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ウンコから見つめる、生態系といのちの循環|インタビュー: 糞土師 伊沢正名さん

Deep Care Labがお届けする、サスティナブルな未来をひらくクリエイティブマガジン 『WONDER』では、持続可能性につながるビジネスやプロジェクト、気候危機時代の生き方のヒントになる創造的な実践や活動をされている方にお話を聞くインタビューシリーズを連載しています。

今回は、糞土師として、野グソを通して糞土思想を広めている伊沢正名さんにエコロジー・生態系・いのちの循環…といったテーマでお話を伺いました。

今回のインタビューのお相手

伊沢正名(いざわ まさな)糞土師。
1950年 茨城県生まれ 1970年自然保護運動を始める。その後、菌類・隠花植物専門の写真家として活動。 1990年には、正しい野糞のしかたを確立。 主な著書・共著書は『くう・ねる・のぐそ』『うんこはごちそう』『葉っぱのぐそをはじめよう』『ウンコロジー入門』など

https://nogusophia.com/profile

私たちもウンコを食べて生きている!?ウンコといのちの巡り

ーー糞土研究会のホームページや他のインタビューで、「野グソは命の返し方」というお話をされていましたね。 我々は、色々な命に生かされていたり、共にあることを自覚し、各々が義務感ではない形で自然にケアするDeepCareを促していきたいと考えています。 それを踏まえて、伊沢さんは、ケアの実践として野グソをされているんだなという受け止め方をしていますがいかがでしょうか。

はい、その通りです。自然と共生するには、実は野グソが最高なんだって知ってほしいんです。 皆さんに聞きたいんですけど、「ウンコの定義」と聞かれたら何て答えますか?

ーー定義……

ウンコって、食べ物を消化吸収した後の残りかすカスで、捨てるべき物。だから役に立たないし、汚い。そう思いませんか。

ーーそうですね、汚いイメージは拭えないですね。

ここからなんですよ。ウンコっていうとみんな、人間かせいぜい動物のウンコしか考えないんです。しかし、動物だけでなく植物だって菌類だって、食べてウンコして成長し、生きているんです。 例えば、何十メートルもある大木だってキノコだって、最初はほんの小さな種や胞子ですよね。それが芽生えて、成長したわけでしょ。それぞれ食べ物は違うけれど、生きるためには食べて必要な栄養を吸収し、その後に必ず残りカスのウンコが出るんです。

つまり、菌類も植物も生き物は全て、ウンコをしている。これが認識の第一歩です。みなさんは植物のウンコとか、菌類のウンコを考えたことありますか。

ーー植物のウンコは私たちが呼吸している酸素というイメージがあります。菌類は……

そうそう光合成ですね。植物は二酸化炭素と根から吸収した水と太陽の光を食べて、残りかすの酸素を出します。だから、酸素が植物のウンコ。これは割と分かりやすいですよね。

菌類の食べ物とウンコは、キノコで考えてください。落ち葉に生えているキノコは落ち葉を、枯れ木に生えているキノコは枯れ木を分解して食べます。その中にある養分を吸収して、取り込まずにそのまま捨てたものがキノコのウンコ。それが、二酸化炭素と、土を肥やす無機養分です。つまり、キノコは2通りのウンコをしています。

そこで先ほどの植物を思い出してください。根から吸収する土の中の無機養分は、じつは菌類のウンコなんですね。そして光合成の時に使う二酸化炭素もキノコのウンコです。つまり、植物は菌類のウンコだけで生きています。

動物は植物の体(有機物)を食べて、植物のウンコである酸素を呼吸して生きています。そして菌類は、動植物の死骸やウンコを食べて生きている。ということは、動物も植物も菌類も、それぞれ相手のウンコをもらって生きていて、自分のウンコは他の生き物を生かしているんです。つまり、生き物の命はウンコで循環している。

自分から見たら、食べ物とウンコは真逆だけれども、循環の中で見ると、前の生き物が出したウンコが自分の食べ物で、自分のウンコが次の生き物の食べ物になる。ウンコ=食べ物。ウンコでいのちが巡っているということですよ。共生と循環は、ウンコがあるからこそ可能になるんです。ここを理解して欲しいですね。

それから我々は、発酵食品も食べますよね。例えば、日本酒。まずは米を蒸すとデンプンになり、それをコウジカビが食べて出すウンコが、糖類です。そのコウジカビのウンコを酵母菌が食べて出したウンコがお酒なんです。そして、納豆のネバネバは納豆菌のウンコで、ヨーグルトは乳酸菌のウンコ。そう考えていったら、ウンコってすごいでしょ。

ーーわたしたちはウンコを食べていたんですね……

自然との共生に向けて。「自然に与えるのはウンコだけでいい」

最近はよく、人間は自然と共生しなければいけないと言われますよね。共生はすごく大事です。人は様々な物を自然からいただいて生きているのだから、今度は人間が自然の生き物に何かを与えなければいけない。

では、何を与えられるのか。人間同士なら恩のある人に、美味しい食べ物とか金品とか、自分にとっても価値のあるものを差し上げますよね。つまり自己犠牲が伴います。しかし自然界では、他の生き物の食べ物になるウンコで良いんです。これくらい合理的なものはないでしょ。

ーーとてもシンプルです。

ところが、今の人間社会では、みなさんトイレでウンコしていますよね。このウンコは最終的に処理場に行き、どうなっているのか。現在の基本的な処理法は、こうです。ウンコの中の腸内細菌を利用した活性汚泥法で処理すると、ウンコは汚泥になります。それを燃やして灰にすると、それはセメントの原料になり、最後はコンクリートに固められます。それでは、ウンコは新たないのちに蘇れないじゃないですか。

でも、野グソをすれば全部他の生き物の食べ物になる。だから私が野グソをし続けているのは、単に趣味とかのレベルではないんです。自分が動植物や菌類という生き物を食べていのちを奪っている事に対する罪滅ぼしでもあるし、食べて奪った分の命を自然に返すことで人と自然の共生を目指すのが、野グソの本質です。つまり、これを物事の基本に持ってきて、人間はどう生きるべきかを伝えるために、野グソで糞土思想を広めています。

ーーめちゃめちゃおもしろいですね...。一方、野グソでお返しをする以前に、まず「いのちの巡り」の中にいる感覚が希薄化しているのではないかと思っています。伊沢さんは、どのようにしてこうした実感を持ち始めたのでしょうか。

私も自然保護運動をやっていた時は、まだ自然をモノとして見ていました。ところが、死んだ動植物を腐らせて土に返し、新しいいのちに蘇らせる菌類の働きを知って、モノとしての自然ではなく、いのちの循環を守ることが自然保護だと気付きました。

それに加えて、し尿処理場建設に反対する住民運動が起きました。私は、自分で汚いウンコを出していながら、それを処理するのはどこか遠くでやってくれ、だなんて勝手なやつだと思ったんです。

ところがそれまでは、自分自身もトイレでウンコをしていたんです。自分のウンコが処理場に運ばれて、みんなの嫌がる処理場で処理してもらっている。これじゃトイレにウンコはできないなと思ったわけ。

そしてトイレウンコ問題に真剣に向き合い、自分のウンコに責任を持つにはどうしたら良いかと悩んだんです。その時に、菌類の働きを知ったから、山に行って野グソをすればいいのと。それがきっかけなんです。

ーーすごい...自分もトイレでウンコをしていることに対して、ある種の罪深さを引き受けて、じゃあ野グソをしに行こう、とはなかなかなれる気がしません...。

私も最初のうちは義務感や責任感でやっていたんですよ。でも責任感ではきついですよね。だから最初の年は、1年で70回程しかできなかったんです。でもね、だんだん野グソが楽しくなってくるんですよ(笑)例えば、葉っぱ野グソというのがあります。冬になると葉っぱがみんな枯れちゃいますが、この枯葉でお尻が拭けると思いますか。

ーーあんまり拭けるイメージはないです……。

みんなやっぱり、パリパリ破けちゃって拭けないと言うんですよ。ところがとんでもない。真夏の青々した葉っぱより、真冬の枯れ葉の方がよっぽど拭き心地がいいのが沢山あるんです。

ーーそれはなぜでしょうか…?

葉っぱは生き物だからです。
夏の、本当に成長している時の葉っぱって意外と硬いし、ツルツル滑っちゃうのが多いんですよ。そして枯れ葉も、もちろん乾燥していたら脆いです。ところが、雨が降ったり、夜露なんかで湿気があれば、水分を吸って柔らかくしっとりしてくるんです。植物の名前なんて分からなくても、実際に触れてみれば、すぐに分かりますよ。これは柔らかい、これは拭けそうだ。とか。

でも、みんなまず目で見て頭で判断して、決めつけているんですよ。自然のこと、葉っぱ1枚のことすら、手で触れて、自分の感覚できちんと知ろうとしないんです。以前ある講習会で、植物のプロに、どの葉っぱでお尻を拭いたらいいかを聞いても、みんな分からなかった。彼らの方が、植物の特徴や種類は、私なんかより遥かに知っています。けれども、単に頭の中だけの知識であって、実際の生活に活用できない。

自然のことを知ろうと思ったら、まずは触れればいいという事を、植物の専門家さえやらないんですよ。今の世の中、情報とか知識がどんどん入ってきて、すごいですよね。だから物知りにはなれるけど、それで生きていけるかっていう話です。

ちょっと災害が起こると、直ぐにトイレットペーパーの買い占めでしょ。だから葉っぱ野グソを通して、自然をちゃんと知れるし、いのちを返すこともでき、自然との共生を学んでしまおうということなんです。

我々がこれまで、人間がこの地球上で1番偉い生き物なんだってふんぞり返っていることがいかに傲慢かを気付かせる。そのための葉っぱ野グソでもあります。

地球上で1番人間が偉いのか?野グソが突きつける人間の傲慢さ

今、SDGsと言われてるでしょ。まず、今一番ひどいのは、気候危機ですよね。その原因は結局、人間が豊かさや幸せを求めてやってきたこと。環境を破壊しようと思ってやってきた人はいないですよね。でも、自然のことを無視して、人間の幸福しか考えなかった結果、こんなひどい環境をつくっちゃったわけですよ。

例えば、風力発電やメガソーラー。風力でも太陽光でも再生エネルギーはいいんだってみんな言っています。確かにそれが稼働している時は、電気をつくり出せていいかもしれない。でも、でかい風車や多くのソーラーパネルをつくるために、どれだけの資源、エネルギーを使うんだ。ものすごい自然破壊でしょ。しかも壊れたり駄目になったら、始末に困る巨大なゴミになる。だったら、そんなものは無いほうがいいと思いませんか。

人間以外の動物はみんな、誕生して、食べてウンコして成長して、やがて子孫を残して死んでいく。それだけですよね。人間だけがおかしいんです。変なことをやって不自然に豊かになろうとしてきた。

ーーとはいえ人間には、生産していきたいというような、自然に出てくる欲求がありますが、そこに対しては……

そこで言いたいのは、欲望、欲求に対して、先住民的な考え方です。例えば、先住民の生き方。何かをしようとする時、7代先の子孫のことを考えて決めていますよね。彼らは、ちゃんと自分が自然に生かされていることを分かっています。

だから、自分たちを生かしてくれる自然を壊してはいけないんだっていう、謙虚さを持っています。先住民は、欲望に対して、自然環境のことや7代先まで考えることで、ブレーキを持っているんじゃないですか。けれども、それを失ったのが文明人。もっともっとっていう欲望が果てしなく続いていく。

だからこれからは、いかに先住民の感覚に戻すかですよ。科学の力で解決しようなんて、そんな傲慢なことを考えるよりも、まず素直に自然のありのままの姿を学んで、それを生活に取り入れていく。だから私は、脱成長が大事だと思っています。もう成長路線は無理だと思います。

SDGsは、ちょっと表面的ですよね。持続可能な開発目標なんて言ってるウケはいいけど、限界を認識していない。特に6番目にトイレの問題がありますよね。世界中の人が全て、ちゃんとトイレでできるように、いっぱいつくろうってね。とんでもない、持続不可能にしかならないじゃないか(笑)

糞土師活動が与えた日常生活への影響

ーーいのちの巡りの中にいて、それをもう一度繋ぎ直していく。人間がこれまでみたいにトイレで排泄する行為などは、その流れを切断してしまうために、野グソを基準にしつつ、糞土思想から生活を見つめ直していくお話をされていました。
それ以外に、料理などの日常生活の中で、私たちが生きていくためにしなければいけない活動はたくさんありますよね。これまでの野グソの実践を通じて、そういった暮らしへの向き合い方や変化などは見られましたか。

私は糞土師になって15年くらいになるんですけど、ここまで言えるようになったのはまだ最近ですし、これまでにすごい批判も反省もありました。だから、電気や水、ガソリンなどの使用は最小限にはしているけど、生活全般をどうしようっていうのは、それほど考えてないんですよ。

私の理想は自給自足です、でも、それを自分一人が完璧にやったところで、この地球全体では70億分の1の効果しか無いでしょう。だけども例えば、生活の10分の1を、日本の1億人が自然に沿うように改善してくれたならば、1000万人が完璧にやっただけの効果がある。

そういうことを考えて、糞土思想を社会全体にいかに広めるかっていうところに注力して、多くの人に少しずつ良くなってもらえればいいと考えているんです。

確かに、先住民的な生活をしろって言ったって、無理ですよ。でも、それに則ったようなものを生活の一部に取り込んでもらえれば、どんどんよくなるんじゃないか。もっと謙虚になって自然と共生しよう。その思いを持ちながら、常に考えて実行していくことができればいいんじゃないかと思っているんです。

野グソが、大地を豊かにする

ーー伊沢さんは、野グソを実践するためにご自身の山を持ち、3年前からそこで色々な調査をされていたと伺ったのですが、その後何か変化はありましたか。

山林を買ったのは2,3年前なんですが、野グソを始めた当時から48年間、そこで野グソをし続けています。 その林、プープランドっていうんですけど、そこで昨年、親しくしている菌学者が、リンデリナっていう非常に珍しい菌を世界で5番目に見つけたんですよ。 その後研究者たちが、山の中腹にある古いお寺の原生林とプープランドで、腸内にリンデリナがいる可能性のある土壌動物の調査をやったんです。

すると、原生林よりもプープランドの方が3倍ほど生物相が豊かだったというんですよ。 つまり、野グソをし続けたことで、土壌動物などの生物相が、はるかに豊かになっていたんですね。

それ以前にも私は、たまにしか野グソをしない林とプープランドの林で、ウンコから生えるキノコの調査をしました。その時は、バフンヒトヨタケという草食動物のウンコに生えるキノコの発生率は、どちらの林もほとんど差が無かったんですね。ところが、アシナガヌメリという肉食動物のウンコから生えるキノコは、プープランドの方が2倍ほど多かったんですよ。これも野グソが、いかに環境を豊かにしているかという証拠ですね。

ーー原生林の状態よりも、人が野グソをしている林の方が豊かである、面白いです。野グソという行為が、人間が自然にお返しできる唯一かつ最強だということだと非常に納得しました。
最近、生ごみをコンポストしているのですが、微生物たちに分解をお願いする際に、こういうものを入れたら喜ぶのではないかという想像をしながらやっています。伊沢さんは、野グソのタイミングで、他の生き物に対して想像して何かをすることはありますか。

自然の中で生きる生き物の一員として、いただいた分を自然に返すということで野グソをしているので、特別やっていないです。むしろ私が一番気にしている生き物は人間です。人間が一番うるさいからね(笑)。不衛生とか汚らしいとか恥ずかしいとか。ところで皆さんは、野グソに対して、どういう感覚を持っていますか。

ーー綺麗かは考えたことはないのですが、行為自体は気持ちよさそうだと思いました。

それは、自分が野グソをすることで考えていますよね。では、他人のは嫌じゃないですか。

ーーそうですね……

じゃあなぜ野グソが汚いのか。まず普通の野グソは出しっぱなしですよね。それに対して私は、「正しい野グソ」というのを実践しているんです。「場所選び、穴掘り葉で拭き、水仕上げ、埋めて目印、年に1回」というものです。環境に悪影響を与えない適切な場所でして、ちゃんと穴を掘って埋めれば汚くないですよね。そして分解しにくい紙は使わず、葉っぱで拭きます。最後に少量の水で洗い清め、埋め戻したら枯れ枝を目印に立てて、次の野グソまで1年間隔を空ければ、土地を富栄養化させることもないんです。とにかく批判されないように、しかも気持ちよく有意義な形でやらないと、野グソを広めることは難しいですよね。

ーー野グソを人間社会に伝えるためにも、埋めることや紙を使わないことが、他の生き物や自然に良い影響を与えることも踏まえられているんですね。

そうです。紙を使わなくても、気持ちの良い葉っぱがいっぱいありますからね。紙を作る過程で森林伐採をするような、自然破壊に手を染めずに済むし、紙の方が拭き心地が悪いから葉っぱを使っているんです。例えばこれ。

チガヤの穂

チガヤの穂です。特に初夏の頃、車で走ると道端一面にたくさん生えているでしょ。これをほどほどに熟した状態で採取して、ちょっと乾かしておけば、何年でももちます。この柔らかさで拭いたら、とてもじゃないけど、紙には戻れないですよ(笑)その使い方ですけど、本数が少ないときは大きめの葉っぱに載せて拭けば、たとえウンコがはみ出しても指を汚すことはありません。しかもただですよ。

自然にはこんなに素晴らしいものが幾らでもあるのに、それを活用せず、資源とエネルギーを無駄遣いして環境破壊ばかりしている現代社会って、一体何を考えているんでしょうね。

ーーたっぷりと幅広いお話を深さと共に伺えました。ウンコでいのちが繋がって、巡っていくという基本的な思想はもちろん、人間の傲慢さを否定する自然への謙虚さがキーワードになっていると感じました。何でもかんでも”人間だけ”じゃなくて、他の生物や自然と対等な立場というか、頼っていく向き合い方が重要で、それが共生と言われている意味合いなんだということを、話を伺いながら思いました。ありがとうございました。

おわりに

一同、一回は野グソを体験してみたい!という声が上がりました。 他人の所有地でやる野グソは、不法侵入や廃棄物処理法に触れるのではないかと心配する人もいます。 それを加味した上で、遵法精神がある人も心置きなくできるように伊沢さんは林を購入したとのこと。

自然を悪くする森林伐採は、違法でもなんでもないけれども、かえって自然を良くする野グソは違法扱い。 糞土思想を広めるには、いずれは法と闘わなければいけないともおっしゃっており、 今の社会と糞土思想の折り合いのつけ方が難しいと感じました。 今回のお話にあったウンコがバトンリレーのごとく循環していくことは、 今年2022年の大学共通テストの国語の第1問に出題された、受験生お馴染み「あなたは豚肉です」が印象的な、檜垣立哉『食べることの哲学』に通ずる点があったと思います。

できるだけ多くの人が糞土思想に触れ、人間の傲慢を自覚し、一人ひとりが今の生活から1割改善する。 人間が生み出したこと、自分の行動にはっとするインタビューでした。 伊沢さん、ありがとうございました。

書いた人: 松坂ありさ

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