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いのちを経済とデザインの中心に置き直す: Life-Centered EconomyとDesignの潮流

コロナウイルスはこれまでのわたしたちの社会の限界を明らかにしました。人と自然の分断・対立は今回のコロナ禍の背後にある大きな問題です。
同じく浮き彫りになった問題に、「いのち」か「経済」か?という問いがありました。経済を回し続けるのか、それを止めて(例: 飲食店を閉める)でも感染を防ぐのか。一方医療人類学者の磯野真穂さんはこれに対して、反論を唱えていました。

コロナにかかって亡くなりやすい人たちと、その人たちを守るためにこれまでの生活を諦めている人たちの命の両方が危うい状況になっている。その双方が「弱者」です。
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-isono-1

このふたつの問題は、突き詰めると強者ー弱者・支配ー被支配の関係性のもとで、「資本経済」を第一に考えてきた結果、人間も自然も含んだ「いのち」を軽んじてきた点で共通している。そう言えそうです。

資本経済は、経済の本質を消し去ってしまいました。経済の語源は<経世済民>であり、「世を経(おさ)め、民の苦しみを済(すく)うこと」です。エコノミーの語源は<家/Oikos>+<秩序/nomy>であり、家や家庭、共同体をいかになんとかやりくりしていくのか、が本質です。そして、生態系を意味するエコロジーにも同じく<家/Oikos>が含まれます。つまり、人間同士の共同体だけでなく生態系まで含めた共同体です。

最近、国内では新規の感染者も落ち着いてきました。ただ、経済のあり方をもとに戻そうとする引力の強さも同時にひしひしと感じます。今回は、改めてこのタイミングで経済およびそれと手を取り合ってきたデザインを再考していきます。「いのち」でつながりあう共同体がともにやりくりできるための営みが、本来の経済であり、またこれからの経済を見直すために必要なこと、それを"Life-Centered"という潮流から見ていきたいと思います。

いのちを経済の中心に: Life-Centered Economyと利他・ケア

パンデミックのタイミングで、多くの識者が生命中心(Life-Centered)な経済への移行を唱えました。京都大学こころの未來研究センター教授 広井良典さんはこう述べています。

ポスト・コロナの時代においては、「生命」というコンセプトが社会の中心的な概念として重要になると考えている。この場合の「生命」とは、生命科学といった狭い意味のみならず、英語の「ライフ」がそうであるように、「生活、人生」といった意味を含み、また生態系や地球の生物多様性といったマクロの意味も含んでいる。..「生命関連産業」あるいは「生命経済」と呼ぶべき領域が、社会の中で大きな比重を占める
https://www.jacom.or.jp/nousei/tokusyu/2020/12/201203-48098.php

そして具体的には、この生命関連産業とは、(1)健康・医療 (2)環境や再生可能エネルギー (3)生活・福祉 (4)農業 (5)文化を指していると指摘します。

これには前提として、生存<survive>・いきいきとした生<alive>の2つのレイヤーがまたがります。たとえば、健康や医療はいわずもがな、わたしたちの生存に関わります。(自然)環境やエネルギーに関する産業は、どうでしょう。たとえば、エネルギー1つとっても石油は数億年の生物の堆積が築き上げた自然資源であり、生命のかたまりです。その生命のかたまりが、寒さを凌ぐためや、好奇心のままに遠くへ移動することで精神が満ち足りる、そうしてわたしたちの生を支えています。近年話題のサーキュラー・エコノミーも、"自然資源といういのち"を無碍に扱うのではなく、(人間の視点から)役に立たなくなったとされる廃棄物に光を当て直し、別のいのちを吹き込むことが根底にはあるのではないでしょうか。

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資本の増大と利益成長の経済モデルからのこうしたシフトは、ウェルビーイングを指標化する動きにもつながっていると言えそうです。また、ジャック・アタリも『命の経済』を標榜しています。

ポジティブな社会にとって有益な部門とは何か? それこそが「命の経済」部門なのです。すなわち、健康、教育、公衆衛生、食糧、農業、デジタル、安全、文化、流通、グリーンエネルギー、ごみ処理、リサイクルその他の部門のことです。現状では、こうした部門は全世界の生産高の半分程度しか占めていません。これを80%まで高める必要がある
https://www.foresight.ext.hitachi.co.jp/_ct/17438704

このために必要なのは「利他主義」だとアタリは説きます。それは、周囲の人間だけではなく、未来の子どもたちや人間ならざるものも含めたいのちの尊重です。

単に利他主義と言っても、隣人に対する利他主義だけでなく、将来世代に対する利他主義もあります。だからまずは、将来世代が消滅してしまうことがないように条件を整えることです。...加えて人類以外の生命、自然の尊重ということもあります。じっさい人間は自然の一部でしかないわけですから
https://www.foresight.ext.hitachi.co.jp/_ct/17438703

ここで、利他=他者のいのちを利することが指摘されていますが、これはケアにもつながります。デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ』では、あらゆる労働がケアの実践と再定義され、例えば橋をつくる仕事も川を横断する人へのケアだとされます。

「ケア」とは心を配り、世話をし、必要なものに気を配り、思いやりを持つことをであり、これはsurviveにもaliveにも、互いのケアを必要とする相互の関係性に基づきます。そして、その相互依存は、身近な人に閉じません。美味しい食事をするには土や微生物が必要であり、衣服を生産するにはその素材の植物や自然資源が必要です。人々や人間ならざるもの、そのすべてのいのちが、生き生きとした生を送れるようにケアをすることが、労働でありそれにより経済の本質となる。それがLife-Centeredな経済だと言えるのではないでしょうか。

Life-Centered Designとは: ビジネスとデザインにおける、いのちを捉え直す

相互依存でみたように、あらゆるいのちを中心に置き直すことは、従来の人間だけを考えるのではなく、人間が生きるに必要な環境全体をまなざす必要があります。人間に閉じない生きとし生けるものに利するために、その思想の社会実装のため、イノベーションやビジネス、デザインといった分野でも近年"Life-Centered Design"が提唱され、イノベーション・コンサルティング会社Fjordの2020年トレンドレポートでも取り上げています。

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Fjordの2020年トレンドレポートより

従来、イノベーションやビジネス、デザインでは「顧客/ユーザー」が求めるニーズを満たすことが基本原理でした。一方、それだけを見すぎた結果、目に見えないところで環境負荷をかけていたり、生態系が壊れているのが現状。Life-Centered Designとは、それに対して「エンドユーザーを超えて、生産、使用、使用後に関与し、影響を受けるすべての利害関係者を包含する範囲を拡大するもの」です(参照※1)。つまり、人間ならざるもの ー森や海からサンゴ礁など生きものまでー をステークホルダーと捉え直し、特定のアイデアや事業の影響や生態系との関係性を想像することが必要です。さらにはネガティヴな影響を理解するのみならず「害を与えないだけでなく、積極的に生存と繁栄を助ける方法で、すべての生物に貢献する」ことまでイノベーションの意味は拡がります(参照※2)。

デンマークのデザイン教育/研究機関であるCIID(Copenhagen Institution of Interaction Design)でもLife-Centered Designを掲げ、3つの原則を提示しています。

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LIFE-CENTRED DESIGN, Stiven Kerestegianより

共進化のためのデザイン|DESIGN FOR CO-EVOLUTION
相互作用は、特定の状況や環境に合わせて設計されます。共進化とは 共生的にアイデア、材料、相互作用を交換して相互に利益を得ることです。複雑なシステムは、協力的な競争と相互作用を促し 相乗効果で新たな進化の道筋が見えてきます。デザインはどのようにして共進化戦略を活用し、より適応性の高い、将来性のあるソリューションを開発することができるでしょうか?

レジリエンスのためのデザイン|DESIGN FOR RESILIENCE
複雑な生命システムや技術システムの中で システムは、多様性を特徴としています。レジリエンスの高いシステムは、変化する条件に適応し、様々な戦略 様々な戦略やスタイルを取り入れることで、より強く、より健全な全体を構成しています。社会、経済、地球全体の継続的な変化を維持し、増大する複雑性に適応するためのソリューションをどのように設計すればよいのでしょうか?

人間スケールを超えたデザイン|DESIGN FOR BEYOND HUMAN SCALE
地球上の生態系には、マクロからミクロまで様々なスケールで相互作用が存在しており、これまで目に見えなかったシステムとその相互関係を観察し、理解する必要があります。観察し、理解することが求められます。微生物のミクロスケールから気候変動のマクロスケールまで、可視性とインパクトを高めるためにどのようにしてデザインは複雑性を受け入れ、現在の感覚を超えて検討範囲を広げられるでしょうか?

実際、これらをみてみるとLife-Centeredなイノベーションやデザインとは、台頭している様々なアプローチの大きな傘となるようなものではないかと考えられます。

・サーキュラー・エコノミー
・リジェネレティブビジネス
・バイオミミクリーの活用
・バイオフィリックデザイン
・マルチスピーシーズ/More-than Humanとデザイン

一方、先に述べたようにサーキュラー・エコノミーなども単にプロセスや方法論として、「ゴミも資源だから循環するようにつくればいい」といったものではなく、人間中心の世界観を乗り越え、そこにあるいのちに目を向けることは如何に可能かを問うなど、世界観の更新が伴わなければ従来のシステムとなんら変わらないのではないでしょうか。

今後は事例とともに一つひとつを批評的な視点とともに取り上げ、実践の可能性を模索しながら、どのようにDeep Care Labが掲げる「あらゆるいのちをケアする想像力」とか変わってくるのかを考えていきたいと思います。

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Deep Care Labでは、あらゆるいのちと共に在る地球に向けて、生態系・過去・未来への想像力を育むため、気候危機に対峙するイノベーションや実験を企業や自治体の方々と共創しています。協業に関心があればお気軽にご連絡ください。

参照

※1 Why Life-Centered Design is Vital for all Design Schools
https://blog.hslu.ch/designmanagementinternational/2020/04/11/why-life-centered-design-is-vital-for-all-design-schools/

※2 Discover how you can incorporate life-centered design into your values and what this has to do with mandarins.
https://blog.hslu.ch/designmanagementinternational/2020/04/13/discover-how-you-can-incorporate-life-centered-design-into-your-values-and-what-this-has-to-do-with-mandarins/


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