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デレラの読書録:フランク・ハーバート『デューン砂の惑星 上巻』


『デューン砂の惑星 上巻』
フランク・ハーバート,酒井昭伸訳,2016年(新訳),早川書房

SF小説の金字塔、壮大な大河作品。

香料の産地「砂の惑星アラキス」で宇宙を統治する大貴族であるアトレイデス家とハルコンネン家が衝突した。

両家の衝突は宇宙に何をもたらすのか。

鍵となるのは原住民族のフレメンである。

宇宙を統べる帝国の帝王皇帝、救世主を信仰する女子修道会ベネ・ゲセリット、覇権を狙うハルコンネン家、善政を目指すアトレイデス家、利権に群がる領主議会と大公家連合、宇宙ギルド、砂の惑星で暮らす原住民族のフレメン。

それぞれの信仰と利権が絡み合い、争いが泥沼化した世界。

「香料メランジ」には抗老化作用があり、宇宙で唯一アラキスでしか生産されない特殊な香料である。

シンプルに言えば麻薬のようなもので、幻覚的な作用もある。

全宇宙での圧倒的な需要と、過小供給のバランスから高額で取引され、アラキスを制する者は巨万の富を得る。

したがって覇権争いの中心となる。

『デューン砂の惑星』は現在ハヤカワSF文庫で上中下の3分冊。

上巻は、壮大な舞台設定と砂の惑星アキラスの紹介が中心で、物語としてはアトレイデス家がハルコンネン家に攻め込まれ、主人公のポール・アトレイデスが、砂漠に逃げのびるまでを描く。

興味深いのは、為政者の感覚である。

どういうことか。

ハルコンネン家とアトレイデス家は、それぞれに巨大な為政者だが、それぞれの政治性は異なる。

恐怖で統治するハルコンネン家に、人格によって統治しようとするアトレイデス家が対置される。

面白いのは、アトレイデス領主は確かに人格者だが、しかしパフォーマンスは至って冷笑的であることだ。

"偉業を経験する個人は、自分が所属する神話を感じとらねばならない…そして強い冷笑的要素を持ち合わせている必要性がある。冷笑的要素こそは、自己が持つおのれのイメージから自分を解き放つものだからだ…この性質がなかりせば、偶発的な偉業でさえ、その人物を押しつぶしてしまうだろう"

(p.304)

人格者は人格者として振る舞うから人格政治が出来るのだ。

人格政治は人工的なもので、自然と行えるものではない。

訓練によってそれは可能とされている。

この世界のリアリティである。

登場するキャラクターたちもそれぞれに修行を積んでいる。

持って生まれた天才よりも、習熟を強調している。

習熟によって得られる能力には「未来予知」のようなものまでが含まれる。

相手の声色や表情、言葉遣いから、演算によって少し先に起きる出来事を算出する。

香料メランジはそれを増幅し、世代を超えて過去と未来を長期スパンで見渡すことができる。

先取りした未来は、運命として本人を苦しめるだろう。

したがって主人公ポールは、自分の予知した運命と対決する。

ハルコンネン家とアトレイデス家の対決を動かすのは、第三の立場である「原住民族フレメン」である。

フレメンの独特な宗教観にポールは運命として巻き込まれていく。

唯一、ポールを救うのは冷笑的に状況を俯瞰することだけかもしれない。


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