイングに思いを巡らせることは、多様性や包摂性といった概念にも通じることであり、非常に重要です。その意味で、特設サイト内では、県内で活躍されている身近な方々のウェルビーイング・ストーリーも紹介しています。
 
 また、特設サイトでは、「ウェルビダンス」という動画を紹介しています。ウェルビーイングをこころとからだで感じ、人と人とのつながり、ウェルビーイングの輪を広げていきたいとの思いから、県民の皆さんにもダンスを踊ってもらい、そのダンス動画を投稿していただく取組みも行っています。私たちウェルビーイング推進課のメンバーも踊っています。(笑)

ウェルビダンス動画の様子。ウェルビーイング推進課のメンバーもいっしょにウェルビダンスを踊っています!

富山県ウェルビーイング特設サイト👇

――県民の皆さんや職員に対して情報を発信する際に心がけていることは何ですか?

牧山さん:現状、認知度にはまだ課題がありますので、何よりも、「ウェルビーイング」というものをわかりやすく伝えることが大切だと思います。わかりやすく伝えることが、最終的にはウェルビーイングを自分事として受け止めてもらうことにつながるのではないかと考えています。
 
 具体的には、例えば、庁内の掲示板には「さあ みんなで考えよう!ウェルビーイング」というテーマで、ウェルビーイングに関する様々な情報をシリーズでまとめた資料を公開しています。これはもともと職員向けの広報でしたが、好評であったことから、現在は外部にも公開しています。そこでは、現在の研究成果や、ウェルビーイングが注目されているポイント、そして成長戦略との関連性などについての情報をまとめていますが、こうした情報をできるかぎりわかりやすく発信するように心がけています。

「さあ、みんなで、考えよう!ウェルビーイング」の資料の例

富山県のウェルビーイングについてのまとめが掲載されているページはこちら👇

💡中編では、ウェルビーイング指標を政策形成に活かすための視点や、バックキャスティングによる政策形成プロセスの導入などについてうかがったお話を紹介します。


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