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AI普及時代におけるVTuberの生存戦略

『AI』が当たり前の時代がやってくる

 昨今、どんな業界やジャンルにおいても『AI』『人工知能』というキーワードを聞かないことはないほど、AI関連技術に大きな注目が集まっている。ただ、一口に言ってもそれらの目指すものや実現している状況は様々で、中には既存の分析・解析技術すらもAIと括って話題にしている場合もあるため、正確な理解が進んでいるとは言い難いところだ。
 とはいえ、この新たな技術体系がこの先数年のうちに我々の生活へと入り込んでいくことは確実である。生成AIに代表されるような、自動的に結果を出力してくれるものはもちろん、日々の生活において現れる情報や振る舞いをデータ化し、パターンを割り出すことでリソース配分の効率化に役立てる、といったような間接的な形でAIが関わってくる状況も増えるだろう。今まで人の手に依存してきたことが、より高速で大規模に行える装置へと代替されていくという点では、大きなメリットと言えるだろう。

 一方で、今深刻に影響が懸念されているのが、クリエイティブな分野におけるAIの台頭だ。
 既存のイラストの特徴量を学習することで、ユーザーのプロンプト(注文)に沿った画像を出力する自動生成AIは、その学習に使われているデータセットの内容が許容できる利用範囲を逸脱したものではないかという指摘があるし、児童ポルノコンテンツなど、法的に規制や取り締まりの対象となっているものが混在することで、ユーザーの意図のあるなしに関係なくそういったコンテンツが生成されるのではないかとリスクを懸念する声も聞かれる。
 ただ、これに関しては学術研究という体で見逃されてきたデータセットの内容が、そのまま商用へと転換されたことで噴出しているとも言える。この解決策は、情報資源の選択に関する厳格な基準とデータセット作成におけるルール制定に求めるしかなく、安易な規制や現行のサービスに対する制限ではどうしようもない面もある。感情に流されることなく、冷静な議論が進むことを望むしかないだろう。

 更に、AI技術はこうした問題とは別にクリエイティブな分野を脅かしつつある要素も含んでいる。
 たとえば特定の人物の声を真似た音声合成コンテンツなどは、音素の継ぎ接ぎによって生じる違和感は多少あれどほとんど気にならないレベルまで精度が上がってきている。本人が言わないようなセリフを言わせたり、好みのキャラクターになりきったりが可能になっていることは、面白さを感じる反面、悪用や名誉の棄損につながりうる。
 また、感情の込め方なども含めた本人の声と遜色のないクオリティが実現することで、声を使った職業やコンテンツにおける報酬体系に変化が生じる可能性も現実味を帯びてきている。これまでの何文字いくらの作業が合成音声に取って代わられるとなれば、声の仕事における収入は大きく減ることとなるし、より性能が上がって生声との差もなくなれば、音声合成ソフトが全てを担うような案件も次々と現れるだろう。そうなった時には、音声合成ソフトウェアの製作にかかわったり、高付加価値なブランドとして売り込める人以外、クリエイティブな職業として声の仕事が成立しなくなる。

 音声の分野は顕著だが、映像や立体物の分野においても従来のクリエイティブ性がAI関連技術の台頭によって切り崩され、ごく一部を除いて収益が成り立たなくなっていく可能性が高い。これはVTuberという比較的新参の存在ですらも例外ではないのだ。

AIを使った『生きているモノ』の試行錯誤

 既に、AIによって自動的に動いているVTuberはいくつか存在している。中でも話題に取り上げられるのは、『紡ネン』だろう。

 『紡ネン』は、AIとしては比較的シンプルな機能に集約されている。配信中のYouTube Liveに書き込まれる視聴者のコメントなどのテキストを取得し、内容を分析してその結果に応じた反応をするというのが1つ。もうひとつは、書き込まれたコメントから言葉を学習し、『紬ネン』自身の言葉として文章を生成するという機能だ。
 現時点での彼女は、あくまで視聴者の行動によって動きを左右される操り人形と言ってもよい。学習が進んできたとはいえ、無秩序な文字列を言葉として発することはあるし、生身の人間ほど柔軟で饒舌な様を見せるわけでもない。ただ書き込まれたことから学習させた結果を、キャラクターの動きとともに画面へ出力しているというものだ。
 だが、その振る舞いや言葉を発する間の挙動には作り物の無機性だけでない、確かな『いのち』らしいものも垣間見える。視聴者自身の心情や感性から生じるものではあるのだが、「その場にいる」「話を聞いてくれている」というリアリティは、AIに演じさせることの可能性を示唆するものと言えるだろう。

 『NOW ON AIR』のように、実在の人物をベースとしてAIライバーを作り、商用利用を可能にするというサービスも出てきている。
 元となっているのが実在のタレントということで、架空のキャラクターを演じるのとはやや方向性が異なるが、本人の外見的特徴や声を真似て動画コンテンツを生成するという点では、これから活用が広がっていくジャンルのサービスだ。ブランドや発信力としては元となった人物が担保し、普段の動画などでのアウトプットは自動化されたシステムが担保する。あれもこれもと案件を抱え込んでパンクしてしまうこともなく、裏方を含め少人数チームでタレントの活動を回していけるという意味で、価値の高い試みと言えるだろう。
 

 これらのプロジェクトは、今後のAI関連技術を用いたサービスの先駆者として、前向きなものと捉えられる。しかし、こうしたものが社会で一般的になってきた時、既存の人手によって成立している配信業種は厳しい競争環境に曝されることとなるだろう。
 特に後者については、精度の向上や機能の拡大が進んでいくほど、タレント自身がこちらを選ぶようになっていくと考えられる。現状、動画配信で生計を立てている投稿者は、多くの場合毎日から数日おきという非常に短いスパンでの作品投稿を求められている。それが専業であれば十分な時間を充てられるが、スポーツ選手や広いジャンルで活動する芸能人のように、本業の拘束時間が長い業種の場合は両立が難しい。しかし、AIを使った自動生成のアバターを使えるようになれば、スタッフを使い定期的な動画の投稿が可能になる。
 これまでは動画作品1つあたりの質を採るか、動画の数を採るかというのがトレードオフの関係にあった。しかし、AIを用いた生成が実用段階になってくれば、質も数も確保して展開できる投稿者が優位に立つ。そうなれば、ブランドと作業能力のある組織を抱えた著名人がより有利になり、新進気鋭のクリエイターが踏み込んで下積みをするジャンルではなくなってくるだろう。その場合、現在のような活気や先進性が失われ、あからさまな商売っ気ばかりが増していくことは想像に難くない。

AIに対抗するための『演じる』とは

 AIが今後動画投稿や配信のジャンルに本格的な参入を行っていくであろうことは容易に考えられる。その上で、VTuberという『虚構』を演じる存在である配信者が対抗していくには、どうすればよいのだろうか。
 策として考えられるのは、大きく分けて2つ。1つ目は、VTuber自身がAI関連技術を使いこなして自身の手足としてしまうことだ。そして2つ目に、AIがやろうと思わないジャンルを開拓していくことが対抗策の要となりうる。

AIを自身の手足とする

 何かを演じるという分野において、VTuber自身は意外にもあまり突出した存在ではない。というのも、このジャンル自体が、特定のキャラクターや設定をそのまま演じることから脱却して、演者自身の性格や言動を織り交ぜた混沌性に魅力を見出しているものだからだ。
 例えば演劇や映像作品では、多少のアドリブが入ることがあっても基本は脚本のままに動き、指示の通りに感情を表現することが求められる。キャラクターの印象を具体化したり、解釈の幅を広げる上でのちょっとした逸脱は許されても、そのキャラクターを崩すこと自体は許されないし、評価されないのが普通だ。
 一方で、VTuberの場合はキャラクターの設定や背景情報といったものはフレーバーに近く、大部分の構成要素は演者自身からもたらされている。ロールプレイに徹しているVTuberもいるが、そういったものも筋書きが堅く決まったジャンルに比べればはるかに柔軟であり、流動的なものである。この一見すると破天荒で破綻すら感じられる特性こそが、VTuberのキャラクターとしての『生命』を感じさせる要素と言える。

 対して、AIは今のところ筋書きの通りに動く存在である。柔軟な受け答えや一様でない反応を実現しうる段階には届いているが、まだ生き物らしい言動の『破綻』までは再現できていない。ただ、その頑固で生真面目な特性が、VTuberの手足とするにはかなり都合が良いと個人的には考える。
 たとえば自身の相方として配信に参加させることで、その時々に喜怒哀楽をコロコロとさせるVTuberに対し、AIのアバターは理性的に合いの手を入れたり視聴者の応対をしてくれたりと、上手く分業化できる。また、AI側の言葉やズレた行動に対してVTuber自身が反応することで、配信の中で自然と会話が弾むようになる。AI側が筋書きを持って動くのに対して、VTuberは自由気ままに振舞う。その対比から生じるドラマは、動画や配信における新たな面白さを作っていける可能性がある。
 あくまでこれは想像上の一例であり、他にも様々な活用方法は考えられるが、単にライバルや競合の配信者と見なすよりは、積極的に手足としていく方が活動の幅を広げることに繋がっていくだろう。そういった意味では、あまり悲観的にならなくても良いと言えるかもしれない。

AIがやらないジャンルを切り拓く

 もう1つの対抗策は、現時点でAIがやろうと考えないであろうジャンルに挑んでいくことだ。
 ここで注意しておきたいのは、『やらないジャンル』というのが不人気のカテゴリや法令・モラル上よろしくないカテゴリを指すわけではないという点。たとえAIに参入の余地がなかったとしても、活動の成果が上げにくい分野で時間や努力を費やすことは意味がない。

 『AIがやらないジャンル』とは、AIから見て自身のスコアが望めないものや、仕組み上参入を阻まれるもののことだ。
 たとえば、対戦型ゲームの実況配信は、人間自身がゲームをプレイしていないとゲーム側の規約に引っかかるため、AI単独でやれるジャンルではない。当然、大会やイベントへの参加はAIの動かすVTuberには不可能である。こういったところでは、ゲームの開発元やイベントの運営者の方針が変わらない限り、人間が独占する分野として成立するだろう。
 また、特定の作品やジャンルに対する推し語りであったり、濃厚なオタクトークであったりは、視聴者が何か特定の答えを求めるわけではなく、話者たるVTuber自身の考え方や想いを知ったり共有したりするためのコンテンツである。こういったジャンルでも、AIは当たり触りのないことは言えるものの、ジャンルの核の部分にまで触れた話は広げづらく、一般的な会話や質問への回答と比べて展開しにくい。
 このように、AIが踏み込めない分野、踏み込みづらい分野については人間の方に分があり、そこにVTuberとしての活動の軸を置くなら簡単には崩されないと考えられる。

 いずれの対抗策にしても、別段新しいことを始める必要はなく、現状の活動の拡張によって実現することができる。特にAIの活用に関しては、前面に押し出すのではなく便利なツールとして使っていくことで、現在の半アバター的な立ち位置を崩すことなく、配信内容を充実させる余地があると言えるだろう。

既存のVTuberはAIの『親』になれるか

 もう1つの可能性として提示したいのは、VTuber自身がAIによって動くアバターのモデルとなって参画すること、つまりは今後生まれてくるAIアバターの『親』となることだ。
 音声合成の分野においては、既にこうした試みが行われており、バーチャルシンガーである『花譜』がモデルとなった『可不』という歌唱用の音声合成ソフトが作られていたりする。

 こういった、VTuberなどの配信者を元にしたソフトウェアが開発され、不特定多数のユーザーに使われるようになる流れは、今後AI関連技術において盛んになるだろう。その時、既存のVTuberはどのように関わっていけば良いのだろうか。

 先に述べた『NOW ON AIR』のようなサービスは、モデルとなる人物のブランドや特徴を活かす形で自動生成のコンテンツを展開することを目的としている。この場合、AI側にはモデルとの差異がないこと、モデルの印象を棄損しないことが前提として求められる。AI側の言動が独り歩きして、元となった人物が炎上したり変なイメージが固定されたりするのは、まず御法度と言って良いだろう。
 一方、AIアバターを自由に使えるソフトウェアとして展開する場合は、必ずしもモデルの人物との同一性を担保できるわけではない。『VOICEROID』や『Softalk』などの音声合成ソフトがいい例で、キャラクター性に忠実な寸劇だけでなく、雑学的な解説動画やゲームプレイの実況音声、果ては政治批判や怪しげな広告動画にまでソフトの読み上げが使われている。勿論、ソフトウェアの利用規約としてある程度の制約は設けている筈だが、作成できてしまう以上は歯止めも効かないといった状況だ。
 しかも、AIアバターの場合は本人が言ったかのように見せかけることもできる。あくまで音声合成などをユーザーの指示で行うなら『勝手に言わせた』という言い訳が立つが、偽動画としてAIアバターの言動が拡散された場合、この疑念を払拭するには「本人は絶対言わない」という信頼を得ている必要がある。そのためには、途方もない規模の努力を必要とするだろう。

 VTuberは、架空のキャラクターを演じているとはいえ、特定の人格やイメージの担保が重要な存在だ。したがって、AIのモデルとなっていく上ではできる限り一致性を求めていくことが重要と言える。コンビニや飲食店、様々な企業とのタイアップを考えるなら、なおさらイメージを保つことは大事になってくるだろう。
 反面、VTuberのコンテンツとしては、型にはまった挙動よりも自由度を高める方が『らしさ』を表現できる。AIアバター化した推しに、常によそ行きの改まった態度で動かれるようでは、ユーザーとしてはとてもつまらない。歯に衣着せぬ物言いが魅力になっている配信者であれば、いっそう遠慮なく喋ることを期待される筈だ。
 こういった要望と、VTuberの価値を守るためのライン引きとで、開発が板挟みになることは想像に難くない。

 既存のVTuberをAIアバターにする、それらをソフトウェアとして市場に出すといったことは、現状ではまだ難しい部分が多い。だが、いずれは配信業全体の流れとして、AIを活用した自動化やAIアバターとの協業が求められていくことになる。
 AI利用に関して様々な仕組みが策定され、ハードウェアとソフトウェアの両面から技術の実用化が進んでいる今のタイミングこそ、当事者のVTuberや彼らをマネージメントする事務所は、積極的にその可能性とリスクについて議論を交わすべきだと個人的には考える。その上で、AI関連技術を活かした新たなVTuberの形を提示していってくれることを願いたい。

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