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ユメノグラフィア撤退から考えるVRビジネスの難しさ

黒字での撤退宣言

 ANYCOLOR株式会社(旧いちから株式会社)がサービスを提供していたVRコミュニケーションサービス「ユメノグラフィア」は、2021年末をもって終了となった。

 このサービスは、VR機器を介して「キャスト」と呼ばれるキャラクター担当のスタッフとサービス利用者が1対1の交流を行えるというものだった。内容としては画期的であり、またキャストがYouTubeで配信活動を行っていたこともあってか、そこそこに知名度を獲得することに成功していた。
 が、昨年の11月に突如サービス終了の告知が行われることとなり、そのまま翌月30日にはスケジュール通りの終了となってしまった。利用者はもちろん、にじさんじなど同社系列の配信者を通じてサービスやキャストの存在を知っていた人達に衝撃を与えたこの出来事。一部の心ない批判や邪推がSNS上に流れたりはしたが、それ以上に衝撃的であり、印象的だったのはこの文言だろう。

2019年12月のリリース以来、様々な取り組みを行ってまいりましたが、想定していた成長曲線を描くことが難しく、今後の展開を考慮した結果、誠に残念ではございますが、サービスの終了という決断に至りました。

 採算が合わず、赤字運営となったサービスを早期終了させるということは往々にしてあるが、「想定の成長曲線を描くことが困難」という理由を出してくるのはかなり珍しい。
 あれこれ試してからっきし駄目だったのであれば、速やかに撤退を決断するというのはベンチャーとして堅実な判断だろう。しかし、この言い方をわざわざ含めるというのは、会社から見て「事業としてそこまで悪い状況ではなかった」ということになる。
 実際、ユメノグラフィアの運営については飛躍的な成長でないものの、黒字と呼べる状況を維持していたという。また、告知時点でのキャストの活動人数を見ても、既に実験的な取り組みの範囲を超え、明確に実態を伴う業務として運営の規模を確保していたことが伺える。

 では、ANYCOLOR株式会社はなぜこのサービスから手を引くと決断するに至ったのだろうか。あくまで推測ではあるものの、『成長曲線』という言葉を字面通りに入れるなら、「サービスの規模や収益をこれ以上拡大できないことが明白になった」というのが主な理由だと僕は考えている。
 つまり、運営上の問題ではなくサービス設計上の根幹として、「これ以上キャストを増やしていっても収益は頭打ちになる」か「これ以上の集客が期待できない」という宿命を見出したがために、損失に転じる前の段階で事業を畳むことにした、というのが本件に対する見解である。
 では、ユメノグラフィアにどのような設計上の宿命があったのだろうか。以降で詳しく考えてみよう。

1対1のサービス提供は時間比例を超えられない

 まずユメノグラフィアのサービス内容の中で、収益面のネックとなったであろう要素は「単一個人を相手にした時間チケット制」である。
 ユメノグラフィアは、公式が販売する時間指定のチケットを購入し、予約制でサービスを利用する。決まった時間、1対1でキャストと触れ合えるというコンセプトは、ユーザーから見れば独占的にサービス利用が可能な仕様であり、プレミア感のある内容と言える。
 一方、サービス提供側から見ると、このやり方はとても非効率だ。1人の顧客に1人のスタッフを充てる体制で、かつ提供時間に対応した固定金額のチケットを販売する。1単位の業務によって発生する売り上げはどう頑張ってもチケット1枚分である。
 もし1対多のサービスであれば、1単位の業務で参加人数分のチケットが販売されるため、単位時間あたりの売り上げは集客できた人数に比例して大きくなる。しかし単一顧客を相手に独占してサービス提供を行うというコンセプトを採ったために、そうした等倍化の法則は成り立たない。したがって、運営全体の売り上げを大きくするには、キャストの数やマッチングできるルームの数を増やし、時間あたりに並行して稼働できる数を積み増すしかないのだ。

 ここで問題となってくるのが、キャストに仕事をさせる以上、それぞれに等しく人件費がかかるという点である。同一の時間枠で10人が一斉に働いていれば、チケット10枚分の売り上げは確かに入ってくる。しかし、10人分の単位時間の労働も発生する。全員に給与を支払い、スケジュールを設定してチケット販売を行い……といった手間ばかりが増えていってしまうのだ。
 機材の調達管理やルーム数の拡大といった支出も、人数が増えてくるとばかにならない。それこそ10人程度ならいいが、毎単位時間に100チケットを売るとなると、最低でも100人ものキャストを用意し、それぞれに機材を与えて業務をサポートすることになり、無駄に労力とコストを費やすだけのサービスになってしまう。
 これでは、成長曲線を描くどころの話ではなくなるのも当然だ。下手をすればかさんだ運営コストが財務状況を圧迫し、会社本体の経営にまで影響が及びかねない。

別方面への派生が難しいビジネスデザイン

 もう1つ、商業面でのネックとなった要素は、キャストの活動やサービス方式が他企業とのタイアップや多方面へのメディア展開にあまり向いていないという点だ。

 キャストが公式チャンネルでの動画配信を行ったり、にじさんじ所属のVTuber達とのコラボ配信などを行っていたとはいえ、ユメノグラフィアの商業的な立ち位置は、あくまでVRプラットフォームを用いたコミュニケーションサービスである。外部企業から商品宣伝の案件を受注したり、オリジナルの楽曲を配信するといった商売の広げ方は想定にない。そのため、チケット以外の手段で収益を得るというのも難しいのだ。
 そもそも、1対1のサービスで商品を宣伝するというのが困難である。いくら好みのキャストが勧めてくれたとしても、不要な道具や興味のない飲食物を買う人は利用者のごく一部だ。しかもVRでのコミュニケーションだから、商品の実物を手にしたり、体験できるわけでもない。仮にタイアップがあったとしても、購買意欲に働きかけられたのは限定的だっただろう。
 何より、宣伝の届く範囲がチケット販売枠分の人数に限られてしまうため、広告としての効果は全くと言っていいほど期待できない。こうした点では、案件を盛んに引き受けている「にじさんじ」とは大きく異なっている。

 ユメノグラフィア自体の拡張性についても、あまり良い状況だったとは言えないだろう。
 当初より掲げている「1対1でのサービス」というコンセプトがバリエーションの可能性をことごとく打ち消してしまっており、広げようがない。新たな属性のキャストを増やすか、部屋や小物の種類を豊富にすることでしか、サービス内容のバリエーションを追加することができず、遅かれ早かれ機能の拡張は頭打ちになってしまう。
 とはいえ、1対1の原則を取り払って1対多のサービスを展開し始めると、今度は既存の生放送配信者との差別化が難しくなってしまう。この場合、ユメノグラフィア側は視聴が有料制というハンディキャップ付きで対抗しなければならないため、苦戦は免れられないだろう。さらに、複数人を相手取ってのコミュニケーションでは、1人当たりの触れ合える時間は少なくなる。利用者に等しく関わらなければならない都合上、同じ話題や特定のネタで延々盛り上がるというのも難しくなってしまうため、『ユメノグラフィアならではの楽しさ』というものは完全に失われてしまうだろう。

 また、キャストに会うことや触れ合うことをサービスの根幹としているため、キャストのキャラクター性を売り物にしたIPでのメディア展開というのも、そこまで強くは望まれていない。
 各キャストのファンアイテム程度であれば購入希望者はいるだろうが、創作物的なバックボーンを望んでいたとは言えないだろう。VR空間を通して生のキャストに会えること自体に価値の重きが置かれている以上、自然な言動の方が喜ばれるというのもある。

VRビジネスはまだ模索の段階

 ユメノグラフィアが撤退したことを『失敗』と捉える向きがあることについては、致し方ないものの「そう断言するには早い」と僕は考えている。

 確かに、商業的な成長が見込めなくなったのは設計上の問題に起因することであるし、それを克服しようと試行錯誤を重ねた末に、「やはりどうにもならない」と断念したのもまた事実である。
 しかし、ユメノグラフィアのコンセプトそのものが駄目だったかといえば、そうではない。VRという新技術を活用し、「自宅に居ながら人と会って触れ合いができる」というサービスを展開したことは、明らかに画期的な試みであり、数多くの興味を惹きつけるものであった。また、今後の社会情勢を考慮すれば、こうしたコミュニケーションはエンターテイメント以外の分野にも広がっていくことが確実である。

 ユメノグラフィアがビジネスとして上手くいかなかったのは、ANYCOLOR株式会社の蓄積してきた分野の延長として、VRの対面コミュニケーションを実装してしまった点に要因がある。
 1対多のサービスとして「にじさんじ」を展開してきた会社からすれば、キャストを独占的に視聴し触れ合えるサービスを出せば、既存顧客はプレミア感をそこに見出す筈だと考えるのはごく自然な流れである。しかし、実際にやってみると思いのほか効率の上がらないビジネスになってしまった。
 多数を相手にした配信であれば、複数回のスーパーチャットや全体の何割かのメンバー登録で相応分の売り上げがある。しかし、チケット販売の有料サービスでは、単位時間分だけキャストが1つの枠に拘束され、その間たったの1人からしか利益を上げられない。ある程度チケットの販売価格を上げれば稼ぎも良くなるだろうが、それも利用者が納得できる範囲に留めなければ誰一人利用しなくなってしまう。
 このように、1対多であれば上手くいくものをそのまま1対1のサービスに持ち込んでしまったことが、今回の敗因と言える。とはいえ、既に成功を収めた会社がチャレンジをしたからこそ、比較によりこういった課題が見えてきたことに留意したい。もし他の会社が新規に手を出していた場合、運営の仕方やサービスの品質といった部分に批判が集まり、根本的な要因は見えずに終わっていたかもしれない。そういった点ではとても意味のある事業であったと言える。

 VR機器の普及はようやく始まった段階であるし、これらを快適に利用するための環境づくりは製品供給の不足も相まって停滞傾向にある。ただ、これから数年をかけて社会に浸透していくことは間違いないだろう。
 そうした状況で、VRを活用したビジネスはいくつも提案されていくことになる。現実の空間で行われている業務をVRに代替するものもあれば、まったく新しい発想からビジネスが生じてくる場合もあるだろう。しかしながら、その多くはユメノグラフィアが辿ったように、芳しくない結果を伴って終わることになるのではないかと思う。マネタイズの難しさがその理由だ。
 「VRで何かができる」ということ自体は現時点では物珍しさや先進性をもって価値と見なされている。が、それ自体はあくまで希少であるから生じたものに過ぎない。普及が進み、数多くの利用者に提供しなければならなくなった時、一体どの要素から価値を定義し、料金化するのかといった部分は未知数のままなのだ。
 おそらく、この黎明期において登場する「VRで〇〇ができるサービス」という類のビジネスは、その多くが失敗することになるだろう。VR内で活動するために必須の作業ツールになるまで洗練されていれば話は別だが。ユメノグラフィアとは、そういった薄明の時代に現れる徒花のひとつだったのだと僕は思う。

 ひょっとすると、この事業で得たものがいつかANYCOLOR製のVRアバターツールに繋がり、かつてのキャストよろしく皆がVR上の姿を持って、自由に普段のコミュニケーションを繰り広げることになるかもしれない。全人類にじさんじ計画(?)なるものを心の内に秘めている企業なら、そんな期待もきっと叶えてくれることだろう。その時にこそ、ユメノグラフィアの無念が報われるのではないだろうか。

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