ものがたり屋 参 泡 その 3-1
いつも Zushi Beach Books をお読みいただき、ありがとうございます。
これまで「ものがたり屋 参」シリーズを毎週新作を更新してきました。現在は「泡 ( あわ )」のその 2 を公開中で、今回はその 3 完結編を公開する予定でした。
ご存知のように、いま癌サバイバーとして抗癌剤治療を続けている最中なんですが、これまではその治療の合間を縫って、なんとか更新してきました。今回、点滴投与する抗癌剤のひとつを変更したところ、いままでになく副作用が酷く、火曜日に点滴後、今日までまともに原稿を書くことができなくなってしまいました。
なんとか毎週更新するペースを維持したかったのですが、さすがに執筆に使える時間がほとんどとれず、今回は「泡」その 3 を完成させることができませんでした。
それでもなんとか公開をしたいということで、今回はその 3 の一部を公開することにしました。
原稿用紙で五枚程度の暫定版とはなりますが、ぜひお読みいただければ幸いです。
もちろん来週には「泡」その 3 の完成版をお送りしたいと思っております。
これからも Zushi Beach Books をご愛顧いただければ、これに勝る喜びはありません。よろしくお願いします。
うっかり閉め忘れた襖の影、街灯の届かないひっそりとした暗がり、朽ちかけている家の裏庭、築地塀に空いた穴の奥。
気づかなかった身のまわりにある、隙間のような闇に、もしかしたらなにかが潜んでいるかもしれない……。
泡 その 3 -1
膨らんでいくのは、なに?
心を満たしていくのその膨らみは、なに?
その煌めくような膨らみは、なに?
そしてそれはやがてどうなるの?
海から吹いてくる風がすこしだけ強くなった。熱い吐息のようなねっとりとした風がこの実の全身を包む。
気づくとうっすらと汗をかいていた。
サマーベッドの上で身体を起こすと、この実は海を見つめた。
すこしだけ傾きはじめた陽からは、しかし相変わらず強烈な陽射しが照りつけている。空が蒼い分、海もまた碧く煌めく。
吹いてくる潮風を浴びながら、打ち寄せる波音を聞いていると、ここがどこなんだか一瞬解らなくなる。ただあるのは陽射しと蒼空と碧い海だけ。
「ちょっと海に入ってくる」
この実は立ち上がると砂浜を歩き出した。
砂まで熱い。
あまりに熱いのですこしだけ早足になって、波打ち際へ急いだ。寄せる波が素足に当たる。波打ち際の水も暖かかった。
一歩一歩確かめるように海へと入っていく。
膝のあたりの深さになると海水の温度がすこし変わったのが判った。
さらに進む。やがて腰のあたりまでの深さになると海水が心地いい冷たさになった。
胸の辺りの深さになると寄せる波に身体全体が揺れる。寄せては返す軽いうねりにその身を委ねる。この実は思い切って頭を潜らせた。口元から漏れる空気の泡が立てる音が鈍くくぐもって聞こえてくる。
頭の芯の熱がすこし冷めたころ、その頭を上げた。
両手で顔のあたりに流れ落ちる海水を拭った。
そのまま仰向けのまま身体を浮かせた。うねりが身体を揺らす。
ゆらゆら。
空はどこまでも蒼かった。
ゆらゆら。
吹いてくる潮風を頬に感じる。
眼の端に真っ白な入道雲が見える。その入道雲をじっと見つめていると、なにかの形に見えてきた。
──もこもこと盛り上がっている部分は頭かな。
そんなことを考えながら見つめているうちに、その真っ白な入道雲の一部分が人の顔のように見えてきた。
なんだか懐かしい人の顔のように見えてきて、しかし思い当たる人もいなくて、この実はまた蒼空に視線を移した。
すこし大きめのうねりがやってきた。この実の身体が波間に揺さぶられる。この実は身体を起こすと、足を着いた。そのまましゃがみ込むようにして頭の天辺まで潜った。
息が続かなくなり、頭を水面から出した。
両手で顔を拭うとそのまま空を見上げた。蒼い空が広がり、ところどころに白い雲があった。傾きはじめた陽が海を煌めかせている。
この実は波打ち際へと戻ることにした。ゆっくりと掻き分けるようにして歩く。心地いい冷たさだった海水が温かくなっていくのが判る。膝のあたりの深さだとまるでぬるま湯のようだった。
濡れた素足で砂浜を歩いていると声をかけられた。
「この実おねえさん」
七海だった。
はじめから
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「Zushi Beach Books」では、逗子を舞台にした小説はもちろんのこと、逗子という場所から発信していくことで、たとえば打ち寄せるさざ波の囁きや、吹き渡る潮風の香り、山々の樹木のさざめき、そんな逗子らしさを感じることができる作品たちをお届けしています。
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また、今回の Kindle 版の販売にともない、「ものがたり屋 参 その壱」「ものがたり屋 参 その弐」の各話について NOTE でお読みいただけるのは、その 2 までとなります。完結編となるその 3 は、Kindle 版でお楽しみください。
よろしくお願いいたします。
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