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編集者からデザイナーになったワケ

欠員からなる編集者

高校生からデザインだけを学んできたわたし。もちろん就職もデザイナー志望でした。憧れの出版社に行きたくて、会社宛にメールを送ると「無給&無休」でいいならという返信がきて、金持ちでもないのにそんなことできない…と、簡単に諦めました。転職活動をする中で出会った出版社は、地方の小さな会社で書類審査、面接をクリアし淡々と就職。会社に行くと「制作は手が足りてる。編集部なら席があいてるから」と言われ、その当時は編集者が何者かすら知らないまま、流れるままに承知しました。20歳のときの話です。

これってわたしのやりたいことじゃない?!

入社してやることは、アポを入れること、新商品の原稿を書くことでした。幸い、日記やブログを書いて文章を書くことは嫌じゃなかったけど、たった60文字程度の原稿を完成させるのに、編集長になかなかOKがもらえず、2〜3時間かかっていました。気づいたら3年経ってて、もうその頃には中堅とかで、夜遅くまで仕事したり朝までやったり、むちゃくちゃなことをやっていました。正直きつかった…。だけど、20代一人暮らし。そう簡単に会社を辞めることも思いつかず、違和感にも気づかずに続けた結果、気づいたら9年が経っていました。
結婚で一旦会社は退職しましたが、転職した会社でも同じ編集者として雇ってもらい、編集者人生は続く…と思っていたけど、日に日に追う違和感。過去やってきたことを振り返りはじめると「あれ、これってわたしのやりたいことだったっけ?」にたどり着いてしまったのです。

もう一度振り出しにもどって考える

自分のやりたいこと、やってきたこと、できることがわからなくなってしまったわたしは、会社を辞め、自分を見つめ直すことにしました。元々はデザイナーとして出版社に入りたかった。それが夢だった。出版社には入れたけど、ただデザイナーの席がなくてたまたま編集者になったことを思い出しました。ごまかしごまかしやってきたことにここで初めて気づきました。そうか、わたしが本当にやりたかったことって….。

方向転換しても、デザインの“感覚”はすぐに目覚め、転職をせずとも頼ってくれる企業や人が自然とあつまり、退職後もすぐにフリーランスとして細々とやれました。気持ちが解放され、たのしくてたのしくて仕方ない…。ああ、わたしのやりたいことはやっぱり、ここにあった!と思えた瞬間でした。社会人10年目でようやく気付くことができました。

編集力は決して無駄ではない

アポを入れたり、取材にいったり、文章だけを書くことはなくなりましたが、相手からもらった情報を整理する、伝えたいことを整理するということは変わりません。どうやったら読者に伝わるか、ターゲットにささるか、現場にいたからこそわかることも見えることもあります。欠員からはじまった編集者とはいえ、無駄ではなかったと、今は思えます。


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