消費される社会
最近RADの追悼曲をよく聞く。
2014.3.11「カイコ」と2018.4.8「車窓」のゆったりとした曲調でどこか寂しいことを歌っている雰囲気が好きでここ1週間くらいYoutubeを開くたびにずっと聞いている。
さて、ずっと忘れられずにいつまでも心に残っているスピーチがある。
2012年のリオ会議(rio+20)で「国連持続可能な開発会議」で、世界一貧しい大統領と言われているウルグアイのムヒカ大統領のスピーチ。
貧しい、というのは当時100万円ほどだった給料を9割寄付して生活したりしていたかららしい。
今の社会は10万時間持つ電球を作れるのに1000時間しか持たない電球しか売ってはいけないのです。
これがずっと残っているフレーズ。
消費社会だから、消費して経済を回している。
その消費を止めてしまうと不況がくる。
我々は消費社会に操られているんだ。
といった内容。
たしかに都内に10分歩いてコンビニがないなんて結構珍しいしね。
まあでもこのスピーチは消費社会ダメ!絶対!ってことを言ってるんじゃなくて、「本当の幸せ」とは何かっていうのを再定義しようぜって話なのでズシンとくる。
消費社会に生きているっていうのは疑いようもない事実なんだけど、大3の就活!就活ゥ!って雰囲気に包まれている中で思ったのは
人間も消費されてるんじゃないかな
ってこと。
いま、就活の時期はどんどん早くなっている。
3年の夏のインターンがあって、
9月、10月になぜか平日で授業を切らないと参加できない1DAYインターン(5DAYSなんてのも)がある。
いまは11月後半周りの人は本選考が始まってる人もいるみたい。
行きたい企業がしっかりあって、自分のやりたいビジョンもクリアで自意識をもって進められているならいい。
だけど、就活の流れってまるで台風前夜の濁流みたいに荒々しくて大氾濫してる。
そんな中で自分の意識を確固ともってブレないでいくのは相当な覚悟と自分の軸が必要。
で、社会人になって、忙しくなって、いろんな仕事を経験して退職。
退職したら80歳くらいか。
きっと人生あっという間。
比喩じゃなく「あっ」といってるうちに過ぎていく。
きっと誰かが作った社会で、誰かから振られた仕事をして、誰かから言われたことだけやっていたら”消費される”人間になってしまう。
人間も消費される社会なんて怖い社会だねえ。
でもきっとそういうことになってるんだろうな。
RADの追悼曲を聞いているおかげで、7年前に3.11があったことを思い出せる。
就活生は、いや就活生以外の人もか、人間だれしも目の前に大変なことが迫ってるといっぱいいっぱいになっちゃうけど、幸せレベルを「生きてる」ってことにぐーーーっと下げてみるとちょっと心が軽くなる。
自分にしかできないこと、自分がやりたいこと、自分にしか歩めない道を歩んでいこう。
せっかく生まれたことだし、親孝行も含めて、目一杯楽しい人生にしよっと!
"Paths are made by walking." -Franz Kafka
あ、RADのはまってる曲もはっとくので是非聞いてみてね。いい歌なんだよこれが。
2014/03/11
2018/04/08
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