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【Weのがっこうレポート】「わかりあえない」わたしたちのウェルビーイングと、内から湧きでる倫理性|ゲスト: ドミニク・チェンさん

みなさん、こんにちは。Deep Care Labの川地です。
先日・9月21日に、「Weのがっこう」のプレイベント第2弾&説明会として、ゲストにドミニク・チェンさんをお招きしたトークイベントが行われました。そのレポートをお届けします。

WIREDへの寄稿 (VOL.42 NEW COMMONS コモンズと合意形成の未来|More-than Human Commons)でも取り上げた「人間以上のケア」のお話に通底するものがあり、とても共振するところの多く豊かな時間でした。

そんな中身を今回は、Weのがっこう参加者である三浦真央子さんが参加者視点で感じたことをまとめてくれました。運営とはちがう、実感値もふくめてお伝えできたら嬉しいです◎

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はじめに

「Weのがっこう」 0期生の三浦真央子(みうらまおこ)です。この記事では、本イベントのレポートを中心としながら、10月から始まった「Weのがっこう」での対話と学びに繋がるような、主観的な気づきを共有させていただきたいと思います。

前半には、あらためて「Weのがっこう」の4つのモジュールと学びの進め方についての説明会。実はこの時点で16の参加枠が埋まっていたとのこと。きっと勢いよく参加を決めた方々だろうと想像すると、早くみなさんとお話したい気持ちでいっぱいに。

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後半は、ドミニクチェンさんをお招きしての30分のトーク・その後30分超の質疑応答の時間をいただきました。ドミニクチェンさんは、あらゆる実験を通してテクノロジーと人間の関係性を研究される情報学研究者であり、NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現コモンスフィア)では理事を務めていらっしゃいます。

carefulなわたしたちを浮かび上がらせる

ドミニクさんははじめに、ご自身の多岐にわたる活動の中から、オンライン・コミュニティ「リグレト」やあいちトリエンナーレでの「10分遺言」、そしてぬか床と人間のコミュニケーションを助けるロボット「Nukabot」を例に挙げながら、人間が互いをケアするためのテクノロジー研究の過程や、人間以外の他者(後ほど登場する「More than human」な存在)の声を聞き取る実験について紹介してくださいました。

それらの実験からは、人間のきわめて”careful”な一面が浮かび上がってきました。そもそも「わかりあえなさ」が根底にある人間どうしが、互いに想像力を巡らせ「ケア」し合うためのテクノロジー。ドミニクさんは、通底してこれについて考えてきたと言います。以下に、いくつかのドミニクさんの実践をご紹介します。

◆リグレト
2008年から2017年にサービス提供していたオンラインコミュニティ。利用者は自分の悩みやモヤモヤを書き込み、周りの人がそれを励ましていく。晴らされた悩みの言葉は「成仏」し、インターネット上からほんとうに消えていく。匿名の掲示板でありながら、見ず知らずの人どうしでも励ましあえる世界。テクノロジーとウェルビーイングは結びつけられるのだという気づきを得ました。

◆10分遺言
「10分後に自分がこの世界からいなくなる」と想定して遺言を書いてもらうアートプロジェクト。2019年の愛知トリエンナーレにて展示されました。本人がタイピングする過程をそのまま画面に記録・再生できる「タイプトレース」というシステムが使われました。本人の思考の過程を見て取れることから、それを見ている人は、まるで書き手と一緒にいるような感覚を覚えます。非常に驚いたのは、9割の遺言が、残された人々へのケアに溢れたポジティブな内容だったことです。

◆Nukabot
「誰でもぬか床を腐らせずに育てられる発酵ロボット」NukaBotを開発。センサーを用いてぬか床内の状態を測り、人間が話しかけると瞬きをして、「いま食べごろだよ」「そろそろかき混ぜたら?」など状態に応じて発話をしてくれます。生きているぬか床と人間が、テクノロジーを介してコミュニケーションできるようになっています。

人間は嗅ぐ、触る、混ぜるなど、みずからの身体感覚をもってぬか床の健康状態を測り、「食べごろ」を判断してきました。従来の身体知のうえにもうひとつのコミュニケーションチャンネルをつくることで、人間はぬか床をじょうずにケアし、腐らせないでいられるというわけです。

More than humanへの問いと好奇心を

動植物、微生物を含む自然存在をモアザンヒューマン(more-than-human、人以上の存在)と呼び、論理的思考と同時に人以外の生命に対する敬意を前提に置く姿勢
メタファーとしての発酵」解説より

ドミニクさんたちがNukabotの開発にあたって最も参考にしたひとりが、環境倫理研究者のマリア・プイグ・デ・ラ・ベラカーサ(Maria Puig de la Bellacasa)さんでした。土壌と人間の関係性を中心とした彼女の論考を、ぬか床と人間の倫理的な関係性に援用していったと言います。

ベラカーサさんは、著書「Matters of Care」において、”人間以上の存在”を含めた環境の倫理観を「Non-normative ethics」=「非規範的倫理」としてリフレーミングしています。従来の杓子定規な倫理性ではなく、自分の体の奥底から湧き上がってくるような内発的な倫理性を意味しており、人間がこれに至るには、"More than human"な存在と、以下の3つのケアの時間を持たなくてはいけません。

ひとつは、日々のメンテナンス・ケアを行うこと(=maintenance doings)。ここでは、システムや道具に頼らず、自分の体で接するということが重要視されています。
ふたつめは、身体性を伴うことによって表れる情緒的・感情的なつながり(=affective emotion)
そして最後に、非規範的な義務感(=non-normative obligation)。人に言われてやるのではなく、自ずから生まれる使命感を意味しています。

この3つの時間は、NukaBotとの生活にも反映されています。
NukaBotの発話に気付かされた人間は、ぬか床をみずからの手でかき混ぜ、空気に触れさせ呼吸をさせます。嗅ぎ・触り・混ぜるという身体性に加えてNukaBotと会話をすることで、そこには感情的なつながりが生まれている。喋るぬか床と意思疎通がとれているからケアをするというより、むしろ、「わからない相手の状態を聞き取ろうと好奇心を持ち、耳をすませている」姿勢から、おのずからケアの「義務感」が生まれてくるのです。

ベラカーサさんの「ケアの中には好奇心が含まれている」という主張についても考え続けていると教えてくださいました。たとえば、「How are you doing? 最近どう?」という声かけ。一見簡単に聞こえる質問ですが、そこには相手への好奇心があり、「わかりあえなさ」を前提としたCarefulな問いかけであると言えます。NukaBotとのコミュニケーションから見えてきたぬか床と人間のウェルビーイングな関係性は、そのまま人間同士の関係性にも、あるいはそれ以外のさまざまな環境との関係性にも応用できるのではないでしょうか。

共在感覚・生きつづける死者

質疑応答の最後に、DeepCareLabの4つのモジュールのひとつである「死者・先人」について話題が移っていきました。ドミニクさんは、近著「コモンズとしての日本近代文学」について触れながら、死者たちの声をどう未来につないでいくか?について一緒に考えてくださいます。

「クリエイティブ・コモンズ」とは、限定的な著作権の枠組みを考え直し、作品を共有知にしていく運動・その考え方のこと。現在生み出される作品は、直接的にも間接的にも、先人の作品の影響を受けて生まれています。先人たちの考え方・彼らが存在したということは、「過去」ではなく、いまに続いている「現実」であると考え、著作権の制度を整備していくという取り組みです。

「物理的にはこの世からいなくなったひとも、生きている人の記憶の中であったり、感情の中で生き続けるというのは、ロマンチックな考え方というわけではなく、具体的でアクチュアルな現実なのではないかと考えるようになった」

先人たちの作品や考え方は、いまに受け継がれ生き続けています。作品だけにとどまらず、過去に生きていたという事実そのものも、今に生きる私たちの記憶や感情のなかに息づいているのです。死者に思いを馳せ、いまの行動に反映していく。これもまた、"More than human"的な存在へのケアの姿勢であり、ひとつの「ウェルビーイング」な在りかたであると言えます。

「ぬかどこにも、100年ものというものがある。100年前の先人たちの常在菌が生きているかもしれない。」

ぬか漬けを手入れする時、その中に生息する、数えることができないほどたくさんの微生物たちと接触する。その時、自分の手の上で生きている別の小さな生き物が雑ざり合う。体からぬか床へ、そしてぬか床から体へ、生き物たちが越境していく。
メタファーとしての発酵」解説より

100年前の先人の常在菌もまた、ただのロマンではなく生きている現実であると言えるのです。

おわりに

ドミニクさんは、人間どうしのウェルビーイングを考えながら、微生物など人間以外の存在も含めて<わたしたち>を捉えました。身体知をたすけるテクノロジーを開発し、彼らの声を聞き取ろうとすることで、「内発的な倫理性」が発現していきます。この経路は、環境問題全体を考えるとき、非常に重要なものとなるでしょう。

これからWeのがっこうでは、<わたしたち>について、時間的にも空間的にも非常に広く考えていきます。先人も未来も、自然も人工物も、人間にとっては「わからない」。それでも彼らは「現実」であり、人間はみずからの感覚と好奇心を通して、自ずから「ケア」していくことができるかもしれないのです。

これからの全10回の学び場では、その具体的な方法と可能性について、仲間たちと思いを馳せていきます。そのことを心から楽しみに思える時間となりました。はじまりに貴重な機会をくださり、本当にありがとうございました!

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Deep Care Labでは、あらゆるいのちと共に在る地球に向けて、気候危機時代を前提にしたイノベーションや実験を個人・企業・自治体の方々と共創します。ぜひWeのがっこうやその他の取り組み、協業に関心があればお気軽にご連絡ください。

Weのがっこうについて👉https://deepcarelab.org/we-school

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