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らっきょう (短編小説)

私の名前は沢本カナ

東京に来て8年になる私のディズニーデビュー日だった。

久々に会う大学時代の友達や、夢の世界は普段の仕事のストレスを充分に忘れさせてくれた。

「ディズニー超楽しい〜

「やば〜いっ ^_^」

ゴールデンウィーク明けの平日だったため人気のアトラクションもいくつか楽しめた。

「優香 ディズニーってなんでらっきょうのにおいがするの? 夢の世界なのにね…」

「はぁ…カナの鼻おかしいんじゃない?らっきょうのにおいなんてしないよ」

「うそっ….この辺らっきょうっぽいにおいするじゃん」

「カナ 今日来る前にらっきょう食べてきたでしょ?」

「食べてないよ〜 みんなよくこのにおい気にならないね〜 やばっ」

どうやら優香はこのらっきょうのにおいに気づかないくらい楽しいのだろう、、、と思っていた。

でも、過去にも似た様な事があった、、、

私が希望の大学に合格したその日や、大好きな阪神タイガースが数年ぶりに日本一になった瞬間も、らっきょうのにおいがしたけれど、私の周りにいた人達はらっきょうのにおいが気にならない事があった。

私は別にらっきょうが好きなわけではない。

でもこの不思議な体験を不安に思い、スーパーの「らっきょう売り場」に行ってにおいを嗅いだり、コンビニでらっきょうを買って食べてみたが何も無かった。

私はきっと他の人達よりも鼻が効くのだろうと思っていた。

でも、、、、

「カナ聞いた?課長の木村さん 従業員の誰かにストーカーして解雇だって〜!」

「そうなんだ…」

「やばいよね〜 木村さん奥さんも子供もいたのに」


その日 木村課長と私は、会社の車でいくつかのお得意先をまわった。

夏休みに入ったのだろう。
外で多くの子供達が無邪気に遊ぶ姿が車窓から見えた。

移動中 木村課長は運転する私の脚をずっと見ていたのは気づいていた。

事がひと段落つき、私達は遅い昼食をとることにした。

どこにでもある様な定食屋だった。

私は油つけ麺、木村課長はソーキそばという聞き慣れない物を頼んだ。

遅い昼食だったので、お店はとても空いていた。

「もし良かったら俺の実家からこれ送って来たんで食べてみて」
定食屋の店長が私達の席に小さな小鉢を持って現れた。

「らっきょ…」

私はすすめられるがままに、らっきょうを口に入れた。

「あっ…. このにおい」

私の身体に軽く電気のようなものが走り、身体がジンジンとしてくるのが分かった。

食事が進むにつれ、なんだか私の身体は興奮状態になって解放感に包まれて来ていた。

「カナさんらっきょう好きなの?」

「ぁ… このらっきょう…」

「あーこれ 沖縄の島らっきょうだよ。においきついけど美味しいよね」

私は残りの島らっきょうを食べたくらいから気分がとても向上して記憶が薄くなった。

私は食事の帰り道、木村課長に抱かれてしまった。

次の日から木村課長は私に執拗異常に纏わりついて来た。
困惑した私は人事に木村課長からの変質的なLINEのスクショを提出して相談した。

数日後、木村課長は退職した。

私とらっきょうの関係性に不安を持った私は病院に行く事にした。

医師は私に原因は「プルースト効果」だと伝えた。

「プルースト効果」とは、特定の匂いを嗅ぐことによって過去の記憶や感情が蘇ってしまったり、
ある感情に触れると、脳が勝手に存在しないにおいを作り出し、過去の記憶や感情を呼び起こしてしまう現象らしい。

人とすれ違った際に感じた香水の香りで昔の恋人を思い出したり、懐かしい匂いを感じて幼少期の思い出が蘇るなど、誰しもが一度は経験したことがあるものが、もっと極端になってしまったものらしい。

「プルースト効果」が起こる理由は、人間の嗅覚と脳の仕組みが関係していると考えられていると医師は言う。

私は9歳から2年程、父親の仕事の関係で沖縄に暮らしたことがある。
あの頃は両親がまだ結婚をしていて、一人っ子だった私は父と母からとても愛されていた。

週末に家族で海に行ったりドライブするのが楽しみだった。

中でも週に2回くらい行っていた沖縄料理店は私のお気に入りだった。

父はそこで出される島らっきょうが大好物だった。

私の人生において、あの2年間は忘れられない家族との大切な思い出だ。
毎日にワクワクして輝いていた。

ところが、沖縄転勤が終わり本土に戻った一年後に、最愛の両親は離婚した。
離婚理由は父が会社の若い女と浮気したからだった。

あの時父が食べていた「島らっきょう」の匂いは、幸せの象徴として私の脳に閉じ込められた。

きっと「友達と行ったディズニー」や「大学の合格発表の日」は私に喜びや安心感を与え、脳は私に至上の思い出のにおいを嗅がせたのであろう。

しかしあの日、前触れも無く至上の思い出のにおいを嗅がされた私は動揺し、興奮状態になり開放的になってしまい木村課長に抱かれてしまったのだろう。

次に私が島らっきょうを食べる日は、「大切な人と永遠を誓う日」と決めている。


曖昧な旅人

PS:
現代 「プルースト効果」を応用して、認知症や記憶喪失になった人の記憶を取り戻す研究が心理学の分野などで進められています。


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