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『天と地のクラウディア』第5話

三 水面に立つように

 どうにも話が噛み合わなかった。

「何を覚えている?」
「何も忘れていないよ」
「私の名前は?」
「知らないよ」

 質問ばかりされているけれど、こっちだって訊きたいことは山ほどあった。
 僕がベッドに腰を下ろすと、女の子は僕の目の前まで近寄ってくる。

「昨日……じゃないか、丸一日眠っていたから一昨日ね、何があったの?」

 丸一日眠っていたことすら、今この瞬間初めて知った。どうりで目覚めた時、うまく声が出なかったわけだ。

「だから、さっきから言っているじゃないか」

 苛立ちが募りすっかり口調が崩れてしまっていた。初対面がどうとか関係ないほどに、彼女は僕にあれこれ詰問してくる。

「僕はユーリじゃないし、雲の上とかわけのわからない世界に住んでいないし、記憶は何も失っていないって」
「二重人格? 別の記憶植えつけられた?」

 どうしてこうも僕の主張は彼女に何一つ届かないのだろう。

「別人っていう可能性は考えないの?」
「声が微妙に違うような気がするだけで、こんなそっくりな別人がいるわけないじゃん」
「じゃあ君の見解を聞かせてもらおうかな」

 彼女は怪訝な表情で吐き捨てるように言った。

「もうそんな冗談面白くないからやめて」

 どちらかというと、今僕の置かれている状況の方が冗談みたいだけど、何も言い返さなかった。どうすれば信じてくれるのだろう。

「決めた。レミニスの前にみんなに会いに行こう」

 自分の頭の中で何の結論がまとまったのか、彼女は突然僕の腕を取って立ち上がらせた。そのまま引かれて扉の方へ連れていかれるが、小柄な子に腕を引かれるというのは随分体勢が悪い。

 女の子の腕を丁重に振り払い、いつの間にか着替えさせられていた着慣れない服を正す。意識を失う前はほとんど寝間着みたいな格好をしていたのに、今は何やら上質そうな布を使ったゆったりした上下の服を着ていた。城に部屋を持つ人間に相応そうな寝間着、といった感じで、なんだか肌に合わない。

「どこへ行くつもり?」
「みんなのところ」

 まるで説明になっていない。訊いたところで何もわからなかった僕は、ひとまず動きやすい格好に着替えさせてほしいと言って女の子だけを部屋の外へ追い出した。

 一人になって改めて、窓へと近づく。もう一度、外の世界を目に焼きつけるように見渡す。

 雲の上の世界、とあの子は言っていた。まさかとは思っているし、どうせ夢でも見ているんだろうとも思っているが、こうして外の世界を見ていると、雲の上、という表現はなかなか的確なように思える。

 高いところからの眺めだから、地平線か水平線は見えるかなと思っていたが、見渡す限りそれらは見えず、陸地の端は霧に覆われているようにぼんやりとしていた。今僕のいる高さと同じぐらいになると、その白い壁みたいにそそり立つ霧は薄れ、さらにその上に太陽が見える。それはまるで雲に四方を囲まれた一つの都市のようだった。

 ただ空だけは、僕のよく知る青だった。その色が夢か現実か惑わせてくれているのだが、一方でどこか安堵をも感じられた。

 きっと実際に教えてもらうまで僕がどこに来てしまったのかわからないだろうし、そもそもあの子の誤解を解かないといけないし、何かと簡単に物事は進まなさそうだった。ひとまず彼女の言う通りにしか動くことはできないのだから、さっさと着替えてどこかへ連れて行ってもらおう。

 ふと、サイズがぴったりの服の袖に腕を通しながら思いが巡る。
 あの子の言動からして、僕が誰かと間違われているのはいい加減察していた。しかし、どんな人間なのだろう。

 僕に間違われている人は、一体、どんな人物なのだろう……。

「ねぇ、まだ?」

 ドアの向こうから、苛立ちを音にしたようなノックと声が聞こえ、僕は慌てて脱いだ服を畳んでタンスを閉めた。

「ごめん。で、どこへ行くの?」

 ドアを開けながらダメ元で再度尋ねると、彼女はくるりと踵を返し、背中越しに言い放った。

「探索部のところ」

 やっぱり何も、わからなかった。

          *

「おお、ユーリ! もう大丈夫なのか?」
「まだ安静にしていた方がいいんじゃない?」
「ずっと眠ってたらしいじゃん。出歩いて平気なのか?」

 知らない顔が皆例外なく知った風に話しかけてくるものだから、僕は弁明どころか頭が追いつかなくて、ああ、とかなんとか呻き声みたいな返事を曖昧にすることしかできなかった。

「何これ、どういう状況?」

 たまらず僕の隣を平然と歩く女の子に耳打ちするように訊いた。名前を呼ぼうとして、そういやまだこの子の名前を知らないことに気が付いた。

「あとで説明するから」

 そう言って、教室みたいな部屋を突っ切って進む。

 いくつもの階段を下り、迷路みたいな廊下を進んだ先で、僕の連れて来られた場所はどうやらこの部屋だったみたいだ。広さは最近リザミアと行ったばかりの教室よりも広く、部屋の端から端までの長い机が等間隔で並んでいた。その上に資料のような紙や書類が乗っていて、町の集会所で大人たちが会議をしているような印象の部屋だった。

 僕が中に入ると、視線が一斉に集まりおお、と教室内がざわめいた。すぐ近寄って声をかけてきてくれる人や、僕が部屋を向こう側に向かって歩く中で話しかけてくれる人たちは、一様に若者が多かった。全員で三十人ほどだろうか、ほぼ全員が僕に声をかけてくれ、案の定僕は軽いパニックみたいな状態に陥ってしまっていた。

「やっぱり、みんなを見ても思い出せないんだね」

 ぼそりとこぼれ落ちるように呟いた彼女の声は、どこか諦念が滲み出ているようだった。僕の聞き間違いではなければ、ようやく彼女も現実を受け入れ始めてくれているのかもしれない。

「だから、僕は」
「お願い」

 入ってきた扉から真っ直ぐ歩くと、また扉があった。部屋を真っ直ぐ突っ切った彼女は、扉を開きながら消え入りそうな声で言う。

「思い出せないよりもずっとつらいんだから」

 何のことだろう、と思った。

 扉の先は細い廊下になっていて、僕たち二人がちょうど並んで歩けるぐらいの幅しかなかった。その奥に、また扉がある。

「お願い」

 途切れ途切れ耳に届く声は、何かを決意したような思いを纏っていて、狭い廊下に反響する。黙り込んで、何か言いたげに口を開いて、閉じる。そんな彼女の様子を、僕はちらちらと盗み見ていた。

 かちゃり、と彼女が再び扉を開ける。その瞬間、扉の向こうから溢れ出すような風を感じた。

「知らないなんて、言わないで」

 ばたばたと服と髪ががはためくほどには強かったが、海沿いの町よりもずっと乾いた心地の良い風だった。その風に乗って、はるか遠くへ、どこまでも高くへ行けるんじゃないかと錯覚してしまいそうになるほど、壮大な風を感じた。

「そんな顔をしないで」

 僕が扉の手前で動かないでいたら、彼女だけ先に進み振り返った。

 僕と真っ直ぐに対峙して、小さな身体から精一杯の力強さを発するように、射抜くように僕を見据えた。

 僕はどんな顔をしていたのだろう。そんな顔をするなと言う彼女自身の表情を見ていると、自分がどんな顔をしているのか不安になる。何かを堪えるような、じっと耐えているような、女の子のそんな顔は見たくない。

 僕こそ君に言いたい。そんな顔をしないでくれと。

「なんだこれは……」

 しかし口から出たのは、やはり別の言葉だった。

 そんな顔をしないで、と言われても何と答えればいいのかわからなかった。多分僕は、その回答から逃げるように、衝撃的な光景を目の当たりにしたから都合よくそう口にしたのだと思う。

 訊きたいことは山のようにあった。だが僕にはその山の塵を一つずつ、ほんの少しずつしか取り除いていけない。目の前の悲痛にも見える表情をできれば見たくはなかったが、それよりも先に、僕は知らなければならない。

 そう思った刹那、実感が波のように押し寄せてきた。もしかして、とんでもないところに迷い込んでしまったのではないか。彼女に連れてこられたこの場所で、吹きすさぶ風に煽られ、女の子の強烈な視線を感じながら、僕は僕の置かれている状況を実感していく。

 ほんの小さな恐怖が芽生えて、ほんの僅かな戦慄が走った。しかしそれらは信じられないほど大きな高揚感に、一瞬で飲み込まれてしまう。

「人が」

 僕は唇を震わせて声を発した。風にかき消されてしまいそうな、不安定に揺れ惑う声音だった。

「人が、飛んでる……!」

 僕の遅すぎた反応に、女の子はさっと目を伏せた。それは何かを諦めたようなそぶりにも見えた。

 扉の先は屋外だった。広大な庭みたいな敷地で、驚くべきことに周囲を白いもやもやした壁が囲んでいた。
 先ほど僕が部屋の窓の外、遠く街の向こうに見えた白い壁が、相当な高さまでそびえ立っていた。遠目だと濃い霧のように見えたが、こうして近くで見ても壁の向こうは見えなくて、それは霧というよりも、空に浮かぶ雲のように思えた。

 左右を見渡すと、同じように白い壁がこの空間を囲みあげていた。三方を雲みたいな壁で仕切られたこの空間で、それだけでも十分にインパクトのある光景なのだが、何が衝撃的なのかというと、つい今しがた口走ってしまったが、無造作に人が飛びかっていた。

 幾人もの人が、当たり前みたいな顔をして飛んでいる。縦横無尽に宙を舞っては羽を休めるように木で舗装された地面に降り立ち、また思い立ったように飛び立つ。

 僕が襲われた時にも同じように宙に浮かぶ人間を見ていた。しかしこれほどまで当然のように、まるで誰もが軽い運動をしているかのように、特に大きな動作もなく空中を飛び回っていると、さすがに僕の方がおかしくなってしまったのかと思ってしまう。

「飛ぶのも忘れたの?」
「だから、僕は何も忘れてないよ。人が飛ぶなんてあり得ないようなこと、記憶喪失以前の話じゃないか」

 いい加減僕が何もかも忘れたことになっていることが煩わしくなって、つい尖った口調で返してしまった。僕のことよりも、さっさとこの状況の全てを一刻も早く説明してほしい。

「あなた、名前は?」

 涙を堪えているような弱々しい声を聴いて、僕は空飛ぶ人間たちから、しばらくじっと動いていなかった彼女へと視線を戻した。

 目の前の女の子は、声の通り悲しみで張り裂けそうな表情をしていて、僕は思わず狼狽えた。何を訊かれたのかわからなくなって、不自然な間が空く。えっと、そうか、名前を訊かれたのか。

「僕は、レグ。レグ・シェイルド」
「そう……」
「あ、あの、大丈夫?」
「……大丈夫そうに、見える?」

 とてもじゃないが見えなかった。会ってまだ間もない少女だが、あまりに悲哀を表に出すものだから、僕は心当たりのない罪悪感みたいな意味不明の思いを抱いていた。

 ごめん、と何に対して謝っているのかわからない言葉が口から出そうになって、そんな無責任なことは中途半端に口にすべきでないと思い留まる。それはむしろ彼女をさらに傷つけてしまいそうな気がした。

 置かれている状況や、目の前の光景や女の子、いろんなことに困惑しすぎてどうしようもなく立ちすくむ僕に、彼女は言った。

「私は」

 言って、ほんの僅かに微笑んだ。

「私は、ジェンナ」

 よろしくね、とかすれた声が届く。

 全部強がって隠そうとしているのだろうが、いろんな感情がその声と顔に滲んでいて、まるで他人事のように痛ましく思った。

 でも実際のところ、これは他人事でも何でもなくて。

 きっと彼女は――ジェンナと名乗った女の子は、紛れもなく僕によってそんな表情になっている。初対面でも見てわかるほどの哀しみを覚えている。

 彼女が僕に名乗ったということは、僕が彼女の思っている別の誰かではないと認めたということだ。

 ジェンナは僕の脇をすり抜け、さっき閉めたばかりの扉を開けた。ついて来て、と囁くように言うジェンナの俯き加減の顔は、前髪に隠れてよく見えない。

「お互い少し、話をしましょう」

 小さな背中越しにそう告げて、早足で先を行く。異議はなかった。出遅れた僕は小走りにその背を追いかける。

 狭い廊下に、僕とジェンナの足音だけが空虚に響く。

          *

「あなたがユーリじゃないのは仕方なくわかったわ」

 仕方なくわかった、とまた随分と珍しい言い回しをして、ジェンナはようやく立ち止まった。雲の壁じゃなくて本当に城壁みたいな建造物があって、ということはここは本当にお城だったみたいで、その出入り口であろう大きな門の手前で、ジェンナは僕をまじまじと顔を見つめた。

「ユーリにそっくりというか、もう同じだよ、同じ。ほんと魔法にでもかけられたみたい」
「それは僕もいい加減わかっているから。僕とそっくりのユーリって人とずっと間違えられていることぐらい」
「別にあなたは誰でもいいけど、ということは本物のユーリはどこに行ったの?」

 僕は偽物のユーリでもないが、とにかくようやく話が先に進むような気がした。

「いや、話し合おうっていうのは大賛成なんだけどさ……」

 でもどうして往来の多いこんな場所でわざわざ立ち止まったんだろう。往来というか、たまに空を飛んで僕の頭上を越えて行く人もいるものだから、落ち着いて話すこともできない状態だった。

 あの空間だけではなかった。僅かに見える門の外も似たような光景で、ここはどうやら飛ぶ、ということが常識であるかのような世界であることはわかった。果たして門はその意味を成しているのだろうか。

 と身も蓋もないことを感じていると、不意にどんと背中を叩かれた。

「おお、ユーリの坊主じゃねえか! 心配していたが無事だったんだな!」

 体格の良い髭面のおじさんが、その外見にぴったりの野太い声で豪快に笑っていた。驚いて目を丸くしているうちに、じゃあな、と大股で歩き去って行った。

「あれ、ユーリさん。噂では結構大怪我だったって聞いてましたけど、無事だったんですね!」

 その大きな背中を呆けた目で見ていると、今度はジェンナぐらいの背丈の男の子が話しかけてきた。髪も短くて、今度は本当に男の子だったが、彼は目を輝かせて僕を見ていた。

 思わず助け船を求めるようにジェンナを見ると、彼女はふわふわと空中で膝を抱えて座っていた。空中で座るってなんだ、と思っているうちに男の子は授業に遅れるのでさよなら、と言って慌ただしく駆け出して行く。

 その幼さの残る背中を見ているとまた声をかけられる、という事態をそれから三回ほど繰り返した。僕が一言も話さなくても、皆僕の、というよりユーリという人の無事を喜び、何かに追われるように立ち去ったり飛び去ったりしていった。

 ジェンナだけがその場に居座っていたが、僕が助けを請うように目を向ける度興味のなさそうな目で様子を見続けるだけだった。彼女もまた、一言も話さなかった。

「ど、どうなってんのこれ……」

 元々石で舗装された通路の脇で立ち止まってはいたが、あまりにキリがないので避難するようにさらに通路から離れて土になっているところで大きく息を吐く。

 それまで呑気に宙で座っていたジェンナが、音もなくふわりと地に降り立った。

「この城にはあなたの友人がいかに多いか実感できた?」

 話しかけるまではいかなくても、こちらに目を向けてくる人は多かった。もしかして彼ら彼女らも皆ユーリという人物の友人だというのか。

「いや、僕の友人じゃないけど」

 今の台詞のどこかが違うなと思って、冷静にそう返すと、そういう意味じゃない、とジェンナは呆れたように首を振る。

「誰もあなたをユーリじゃないと気が付かなかった」
「まあ、みんな忙しそうだったし」
「そういう意味じゃなくて」

 僕は振り向いて、再度人の行き交う門と建物との間の通路を眺める。何人かに手を振られたような気がしたけれど、中途半端な笑みしか返せなかった。

「その人たちみんなに対して、あなたがユーリでないことを信じさせることはとても難しい」
「別に信じてもらう必要はないけど」
「みんな心配するでしょ。それに、どう考えてもユーリの行方不明と関連性の高いあなたがひたすら詰問されまくる未来が見えるわ」
「それはものすごく面倒だね」
「でしょ? 私も片っ端から、こう見えてこの人はユーリじゃないんです、なんて言い回るのは絶対嫌。それなら偽物なんて放っておいて本物のユーリを捜索する方がよっぽど現実的だよ」

 僕は偽物のユーリではないが、同意見ではあった。こうして通路に立っているだけで周囲のあの反応だったのだから、あまり大々的に公表して話を大きくしすぎると厄介なことになりかねなさそうだ。

 しかし、ユーリという人が行方不明なら大人数で探す、というのも一つの選択肢だとは思うが……。

「何より、レミニスに心配をかけたくないから」
「レミニス?」

 そう言えば、初めて部屋で会った時もその名を口にしていた。ユーリとジェンナの仲の良い友達だろうか。

「レグ……だったっけ。あなた本当に何も知らないんだよね。クラウディアも空を飛ぶことも知らないなんて、まさかとは思うけど地上の人?」
「どうしてまさかとは思うのかわからないけど、地上の人だよ。というか地上で暮らす人を地上の人なんて言わないよ」
「地上の人って、雲の上に私たちがいるの知ってたっけ?」
「悪いけど、意味がわからない」
「じゃあなんでここにいるの?」
「ここがどこかもわからない」

 ため息をつかれた。

「……何から説明してほしい?」

 すごく面倒そうな顔をして、すごく面倒そうな口調で言う。

 僕は同じぐらい面倒そうな感じが伝わればいいなと思って、肩をすくめて言った。

「全部かな」

 どうしようもないといった表情で、ジェンナは片手で額を押さえる。奇遇にも、気持ちを代弁してくれているかと思うほど、僕も似たような心境だった。

「レミニスに会いに行く前に、もう少し私たちの認識を共有する必要がありそうね」
「呼んだ?」

 同意見だと頷いたところで、不意に背後から声がした。リザミアとはまた違った凛として透き通るような声音。どことなく聞こえは似ていたが、まさかリザミアがこんなところにいるわけはないので僕は特に驚くようなことはなかった。

 代わりにジェンナが驚いたように目を見開いていた。いや、驚くというより、不意をつかれて焦っているような、その声がしたのが最悪のタイミングだと言わんばかりの変わった表情をしている。

 死人が化けて出たのだろうか、そう思って振り向くと、まず、長く美しい金色が目に飛び込んできた。金色の――髪。

 背中の真ん中ぐらいまで伸びているその髪は、まるで日の光を編み込んだみたいに輝いて見えた。太陽に愛されて育ったかのように、その人物は眩しく見えた。真っ白なワンピースを着ているからだろうか。

「やあ、二日ぶり。殴られたそうなのに、元気そうじゃん」

 目の眩みそうな明るい笑顔と、声音に合わず気さくな口調で、その人物――僕と同じぐらいの背丈の女の子は、僕の目の前でふわりと浮かび上がった。首を反ってその姿を追おうとしたが、その子は僕の頭上を飛び越えて背後に降り立った。再び振り向こうかと思った瞬間、頭を左右からがっと握られた。

「動かないで」

 脅迫されている人の気分はこんな感じだろうか。

 そんな可愛らしい声で言われても普通は脅されてるように聞こえないが、何せ僕にとっては知らない人だ。変な汗が滲んできた。

第6話
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