【取材】ウェルビーイングを成長戦略の中心に 主観指標を重視した富山県の取組み(中編)
公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美
こんにちは。中編では、ウェルビーイング指標を政策形成に活かすための視点や、バックキャスティングによる政策形成プロセスの導入などについて、前編に引き続き富山県 知事政策局 成長戦略室 ウェルビーイング推進課長の牧山さんにうかがったお話を紹介します。
※前編はこちら👇
ウェルビーイング指標を政策形成に活かすための視点
――ウェルビーイング指標を政策形成に活かすには、どのような観点が必要なのでしょうか?
牧山さん:以下の3つの観点が挙げられるのではないかと思います。
1つ目は、県民の皆さんの幸せ実感向上の効果検証に使えないか?という観点です。行政では政策効果を検証する際、客観指標を用いるのが一般的です。ただ、客観指標が上がりさえすれば住民が幸せになるかというと、様々な限界もあるのではないかと思います。
例えば、富山県は長年、1人当たりの住宅面積が広いという点で高く評価されてきましたが、実際、大きな住宅に一人暮らしをしている場合などは本当に幸せだろうか?とか、道路整備なども大事ではありますが、綺麗に整備された道路が延びさえすれば住民は幸せになるのか?といった観点です。
2つ目は、県民の皆さんの目線で課題やニーズを可視化できないか?という観点です。我々地方公務員は、住民のために良かれと思ってさまざまな政策を展開していますが、政策の対象となる県民を、行政側が漠然と「一般県民」としてイメージするのではなく、例えば、「40代・女性・正規社員」などと具体的なペルソナ層を想定し、その主観指標の傾向から、そうした方々の特性に応じた課題・ニーズを捉え、政策につなげていく、そうした手法も取り得るのではないかと考えています。
3つ目は、県政のリソースを効果的に配分し、横断的な連携を展開できないか?という観点です。将来的に人口が減少し、人材や財源といった行政リソースも限られてくるであろうことを考えると、そうした行政リソースの適正配分は大きな課題です。例えば、生涯学習、高齢福祉、シルバー人材センターなど、さまざまな部局に高齢者向けの政策があるのですが、所管する部署がそれぞれ独立して施策を提供している、でも、行政サービスの受け手は一緒、というようなこともあるかと思います。そのような政策をウェルビーイング指標を用いて、誰のどのような実感を向上させるのか?という観点から、施策のターゲットとなる住民層と施策の目的を整理し、併せて、施策の横連携やパッケージ化を検討することで、県政リソースの効果的配分につなげられないか?という観点です。
この3つの観点を持ちながら、施策を推進する際の「羅針盤」としてウェルビーイング指標を活用することができないか?との思いから、その実装に取り組んでいます。
牧山さん:本県の令和6年度当初予算編成においては、「すべての部門において、ウェルビーイング向上効果等を勘案して施策を検討する」との方針が財政当局より示されました。同時に、ウェルビーイング指標を活用した課題解決に係る経費については、要求上限額を設定しないという、非常に柔軟な方針が示されるとともに、新たに、ウェルビーイング指標を活用してパッケージとして新たに企画・立案した事業には優先的に予算配分するという仕組みも導入されました。
ウェルビーイング指標を羅針盤にしたバックキャスティングによる政策形成プロセスの導入
牧山さん:ウェルビーイング指標を考慮した施策設計・事業立案は、具体的には、以下の①~⑨の手順で検討が行われました。
上の図のほか、ウェルビーイング指標を活用した施策設計の例は以下でご確認いただけます。
https://www.pref.toyama.jp/documents/25712/04wellbeing.pdf
牧山さん:このように、施策の設計時に「何のために?」、「誰のために?」というふうに自問することで施策の目的や対象を明確化し、事業をバックキャスト的に考えるというアプローチは、本県ではこれまでになかった取組みではないかと思います。
また、地方公務員としての私たちの究極的なミッションが、地方自治法にも掲げられている「住民福祉の増進」であることは言うまでもないことですが、これは県民の幸せ、ウェルビーイングというものとの親和性が極めて高い概念ではないかと思っています。そのため、客観指標に加え、ウェルビーイング指標のような主観指標も活かした形でEBPM(Evidence Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)を進めていけないかと考えています。客観的な指標はもちろん重要ですが、それに加えて主観的ウェルビーイング指標を組み合わせることで、より県民の皆様のウェルビーイング実感にリーチする政策を展開していきたいと考えています。
県民の主観に目を向けて細かいニーズに合った政策の形成
――理想の社会や理想の富山県とはどのような状態なのでしょうか?
牧山さん:県民の皆さんお一人おひとりが、「ウェルビーイング」というものを知り、自ら高めていくことを意識していただくことはもちろんのこと、他の人にもその方なりのウェルビーイングがあり、価値観は人により多様であるため、個々のウェルビーイングには自ずと違いが出てくる、ということを互いに理解して、他の方の価値観やウェルビーイングも尊重しているという状態が理想ではないかと思います。周りの人、社会のウェルビーイングのことも考え、行動できる人がたくさんいる富山県、多様性があって当たり前で、それを包摂するような社会、それが成長戦略のビジョンに掲げる「ウェルビーイング先進地域 富山」であり、富山県をそんな理想の姿に近づけていきたい、との思いを持って、ウェルビーイング推進の仕事に取り組んでいます 。
今までの政策との違いでいうと、やはり、県民の皆さんの「主観」に目を向けてさまざまな政策を考えるという点が、最も大きな違いであり、最も難しい点だと思います。例えば下の図を見てください。
牧山さん:図の右側は令和5年度のウェルビーイング県民意識調査の結果です。
これをみると、大まかな傾向として、15~19歳、20~29歳の若者は過去・将来・未来の順に数値が高くなっていき、将来にとても高い希望を持っているように見受けられます。一方で、年齢層が上がるごとにその傾向は弱まり、70歳以上では過去・現在・未来となるにつれ数値がどんどん下がる傾向が見られます。(図の左側の令和4年度の調査でも同様の結果が見られました。)
このように、世代によって異なる意識、主観の差を踏まえたうえで、我々は誰に対し、何を、どうすればよいかということを考えるようにしています。また、ウェルビーイング指標は主観指標であるため、具体的な政策展開にあたっては、客観指標項目とも照らし合わせつつ、主観指標の向上に繋がる客観指標は何か?について、仮説を立てて個別の施策を打ち、その効果を見極めていく、という進め方が有効なのではないかと考えています。
また、ウェルビーイング指標の調査・分析からは、我々施策提供側の思い込みやステレオタイプへの気付きもいくつか得られました。そのひとつとして、お年寄りの交通に対する不安が比較的低い傾向にある、ということが挙げられます。我々は、いわゆる交通弱者と言われるお年寄り、免許返納をお考えのような世代の方々は、若い世代と比べて、交通利用に関して不安を感じていらっしゃるのではないか?と漠然と考えていましたが、調査ではこの印象に反する結果が示されました。また、「真に健康な人は健康を意識しない」と言われますが、実際に健康な方が多いであろう若年と、健康面で課題が多いと思われる年配の方々との指標差は、私が考えていたほど大きくありませんでした。このように、質問によっては一定のギャップが生じることもあるため、その背景も想像しながら、データを読み解いていく必要があると感じています。
高齢者政策においても、施策対象者を「高齢者」という言葉で一括りに捉えがちですが、家族と同居されているのか、高齢ご夫婦の世帯なのか、お一人暮らしなのかなど、状況は様々です。さらに、お一人の場合でも、男性なのか、女性なのか、住んでいる地域が市街地か山間地域か、などの条件によって、生活上の課題感が異なります。こうした要素を分解し、ニーズに政策をマッチさせていくことで、お一人おひとりのウェルビーイング指標を向上させることを目指しています。
また、我々が実施したウェルビーイング意識調査は、およそ100万人の富山県民中、有効回答が約2700ですから、当然、これだけで県民全体を完全にカバーできているわけではありません。お身体などのご都合でアンケートへの回答ができなかった方や小さなお子さんなどは含まれていませんし、行政調査に協力的な方にサンプルが偏るというバイアスが存在している可能性も想定されます。
そのため、統計的に有意なデータであることは間違いありませんが、この調査結果が絶対ではない、という点も忘れてはならないと考えています。
「つながり(地域/富山県)」強化を考えることで、周りの人々や社会のウェルビーイング向上を推進
――富山県成長戦略における「ウェルビーイング」の概念には、自らだけではなく、周りの人々や社会のウェルビーイングも考えて、他者も包摂していくことも含まれているのでしょうか?
牧山さん:そうですね。先程も触れましたが、「ロゲイニング」という高校生の提案が県による事業化に結び付いた企画があります。この企画のメインターゲットは、10~20代の若者・子どもとその周囲の大人に設定しており、ウェルビーイング向上を図る指標には「つながり(地域/友人)」「つながり(富山県)」が入っています。昨年12月に行った、試行的な企画への参加者は高校生が中心でした。高校生が街中を回ってポイントを集め、最後にそのポイントを競い合う、というアクティビティです。
この企画は準備段階から高校生にも参加してもらいました。例えば「どこどこの和菓子屋さんに行って、お饅頭を食べたら○○点」というようにポイント設定をするのですが、そうすると、事前に和菓子屋さんに行って、お店のおばあちゃんに「今度高校生のイベントをやるから、生徒たちがお饅頭を食べて、写真を撮っていくかもしれんけどよろしくね。」とお願いしたりする。その調整のときにも、企画側の生徒たちとの「つながり」が生まれます。
他方、イベント当日に参加した高校生たちは、普段行かないお店に行くことで「こんなお店があるんだ」と気づくなど、新しい発見や出会いがあったりします。それは、和菓子屋さんのおばあちゃんにとっても新たな出会いであり、新鮮な体験になるのではないでしょうか。
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