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どうしようもなく一緒にいる存在・微生物|インタビュー: 微生物研究者 伊藤光平さん

Deep Care Labがお届けする、サスティナブルな未来をひらくクリエイティブマガジン『WONDER』では、持続可能性につながるビジネスやプロジェクト、気候危機時代の生き方のヒントになる創造的な実践や活動をされている方にお話を聞くインタビューシリーズを連載しています。

今回は、微生物と都市と私たちの関わり方に研究と事業の両面から向き合っておられる株式会社BIOTA代表の伊藤光平さんにお話を伺いました。

今回のインタビューのお相手

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伊藤 光平(いとう こうへい)

株式会社BIOTA代表取締役・微生物研究者
高校時代から次世代シーケンサを用いたマイクロバイオーム研究を行い、慶應義塾大学環境情報学部でも微生物研究を継続。共同研究先と新規に単離された細菌株のゲノム解析を行い、国際専門誌に論文を複数投稿した。また学生団体「GoSWAB」を立ち上げ、都市環境にある微生物コミュニティの調査研究を行い、2018年にはForbesの「30 UNDER 30 JAPAN 2018(世界を変える30歳未満の日本の30人)」に選ばれる。2019年9月に同大学を卒業、現在は東京を拠点に株式会社BIOTAを設立し、研究事業に取り組んでいる。


わたしたちの半分は微生物でできている!?

ーー今日はどうぞよろしくお願いします。はじめに自己紹介をお願いします。

株式会社BIOTAという、微生物のゲノム解析や、環境中の微生物の種類や遺伝的な機能の多様性を調査する研究開発型のスタートアップ企業を経営しています。
高校生のときに慶應義塾大学の先端生命科学研究所で微生物の研究をはじめ、大学では微生物のゲノム解析の研究をしていました。研究や事業をする中で、微生物が社会的に認知・理解されていないことの弊害を感じ、価値を感じてもらえるような教育事業や啓発活動にも取り組んでいます。


ーー伊藤さんと微生物のつながりは高校生からなんですね。慶應の研究所に入ろうと思ったきっかけは何だったのですか。

実は、研究所には微生物の研究がしたくて行ったわけではなく、最初はなんとなくだったんです。僕の出身は山形県で、田舎あるあるだと思うのですが偏差値至上主義的なところがあって。でも僕はみんなと同じことをやって競争するのがあまり好きではなくて、人と違うところで評価してもらえるように受験勉強以外で取り組めることを探していたんです。慶應義塾大学の研究所に高校生から入れると知って見学会に行ったら、所長の冨田 勝さんが「人と違うことがこれからの社会では価値になる」と言ってくれて。たまたま僕を指導してくれた大学生が微生物をテーマに研究をしていたので、研究を教えてもらいながら微生物の世界に入っていきました。


ーー最初は微生物は関係ない動機だったのですね…!でも今ではお仕事にされるくらい、研究してみると微生物の世界が魅力的だったということですか。

もちろん純粋に研究対象としての面白さはあるんですけれど、僕自身はゲノム解析を通してある種の社会学をやっている感覚があるんです。多様さを扱ったり、いろんな現象が起こるバランスを見たり、人間の世界と相似形だと思えるのがとても面白くて。微生物と共に生きることで僕たちが生きられていることも、もっと仕事を通じていろんな人に気づいてもらいたい、という思いもあります。


ーーそもそもなのですが、「微生物と共に生きる」とはどういうことなのか、私たちと微生物との関係性について教えてください。

まず前提として人の体には30−40兆個くらいの微生物がいます。人間の細胞が37兆個くらいと言われているので、同じくらい。つまり私の半分は微生物でできているとも言えるんです。なので「微生物と共に生きる」というのは、生きていればもうそれだけで体にいる微生物と共に生きていることになる。体の外側にも都市にも微生物がたくさんいるので、その微生物とも僕たちは共生しています。実は、目に見えないけれど共にいる微生物を、今は殺そうとしたり、殺す意識がなくても死んでしまっているような都市構造が結構あるんです。

(伊藤さんのnoteもご覧ください)

共生のためには除菌を完全に止めればいいわけではなく、その除菌は本当に必要かと立ち止まる姿勢や、除菌によって発生する薬剤耐性菌の問題まで理解したうえでアクションしていくことが重要だと思っています。一人ひとりが微生物に関する専門的な知識まで持つ必要はないのですが、まずは「共にいる」ことを認知することが共に生きるための第一歩ではないでしょうか。
それに人の細胞と同じだけの微生物が体にいるんだったら、それはもはや自分の一部、むしろ人が微生物の家とも考えられる。実際に、微生物が人をうまく操って自分たちの生きやすい環境を整えていることも複数の研究からいわれています。そう考えると僕たちと微生物の間には対等な関係性があるはずなんです。微生物をコントロールしようとするのではなく、自分の体を大切にすることが自然と微生物との共生につながるのではないかと思います。


地球の生態系は守ろうとするのに微生物の生態系は破壊してもいいの?

ーーなるほど。あらゆるところで「共にいる」ことを認知すること、そして微生物の生きる"うつわ"である自分自身を大切にすることも共生につながるのですね。研究を通じて微生物のことを知って、伊藤さんご自身の生活や日常の中で何か変化はありましたか

一般的に微生物は自分の身の回りにはいなくて汚いところに多いように思われていると思うのですが、先ほどの話の通り微生物はどこにでもたくさんいるんです。なので一般的な衛生観念の追求は無駄だと思って早々に諦めました。除菌とかスマホの消毒とかもありますけれど、結局何か触ったらまたすぐ菌が着くとわかっているので、そこまでしなくていいとある意味鈍感になれたり(笑)。

自然の見方も変わりましたね。例えば動物が森を歩いたときに残る足跡や爪痕とかを見て、ここにこういう生物がいたってわかる人いますよね。同じように、このカビが生えるということはここがこういう環境だからかなとか考えたりするようになりました。植物も微生物にとっては我が家なので、緑を見た時にはここに植物と微生物の共生のコミュニティが広がっていると考えて豊かな気持ちになっています。

拡張生態系に取り組む片野晃輔くんに話を聞いたときには、生態系についての見方も変わり、生物によって議論のされ方が全然ちがうことが気になっています。微生物は餌があって、温度が適していれば生存できる生物なので同じような環境下には同じような微生物が住む可能性があります。例えばボイラーの中で極地の細菌が見つかるのはそういう理由です。ということは、外来種や在来種なんて区分けは実は意味がない。でも動植物だと外来種の話はセンシティブですよね。人間は微生物を常に放出しているので、人が移動したら微生物も混ざり合うのに微生物については外来種・在来種の議論は適用しなくていいの?と思います。


ーー生物による議論のされ方の違いはありますよね。自分もそれで思い出すエピソードがあります。とあるミニエクササイズで微生物とか犬とか魚とか虫とかいろいろな生物の写真を自分の「好ましい順」にランキングをつけていったんです。だいたいみんな哺乳類が上位にきて、見た目が気持ち悪い虫や微生物はランクが下になって。人に近い生物か、その人自身がその生物に馴染みがあるかももちろん影響していると思うのですが、特に微生物に対しては、目に見えないちっぽけな存在だという無意識の認識が働いたように思います。

そのワーク面白いですね。(微生物は)ちっぽけで無力なイメージありますよね。浄水場での分解も微生物がしていたり、社会にものすごく役に立ってるのにこんなに知られてない生き物もそういないと思うんです。ラッコとかコアラとか、可愛い生き物はそれだけでとても知られているのに(笑)。


ーーでも「かわいいだけ」はやっぱり強いんだな、というのも感じました。その対象に対して気持ちがどれだけ動くかでその対象との関係性が作られるとすると、微生物に対して情動が動くことがないということだな、と…。

その情動を動かしているのも実は腸内微生物かもしれないですけどね(笑)。


ーーそういう研究もあるそうですね…!面白いですね。先ほど微生物は汚いところにいる一般のイメージがあるとおっしゃっていましたが、微生物に関しては病原菌など、ネガティブなイメージが先行してしまっているように思います。

おっしゃる通りネガティブなイメージがありますよね。そもそも微生物に関する研究はそこから発展してきたと言われています。病原菌と戦って病気を治したい人の欲求も相まって予算も取りやすいし、研究欲も湧きやすい。むしろ、病原菌が関わってなかったらこの領域は全然知られていないままだったかもしれません。都市には人が多いので相対的に病原菌の存在比も高いのですが、自然環境の中の存在比では人間に悪影響を与える菌はほんのわずかしかいません。そういう意味では人間にとっての病原菌は本来は限りなく無視してもいいものではないかと僕は思っています。全く知られていない細菌の種とかも環境中にはまだまだたくさんありますし。


ーー善玉菌・悪玉菌という名付け方の影響もあるでしょうか。「悪」玉菌と聞いたら、どうしても根絶しなきゃと思ってしまいますよね。微生物の存在を人間にとっての利害だけで見てしまっているから「除」菌する発想も生まれてくるように思います。

人間にとっての利害だけで微生物を見てしまうのは本当は短絡的ですよね。除菌も、菌と共生するためのソリューションの1つではあるんです。でも本来はここぞというときだけにしておいたほうがいい。たとえば抗生剤を使って菌の驚異から逃れると、今度は薬剤耐性菌が出てくるじゃないですか。使いどころを適切に守るというのが、除菌というソリューションを際立たせる戦略にもなるんです。今は最後の切り札をすぐにくり出してしまっている状態。アルコール消毒っていわば微生物が作っているコミュニティに爆弾を落とす感じなんです。そこで生態系が一回ゼロクリアされるので、次にどういう生態系が構築されるかは完全にランダムで、実はその状態がすごく危ない。たとえば300種類の微生物のコミュニティがあって、その中に一部人間にとって悪い菌がいたとしても、300種類の中ではお互いにお互いの生育を阻害し合うので悪い菌が増えすぎない環境になっています。でも1回爆弾を落としてコミュニティがゼロになったところに、例えば感染症になった人が来て咳をしていったとすると、焼き払われて敵すらいない場所に人間にとっての敵が大量に放たれてのびのびと過ごせる状況が作られてしまう。人にとってはその環境の方がはるかに危険です。今は、地球の生態系を破壊してることにはセンシティブなんですけど、生態系の根幹を担っている微生物の世界では遠慮なくやっているんですよね。

ーー昨今、ウィルスの影響で衛生観念に拍車がかかっている状況もあって、私たちの目に見えない生物の捉え方がかなり偏ってしまっているということですね。

僕は微生物はコミュニティとして捉えるのが本質的だと思っています。微生物同士のやり取りの中で何かを代謝してくれた結果、副産物として人間にとって有害なものが生まれるケースがありますが、それはそういう化学反応が起きただけだとも言えるんですね。例えば、人間がなにか新しいものを食べ始めたときに体内にいる菌が新しい環境に適応するために進化したとしましょう。その菌が分解して残る物質が人の体にたまたま有害だった場合、菌からしたら生きるため、環境に適応するために進化しただけなんです。でも人間側からすると自分たちが新しいものを食べ始めたことが悪いんじゃなくて、微生物が分解の結果有害物質を出すことが悪いという発想になってしまう。お酒を飲みすぎて肝臓を壊した人は、自分がアルコールを飲みすぎたからいけなかったと反省できるのに、微生物が絡むとそうではなくなってしまう。他の生物だと思っているから責任を押し付けることができてしまうんですよね。
だとすると、自分の半分を占めている微生物を自分の臓器の1つとして考えることで、微生物と自分の関係をより自分ごととして捉えられるようになると思います。(参考:もう一つの臓器―腸内細菌叢の機能に迫る


ーー臓器の1つとして考える視点は面白いですね。微生物に対する意識が変わるように思います。他にも微生物と私たちの関係をよくするためにできることはありますか?

そうですね、一般的に菌にやってあげるといいと言われているのが、菌を加えてあげる「プロバイオティクス」と、食物繊維とかで腸内細菌を増やしてあげる「プレバイオティクス」です。菌を増やすことで菌の多様性やバランスを保つことができます。
さらに、「微生物にはコミュニティとしての挙動がある」という認識を持っていただくことも大切だと思います。この菌が人間にとっては良いからその菌だけ増やそう、というのは実は難しくて、その多様性こそが価値だと認識してもらうことが大事かと思います。人間社会もいろんな人がいることで社会がよくなっていくし、いろんな人がいろんな思惑で生きていくことで社会の健全さが保たれていることもありますよね。同じように、いろんな食べ物を分解できたりいろんな病気にかかりにくいのも微生物が多様だからなんです。人間社会も微生物も同じで多様性によってレジリエンスが保たれていると言えます。

マイクロバイオームの優生学?人間都合の善悪の判断を超えてどうしようもなく共にいる関係へ

ーーお話を伺って、微生物との良い関係性のベースには、コミュニティとしてのバランスの取り方や、微生物にいかに自分たちが助けてもらって生きているかも含めた基本的な知識が必要なようにも感じました。これからは私たち一般人が最低限の知識をいかにつけていくかが課題になるでしょうか。

そうですね。知識がなにから得られるかというと教科書で、その教科書が何から作られるかというと研究だと思うんですが、微生物学の研究はゲノムが大規模に読めるになってから20年ちょっとしか経ってないので、そういう意味では研究が進歩する中で理解も深まっていくとは思います。
バイオテクノロジーの領域は、技術の進歩が線型ではなく爆発的に跳ね上がることもあるので、もしかすると来年くらいに一気にそんな変化が起こる可能性もある。そのときに大事なのが、これは研究者側もそうなのですが微生物を理解したいけれど、すべてを理解することはできないという前提で運用することだと思っています。


ーー以前、病気に強い人の便を飲むことでその人の腸内環境を再現して健康を獲得することができるとテレビ番組で見ました。「そんなことができるようになったんだ!」と思う一方で、どの人の腸内環境が良い・悪いという誰かからのジャッジが下されるということに疑問や怖さも感じました。優劣をつけることが下手をすると優生学的に働いたりしないか…と。

おっしゃる通り、治療目的で糞便移植など腸内細菌コミュニティごと他人から提供されて疾患を治すことができるようになっています。これが行き過ぎると、優秀な腸内細菌を持っている人が偉い「その人からみんな腸内細菌を分けて貰えばいい」「指導者の腸内細菌を受肉した!ばんざい!」みたいなことが起こるかもしれませんね(笑)。実はもうヨーグルトでもそれが起こっていると言えるかもしれません。個人の乳酸菌が旅をしていると考えることもできるので。ただ、均質化されたライフスタイルだったら「良い腸内環境」も1つに確立しますが、国や地域によっても生活環境も食べ物も生活スタイルも違います。菌は先ほどの通り餌と環境に左右される生物なので、地球が多様な環境である限りは「人類にとっての良い腸内環境を持ってるのはこの人」という1つの答えに収束することはないと思います。多様な良さがあって欲しいですよね。
一方で、微生物がモジュールのように使われることは今後もっと出てくるでしょう。腸の粘膜のエネルギーになったり、腸管のバリア機能を高める短鎖脂肪酸の一種である酪酸菌をアスリートは多く持っているらしく、その菌をサプリメントのように摂取できるようにもなっています。これは、このスポーツをもっとできるようになりたいからこのトレーニングがんばる、っていうのと似ていますよね。


ーー面白いですね。面白いけれど、やはり微生物を人間にとっての利害で見る以外の捉え方もできるようになりたいですね。共にいる存在、この世界の同居人として、人間にとっての良い悪いで判断できない関係性を結び直すことはできるでしょうか。

そうなんですよね。微生物の捉え方の話で言うと、微生物が役に立つという人間目線の話もある一方で、この世で一番存在量が多い生物で、除去することは不可能。常にそこにいる存在だとある意味諦めることも必要なのではないか、自分たちの衛生観を変えて微生物がいる前提で物事を考えられないか、敵味方を区別しないマインドセットは持てないだろうかということも考えます。

常に共にいて多様であることを意識できるように微生物を可視化したらどうかという話も出るのですが、僕自身は見える見えないは本当は関係ないのではないかと思っています。だって自分の細胞も心臓も見えないけどあることを知っていて大切にしようと思えるじゃないですか。自分の体を大切にするのと同じように微生物も大切にしてもらったら良いのではないかと思うんです。


ーーそういう意味では、Deep Care Labが大事にしようとしている想像力もキーになってくるでしょうか。

そう思います。想像力がとても重要ではないかと。「微生物と関わるとこんなに良いことがあるよ」と言うこともあるんですけれど、今すでに微生物のおかげで僕たちは生きているので、本当は良いも悪いもなくて。「心臓があるとこんなにいいことあるよ」と言わないのは心臓がないと生きられないとみんな知っているからですよね。微生物もそれと同じなのに僕たちは抗生剤とか菌を殺す薬を飲んだりする。心臓の動きを止める薬なんて絶対飲まないはずです。そういった発想ができるかどうかも想像力のひとつかもしれません。


ーー心臓はわたしの一部ととらえられているけど、微生物はとらえられていない証ですね。私たちは消化すら微生物がいなかったらできないし、本当はものすごく助けてもらっている。自分たちが食べたものは微生物の食べ物にもなる。そういう意味で持ちつ持たれつの関係性のはずなんですが、その実感値もなければ、そもそもそういう事実も知らない。この実感値の持ちづらさが想像のしにくさにもつながっていそうな気がします。微生物が共にいるリアリティさというのが私たちの周りにない。

リアリティ、僕もそれについてすごく言われるのですがむしろどうすればいいのか…。これまでの研究だと培養法といってシャーレの上で培養した微生物を観察するしかなかった。そうすると実際の環境に微生物が1000種いたとしても観察できるのは数十種類くらいに限られてしまうんです。これがゲノム解析では網羅的に微生物コミュニティを再現できます。そうやって可視化はできるようになったんです。でもまたそれは実感値とは少し違うように思っていて…。

これは最近実施した可視化の例で、子どもたちの手の微生物を培養法で示して、人によって菌の量や種類が違うことを見てもらったんです。こんな風に、個々人で共にいる微生物が違うというのは結構わかります。

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子どもたちの手の微生物を培養法で可視化

下の写真はオフィスのいろいろな場所で微生物を採ってもらったものです。場所によって存在している微生物が違うのがわかると思います。

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オフィスの様々な場所にいる微生物

これとか侘び寂びを感じませんか?

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ーー本当だ。ちょっと石庭っぽいですね。

こういう可視化の実験をやると、身の回りに常に多様に微生物が存在しているのはわかると思うのですが、これをやったあとにどうやって日常生活の中でも同じような視点をもてるかを今後追求していきたいです。


ーー以前、微生物に感謝の手紙を書く実験をやったことがあります。微生物が自分たちにどういう手助けをしてくれているかを調べてカードにし、毎日一枚ずつカードをランダムに引いて、書かれていた内容に関して感謝を述べるというものでした。それを一度経験すると、実験後でも、日常のふとした瞬間に「これは微生物のおかげで…」と感じられるタイミングが増えていきました。実際に培養したり顕微鏡で見て可視化したわけではないですけど、それでもそう感じられたのは面白かったです。

とてもいいですね。そういうのぜひ一緒にやりましょう。


ーー微生物との関係性を認知し、そこから想像力が広がるきっかけになるような取り組みをやっていきたいですね。私たちもぜひ一緒に模索したいです。

まずは自分たちの身近に微生物がいることを知ってもらい、それがネガティブではない感覚にいけばいいのかもしれません。それは「いる」こと自体を受け入れていることだと思うので。微生物を利活用することも、場合によっては殺すこともあるけれど、それは微生物の根絶を目指しているわけではないし、そもそも根絶は無理で共生していくものなんだという認識が皆さんにも広がっていったらいいな、と思います。


ーーDeep Care Labの活動は、目に見えない存在もケアするために、いかに行動をポジティブな方向に持っていくかを考えがちなのですが、その前提に「どうしようもなく切り離せない関係性への気づき」「共にいることの受け入れ」があって、まずはそれだけでもいいのかもしれないと新しい気づきを得られました。微生物の捉え方も知識とともにアップデートしていきながら、サステナブルな未来を一緒に創って行けたらと思います。

今日はどうもありがとうございました。


おわりに

『家は生態系』という本があります。

副題の通り、私たちの家の中には、細菌、真菌、節足動物、その他夥しい数の生き物たちが棲みついていることが紹介されています。冷蔵庫、冷凍庫、オーブン、給湯器、漂白剤、歯磨き粉などの極度な環境には、深海や砂漠など極地にしかいないと思われていた生物種、シャワーホースの内側には沼地にしかいない微生物、玄関には森林、草原に由来する細菌がいるそうです。家の中に地球がまるごと存在しているかのようにも感じます。
大量の栄養源と生存しやすい安定した環境があるため、家の中は私たちにとってパラダイスであるだけでなく、一緒に暮らすさまざまな生物たちにとってもパラダイス。我が家には思いがけない同居人がいたようです。しかも大量に。

家の中だけではなく、私たちの体の中、皮膚の上、そしてまちの中。日本食を支える作り手としても、ありとあらゆるところに微生物たちはいます。そして彼らのおかげで私たちは生きています。

あそこにも、ここにも、もうどこもかしこも共にいて、彼らの「お陰様」で生きている。私たちと微生物は切り離したくても切り離せない、どうしようもなく共にいる関係なのです。

にもかかわらず、私たちはこの見えない存在の彼らの人間への利害の側面だけを見て、自分たちで命をコントロールしていいと無意識に思い平気で殺し利用しようとしている、見たいように都合よく見ている、ということにインタビューを通じて伊藤さんから突きつけられたような気持ちにもなりました。除菌消毒による大量虐殺はいまや日常茶飯事。でもそれが加速して攻撃を加えれば加えるほど、相手も進化のスピードを早めて抵抗性を身につけ、あげくに人間の手に追えなくなる可能性だってあります。その場しのぎの衛生観念の欲求を満たすことが、自分自身に、そして未来世代にも復讐のようにふりかかって来てしまうのです。

微生物と共にしか生きられない、このどうしようもないつながり感を自分の中に・自分の周辺のそこかしこに感じることができるようになると、都会で人間中心の生活を送っていると忘れてしまいそうになる「自然の一部である人間」を思い出せるような気がします。そんな気づきからも、私たちがさまざまないのちとの共生に向かうサステナブルな未来は開かれているのかもしれません。

共にいることを知識として知り頭で理解すること、そして情動で感じること、微生物との「共にいる」リアリティを今後も伊藤さんと共に模索していけたらと思っています。

伊藤さん、どうもありがとうございました。

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Deep Care Labでは、あらゆるいのちと共に在る地球に向けて、気候危機時代を前提にしたイノベーションや実験を個人・企業・自治体の方々と共創します。取り組み、協業に関心があればお気軽にご連絡ください。


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