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土の香り

今朝森に入ると、ふわっと、きのこの香りが風に乗ってきた。
しいたけダシのような、アミノ酸系のおいしそうな香りだ。
その発生源を探し回るのだが、・・・コレか?

けっこう気もち悪かったが鼻を近づけると確かにダシのにおいが・・・

最初に断っておくと、私はきのこに関して全く無知だ。勉強しようとも思わない。何故ならば、モノとかヒトの識別能力が極端に低いのだ。
まず、テレビに出ているタレントの顔は全て同じに見える。男も女も一緒。
非常に失礼な話なのだが以前、藤井隆氏とケンドーコバヤシ氏の判別がつかずにバカにされたことがあった。さすがに自分の子は分かるだろうと思うのだが、妻に運動会の動画を撮れとか言われると、もう全力で集中しないとすぐに見失って、全然関係のないよその子を撮り続けていることがある。応援どころの騒ぎではない。
これはある意味恐怖でもある。
もしもインドとかの雑踏で自分の子を見失い、離ればなれになって、そのまま一生逢えなくなったりするかもしれない。もうこの世の終わりである。
あのとき父ちゃんに一生懸命手を振っていたのに、全然気が付いてくれなかった。そのあと私はヒゲヅラの大男にクルマに押し込められて目かく

・・・ご想像におまかせします。

加えて、ヒトの顔を「覚える」のも苦手だ。
私は学生相手に先生役をすることがあるのだが、これが覚えられない。
スーパーとかでよく、「あ、こんにちは、その節は」とか言われても、誰だか全然覚えていない。
「あ、あ、あーあのときの」
とか、苦し紛れに言うのだが、一向に分からない。ヒヤ汗が出る。
勢いどんどん話が進んでいって、いい加減シラを切りとおせなくなると、
「ゴメン、ちょっと急いでいて」
とか、ものすごく不自然な感じで逃げる。で、店内でまた出くわして、もっと気まずいことになる。
これは病気なんじゃないかと思って神経内科に行って検査を受けたこともあるのだが、残念ながら全く正常。
「どわすれですかねえ」
さらに、昔サバイバルゲームをやっていたとき、敵さんが隠れてい

・・・話が進まないのでもう止めます。

つまり、ウオーリーを探せ的な、漠然としたフィールドから金の粒を見つける能力及び、その識別能力も無く、なおかつ物覚えの悪い人間がキノコ採りをしたらどうなるか、想像に難くないのである。
悪友の諌山とか石見堂は、その点正常なおかつ博識で、秋の登山の楽しみになっていたりするようだ。縦走路を歩いていると、
「うを!ハイマツの松茸だ」
とか騒いでる。そんなのあるんかいな。
だが気を付けなければならない。
以前、自宅に帰ると玄関のドアノブにレジ袋が下がっていた。
中を見ると、きのこがわんさか入っている。
こりゃきっと諌山がおすそ分けを持ってきてくれたんだ、やっぱあいついい奴だ、とか思って広げてみると、ヒラタケの小ぶりなような恰好をした物体がぞろぞろ出てきた。
だが、黄色い。洗うと黄色い胞子のようなものが手にまとわり付く。
これはどんな味なのか。あえて、すまし汁の具は一点豪華主義で臨んでみた。一抹の不安がよぎる。すする。
「うわっ、にがっ!」
私は仰天して諌山に電話をかけた。
「なんじゃこりゃあ!」
「おおー、アレ、一晩水に浸しておかないと、毒ぬけないから。ゴメンゴメン」
ゴメンゴメンじゃねえよ、殺す気か!
だからさあ、言っただろ。こいつら親友なんかじゃない。悪友なんだよ。ホントに油断もスキもありゃしない。

去年の秋、奴らとは全然別の古くから付き合いのある、きのこ名人と山に入った。もちろん常識人である。
同行する中で、どうやら彼等は目だけで獲物を探すのではなく、においで感じ取っていることが分かった。なぜなら地面をそんなに見ていないのだ。
なるほど、例えるなら、映画で特殊部隊の兵士が「風下に隠れていろ」と指示する意味がよくわかる。他にも、山中で悪友が、突然ふたり同時に固まって、クマのにおいがすると言い始めたこともあった。
そしてきのこ名人は突然「ん」と言って立ち止まる。
「ほら、あるよあるよ」
目の前にあるのに分からない。においも分からない。
「これこれ、これが老茸」
ろうじ。希少なきのこをいただくことができた。
これはどんな味なのか。あえて、すまし汁の具は一点豪華主義で臨んでみた。
「ろうじ」はほろ苦く、滋味あふれる味であった。

ふとしたきっかけで、そのにおいを感じ取る鼻のセンサーが、生まれて初めて突然発動することがある。
今まで意識することのなかった「におい」が、ある日突然感動を呼んだり、危険の予兆として認識されたりする。
トリュフの香りなんかは未だによく分からない。
都会の下水のにおいが突如として過剰に意識されはじめる。
だが、感動したことと言えば、それは「土」のにおいだ。
最初に意識したのはアパートのベランダでプチトマトを栽培していたときだ。野菜づくりのヤの字も知らないアホな青年は、肥料として鶏糞をじゃんじゃかくれてやっていた。
かくしてそのトマトの実は、鶏糞味となって収穫されることとなった。
このとき、植物は土の味がそのまま反映されるという、当たり前の事実を体感した。
以来、土のにおいを特に意識するようになる。
そういう意識を持って森の中に入ると、非常に様々なにおいに満ち溢れていることがわかる。季節によってもずいぶん違うし、きのこのにおいも、秋特有のものだ。
そうしているうちに、ワインの好みもずいぶん変わった。


ロベルト・ヴォエルツィオ・ランゲ・ネッビオーロ・ラモッラ2020
すごいポテンシャルを感じるも、若すぎトンがりすぎで、完全に開けるの早すぎた・・・


ネッビオーロという赤ワインのブドウ品種があって、これがたまらなく好きな理由は、土の香りがするから。時間が経つと、きのこの香りも出てくる。
まず、色が独特で、くすんでいる。
淡い紫色なのだが、最初から古酒のようにくすんだ土色が入っている。
このイタリア、ピエモンテ州のワインで有名なネッビオーロは、とても栽培が難しい品種らしいのだが、テロワール(その土地特有の個性)を表現することに長けているという。
考えてみれば当然で、生命力が強ければ強いほど、その固有種特有の味わいが前面に出るのであろうし、弱ければまわりの環境に支配される度合いも増えるのであろう。

ブドウ畑は森とはまた違うと思うのだけど、健全な温帯の森林では、片足の下には1000匹ほどの小さな虫が生息し、さらに1gの土の中には数百万の微生物が存在するという。
その生命の活動が織りなし、発生させる香りの複雑さたるや、想像するとちょっと気持ち悪くもある一方で、心地の良い香りであったり、時に悪臭ただよう面白さがある。
ここ飛騨地方は、これから一気に冬へと向かう。
あと3か月もすれば最初の雪が舞い始めるだろう。
秋の丁度良い気候の時期が、極端に短いのだ。
そして、冬は冬の、深々と降り積もる雪の中の香りがあるのだ。

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