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ある日突然もう一人の妻が現れたら・・・(3)

帰り道、私は友人の言葉がショックで途方に暮れていた。
「帰ってから、勉強するの?」と彼が尋ねてきた。
私は心あらずだったが、彼の質問で冷静を保とうとした。
「たぶんしないかな。暑くてちょっと疲れちゃったし。」

暑さのせいではなく、友人の本性を知った今とても勉強する気には
なれなかった。
電車に乗ると、友人たちは「着いたら起こして〜。」と寝てしまった。
彼女はそこまで好きではない彼氏と手を繋いで、肩に頭を乗っけている。

隣に座った彼が、何かを感じたのか「何かあった?」と尋ねた。
「別に。ただ、人ってよくわからないなと思って。」
「・・・そうだね。」と、彼はそれ以上は詮索してこなかった。

「大学では何を勉強するの?」と彼が話題を変えてくれた。
「英語かな。留学するのが、昔からの夢で。」
「いいね、どこの国に行くの?」
「志望する大学がアメリカの大学と提携してて、交換留学みたいな。まあ、まず受験に受かればの話だけどさ。」

「いいね、子どものころからの夢があって。」
「海外行ったことないから、いつか行ってみたいな。」
彼はそう言って、一点を見つめていた。
彼の横顔は少し悲しそうだった。

「受験が終わったら、今度はみんなでドライブでも行こうよ。その間に運転の練習しとくからさ!」
彼は、夏休み期間中に合宿で運転免許を取得したばかりだった。
「うん、楽しみ!」と作り笑いをした。
なぜなら、次会うときは友人たちは別れているからだ。

友人たちが降りる駅が近づいたので、友人たちを起こした。
彼も友人たちと同じ方面だというので、別れを告げた。
プラットホームで彼と友人たちが手を振った。
私は座席に座ったまま、手を振り返した。

もう彼に会うことはないと思った。
連絡先も交換しなかった。
少しドキドキすることもあったけど、ただの知り合いだ。
私は一人電車に揺られて帰宅した。

夏休みも終わり、友人が彼氏と別れたことは、SNSで知った。
友人とは学校で話すことはあっても、以前のように出掛けることはなくなった。
受験勉強に集中し、私は無事に志望する大学に合格した。
大学に入学するころ、SNSに一件の追加リクエストとメッセージがきた。

『久しぶり。車の運転もだいぶ慣れてきたから、ドライブでもどう?』
すぐに彼だとわかった。
もう会うことはないと思っていた彼からの連絡に、私は喜んだ。
しかし、同時に一つの不安がよぎった。

私は早速メッセージに返信することにした。
まず無事に志望していた大学に合格したことを報告した。
次に、友人のサクラとゲンちゃんが別れたことに触れた。
メッセージはすぐに既読になった。

『合格おめでとう!2人のことはSNSで知った。あいつも別れたときは元気なかったけど、今は新しい彼女がいて元気だよ!』
私はそう聞いて、少し安心した。するとまたメッセージがきた。
『嫌じゃなければ、ドライブは2人で行こうと思ったんだけど・・・。』
『別に嫌じゃないよ』と笑顔のスタンプをつけて送った。

そうして、私と彼の初めてのデートが決まった。
家の近くまで車で迎えに来てくれた。
私は軽自動車と普通自動車を探したが、人が乗っている気配はなかった。
すると後ろから「こっちだよー。」と聞き覚えのある声がした。

振り向くと、紺の商用車の運転席の窓から彼が手を振っていた。
「久しぶりー。大きい車だね!」と声を掛けた。
「これ会社の車なんだよね。ちょっと乗りづらいかもしれないけど。」
私は助手席の扉を開けて、乗り込んだ。

確かに、普通の車より高さがあって初めての感覚だった。
「目線が高いね!今日はどこに行く?」
「とりあえず、千葉の海でも行こうかなと思って。」
「いいね〜。はまぐりとか食べたい!」

車内では彼の仕事のことや自分の大学の話、高校生活のことなどを話した。
海は風が気持ちよく、海鮮焼きも美味しかった。
一日があっという間に終わってしまった。
帰りは起きているつもりだったが、気づいたら助手席で眠っていた。

「着いたよ。」と肩を叩かれ、私ははっ!と目が覚めた。
「ごめん!寝るつもりじゃなかったんだけど。」と謝った。
「いいよ、全然。」と彼は優しい笑みを浮かべた。

「今日はすごく楽しかった!」
「俺も。またどっか行こう!」
「うん!そういえば、連絡先・・・」と言って、スマホを取り出した。
彼もスマホを取り出して、お互いの連絡先を交換した。

「運転してくれて、ありがとう。また!」
「こっちこそ、ありがとう。また!」
助手席の扉を開け、車から降りた。
窓越しに手を振り、私は歩いていった。

途中で振り返ると、彼がバックミラー越しに手を振っていた。
また手を振ると、彼はエンジンをかけてゆっくりと走った。
彼女がいるか聞けなかったことを後悔した。
彼も私に彼氏がいるか聞いてこなかった。

それからは、連絡をよく取り合うようになり、お互い彼氏彼女がいないこともわかった。
3回目のデートで「これってデートだよね?」と聞くと、彼が「そうでしょ。」と言ってくれた。
お互い男子校、女子校出身のせいか私たちはとても奥手だった。

お互いが初めての相手だった。
大学3年生の年に交換留学で私はアメリカに1年ほど行った。
大学卒業後は貿易会社に就職し、海外出張などで会えない日々が続いた。
彼はいつも私の夢や仕事を応援してくれ、よき理解者だった。

幾度の困難を乗り越え、交際10年を経て私たちは結婚した。
結婚してまもなく、娘を出産した。
夫が娘を抱っこする姿を見て涙が出た。
それは、人生で最高の一日だった。

#創作大賞2023

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