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コーヒーが繋ぐ人と人、国と国

ミッションスクールの生徒たちが繋ぐチャリティの和

日本で飲む一杯のコーヒーが、遠いアフリカ大陸の国マラウイの学校給食代になる。
日本ではまだ珍しいソーシャル ビジネスを学校の活動に取り入れた学生たちがいる。
サレジオ学院中学校高等学校の「マコシ プロジェクト(MACOSY Project=Malawi Coffee with Salesian Youth)」だ。
その活動の母体であるNPO法人「せいぼ ジャパン」理事長で、
ウォーム ハーツ コーヒー クラブ(Warm Hearts Coffee Club 略称:WHCC)」の代表でもある|山田真人《やま だ まこ と》さんと、マコシ プロジェクトの創設メンバーの1人、|菊地健太朗《きく ち けん た ろう》さんにお話を伺った。

聞き手:サレジオ会日本管区広報 中村、岡本神父
タイトル写真:左から、岡本神父、山田さん、菊池さん

山田 今日はコーヒーを淹れてきました。

全員 おお〜。さすがですね。

山田 イベントの販売では、早く安定した味でたくさんの人に提供する必要があるので、「ハミルトンビーチ(Hamilton Beach)」っていうアメリカブランドの大きなポットで粗挽きで淹れています。
今日は深煎り細挽きをハンドドリップでお湯をしっかりと垂らして抽出しているので、酸味がまろやか、柔らかです。

中村 コクがしっかり出てますね。

山田 そうですね。
これがスペシャルティ コーヒー(specialty coffee)です。

岡本 山田さんはこのチャリティ(マラウイ)コーヒーの販売の前からコーヒーに凝っていたんですか?

山田 社会人になるまでは、コーヒーは全く飲んでなかったです(笑)。勤務先の通信会社「モベル コミュニケーションズ リミテッド Mobell Communications Limited」の上司が、コーヒーを凄くよく飲むので、その影響で毎日飲むようになりました。
ユーチューブ(YouTube)に上司がアップしている動画「私の一日」っていうのがあるんです。500万人以上見てますよ。何が面白いのか?っていうのは置いておいて(笑)。その中にコーヒーを淹れるシーンがあるんです。コーヒータイムがあって、その上司は事務所で毎日3回コーヒーを淹れてました。
外資で、デジタルマーケティングだから、全員がデスクワークしているんです。そこで私が皆さんへの朝のあいさつでコーヒーを配って聞き取りをする。「今日はどうですか?」みたいな感じで。
だから、コーヒーそのものよりも、コーヒーが作り出す雰囲気とか人脈とかが好きなんです。
コーヒーじゃなきゃできないことではないけど、最近はコーヒーだったからこそいい部分というのも感じています。
マラウイの人たちとのコミュニケーションは、コーヒーだから生まれやすいと思っています。

中村 確かにコーヒーがあるだけで話が進みますよね。
スペシャルティコーヒーということは、単一の農場でとれた豆を使用されているんでしょうか?

山田 正確にいうと単一の農協ですね。マラウイの北部にムズズという場所があって、「ムズズ コーヒー コーポレーション」があります。私たちの豆はその中の「マケイエ」という農園に属する5つの小作農のいずれかからきています。
私たちの活動に協力いただいている「アタカ通商株式会社」が生豆の状態で日本に仕入れて、焙煎し、それを私たちに卸しています。

中村 スペシャルティコーヒーはブレンドとは違う個性的な味を感じます。

山田 個性を一番感じるのは、一口目なんじゃないかと思います。
栽培される豆の種類によって、この味の幅というのは決まっていますが、マラウイのマケイエ農園のテイスティングノートだと例えば、「酸味が少し程よく感じられるが、ボディ感がちょうどよくあり、口に残りづらい」っていうのがあります。
菊地さんはコーヒーは好きですか?

菊地 プロジェクトに関わったのが高校1年か2年の時ですが、中学生高校生ってそんなにコーヒー飲まないですよね。
だから関わって初めて「じゃ、飲んでみよう」ってことで飲み始めました。
今じゃもう、家族でウォーム ハーツ コーヒー クラブから定期便購入をしているので、毎朝飲んでます。まだコーヒー初心者なので、豆の違いは分からないです(笑)。でも、毎日美味しくいただいてます。

中村 体にもいいですし。

山田 ここではオーガニック農法で3、4年かけて収穫するのですが、このオーガニック農法というのが、商業的に見れば努力目標なんですね。でもマラウイでは現在それしか方法がないんです。ただ、農法を維持していくのは大変です。霜が降りて育ちが悪いから肥料を買ってなんとか収穫できるようにすることもあります。そうすると、肥料を撒くことのできる特定の業者があって、そこにお金を払わなきゃいけない。そうなると高い経費がかかる。その費用がないと安価な品質の劣る肥料を使って環境問題に目をつぶりながら続けるか、コーヒー栽培をやめるしかなくなってしまいます。
肥料を使うと、年間通して収穫できるが、味は落ちる大量生産・大量消費系のコーヒーになるります。
農園ではオーガニック農法を続けるモチベーションが必要なんですが、コーヒー業界で40年以上ビジネスをおこなっている「アタカ通商」に言わせると、それは「フェアトレード認証※」ではないんです。簡単に言えば「買い付け量」なんです。「フェアトレード認証」を持っていると買ってくれる量が増える場合があるので、それが欲しいんですよ。でも先進国の多くでは、フェアトレード認証の一般的な認知度は、実際はとても少なくて、それが原因で商品を買う人はそんなに多くないでしょう。認証ラベルを取ると、フェアトレード プレミアム(奨励金)が付くのですが、現地での買い付け量を増やして、利益が上がるようになったら、現地で認証ラベルを取れるようにして、プレミアムを現地の農園に還元できるようにした方がずっといい。もっと言ってしまえば、フェアトレード認証がなくてもいいようになればいいんです。買い付ける会社が、その付加価値分高く買えばいいんです。そしたら全部解決するんです。そのためには、その豆が「美味しいんだ」と分かってもらうこと。そしたら高く買ってくれる。だから、それを作るために、現地のためにもなって、この豆がうまいぞって思わせるためには、私たちのNPOと組んで、社会にもいいコーヒーだし、さらに美味しいコーヒーだと認知してもらって、「アタカ通商」から買ってもらう量を増やす。それが一番いいっていう考え方を持ってるんです。

だから、「アタカ通商」の方々は、サレジオ学院の生徒がインタビューに行っても、待っててくれるんです。若い人に分かって欲しいから。社会を良くするコーヒー産業を作ることができる次世代にエールを送ってるんです。
私たちがそういうパートナーと出会ったのはある意味偶然ですけど、でもコーヒーに出会えたのはよかったっていう話になるわけなんです。

フェアトレード認証:フェアトレードとは開発途上国の生産者が良品質のものを生産するために必要な労働環境や生活水準の保証、自然環境への配慮を行うための持続可能な取引サイクルの貿易のしくみのこと。フェアトレード認証は、基準を遵守した生産品への認証のこと。

中村 パートナーの「アタカ通商」は社会問題のことも念頭に置いた企業なんですね。

菊地 ソーシャル ビジネス(社会問題解決を目的とした事業)ってことですね。

岡本 菊地さんたちサレジオ学院中学校高等学校の生徒が山田さんのチャリティコーヒーの活動と組んで、マコシ プロジェクトの活動を始めた経緯をお聞かせください。

菊地 2020年の9月頃でしょうか。サレジオ学院に榎本(えのもと)神父様(サレジオ会)が顧問をされている「カトリック研究会」という活動グループがあって、私たちの学年が高学年になる際に新プロジェクトを始めようという話になって。
メンバーの一人が「うちは男子校だから、バレンタインデーにフェアトレードとか、チャリティのチョコレートを仕入れてきて、校内で配ったり、売ったりしたらいいんじゃないか」みたいなことを言い出したんですね。
榎本神父様が面白そうって探してくださったんですけど、チョコレートだと自分のコネクションの先にないから、コーヒーだったら知り合いにいるんだけど、どう? ってことで山田さんを紹介していただいたのが全ての始まりでした。


榎本神父注:チョコレートからコーヒーに変更したのは、日本におけるフェアトレード・チョコレートのシェアが狭いためか、供給が安定しないからです。一方、フェアトレード・コーヒーの供給が安定していることが分かり、生徒に変更を打診したところ快諾してくれました。因みに、創設メンバーのリーダーは馬越(まこし)くんですが、プロジェクト名とは何の関係もありません(実際には後輩たちがノリで命名したのですが…)。

中村 榎本神父様が繋げたんですね。

菊地 そうですね。
最初は自分たちがフェアトレードついて学習するところから、コロナ禍でしたからズーム(ZOOM)で教えていただいて。
2020年の12月24〜26日に校内向けに販売したのがマコシ プロジェクトとしての第1回目でしたね。
当初は確かサレジオ祭(毎年9月頃開催される文化祭)で売ろうとしていたのですが、ちゃんと概念を知って、どういう目的でやってるのかを知ってからでなきゃ意味がないってことで、時間をかけて勉強して、販売にこぎつけたって感じになりますね。

榎本神父注:第1回の販売は2020年12月18日と24日に分けて実施されました。支援企業の対応力を超えて注文が集まってしまったことが原因です。販売が12月になったのは「9月のサレジオ祭がonline開催になったため、予定していた販売ができなかった」というのが本当の理由です。ところが山田さまとのzoom会議で、WHCCのシステムがフェアトレードであるのみならずチャリティでもあることを知り、販売への欲求が再燃し、WHCCのシステムや考え方を学んで「とりあえず販売する」ことに決まりました。

中村 その時に関わっていた生徒は何人くらいですか?

菊地 中心になってたのは高校生がメインで10人弱くらいかな。私は57期生ですが、たまたま集まりのいい学年だったんです。仲も良くてクリスマスの街頭募金や教会のチャリティなど、活動に積極的だったのでこういうのも始めやすかったんです。
アイデア出すのがいたと思えば、販売にあたってフォーム立て直したり、エクセル書いたりできる人材がいて、榎本神父様に支えてもらいながら、どうにかプロジェクトを始められたんです。

中村 必要なタレントが揃っていたっていうことですね。

山田 私もその一回で終わると思っていたんですけど、それをきっかけにメディアに取り上げられたり、継続して販売機会があって。活動が定期的になったんですよね。それで生徒たちが活動を広げたいって思ってくださったんだと思います。そして、ここまで繋がってきた。

中村 継続しようというのは1回目の販売に関わった人たちが企画されたのでしょうか?

菊地 始めた頃は続けようとは考えてなかった気がします。しかし、ボランティアとかチャリティについて勉強して、支援先のアフリカ・マラウイのことを知るにつれて、1回で終わっては意味がない、続けて支援していくことで意見がまとまって。次に僕らは何をすればいいか考えた時に、後輩にそのノウハウを伝授して、校内での販売体制を継続するのが大事なんじゃないかということになりました。
1回目の販売までは、自分たちがどうするかがメインだったんですけど、高3になってからは皆、受験勉強で忙しくなってしまったので、そこからは後輩の育成に力を入れていく方向にシフトしていったんですね。
今年のサレジオ祭(2023年9月16、17日)で販売をメインでやってくれているのは60期ですかね。これまで3年とちょっと続けてくれています。

2023年9月16、17日で開催された「サレジオ祭」のゲート
9月17日(日)は、近隣の方や他校の生徒、保護者家族などで賑わっていた
カトリック研究会(通称:カト研)のブース入り口
校長のお墨付きというのが昨今の流行のようだ
開催2日目のこの日は、コーヒーは午後早くに完売となっていた
マラウイで栽培したコーヒーを買い、マラウイの子どもたちに給食を届ける。
それがこの活動だ
生徒たちが着ていたマコシ プロジェクトのTシャツと100gのコーヒー豆
なんと、今はブラック ティーも取り扱っている
NPO法人せいぼジャパンの発行する紅茶についての資料

中村 私が伺った際、後輩である在校生たちがまるで自分のビジネスかのように語っているのが、新鮮でした。
後進育成がしっかりできていて、一つの文化として伝わっているのがよく分かりました。

山田 続けていく上での大変さや工夫はあると思いますが、続けてきたからこそ認知されて、学会での発表などにも繋がっています。
さらには、そういった経験をした学生や学校を増やすために、一緒にこのチャリティコーヒー活動を広げることで、カトリック精神のあるビジネスマインドを広げようっていう別プロジェクト「ユース コーヒー ムーブメント(Youths' Coffee Movement 通称:YCM)」もサレジオ学院から出ています。

菊地 本当に後輩たちの活躍には驚かされるばかりです。学会での発表もそうですし、「ユース コーヒー ムーブメント」にしても。
サレジオ祭のある9月は文化祭シーズンじゃないですか。同じ日に全国6か所だったかな?

山田 そうですね。その日私は公立の富山大学で新規の活動だったのですが、それ以外は全てカトリック学校だったんです。
富山大学ではNPOの「JALT(ジャルト=全日本言語教育学会 The Japan Association for Language Teaching」の学会での販売でした。

菊地 ウォーム ハーツ コーヒー クラブのインスタにそれぞれの活動場所の投稿が掲載されています。ドミニコ学園中学高等学校やカリタス女子中学高等学校など。投稿掲載不可の学校もありますが。

岡本 「ユース コーヒー ムーブメント」のアイデアは在校生のどなたが発案されたのでしょうか。

山田 現在高校3年生(59期)の佐伯太陽さ えき たい ようさんですね。

菊地 カトリック研究会に58期生があまりいなくて、僕たちが直接継承したのも59期がメインだったと思います。

山田 サレジオ学院での第一回販売時には、榎本神父様や私の知り合いなどから同じことやってみたいって連絡をもらってたんです。
静岡雙葉中学校・高等学校長野清泉女学院中学・高等学校から。ウォーム ハーツ コーヒー クラブと複数のカトリック学校との提携はすでに始まってはいたんですよ。そして私の中ではカトリック学校、ミッションスクール全校、そして全国に広めていけるんじゃないかと考えているところです。

榎本神父注:YCMの基本コンセプトは「継続性・安定性の希求」で、「カトリック的繋がり」は後付けの理由です。マコシ プロジェクトの活動を後輩たちに継続していくことに困難を感じた佐伯が、「このままでは、いつ活動が停止・休止してしまうか分からない」と将来を危惧し、他校への呼びかけと連携を考えました。カトリック的繋がりと安定性のアイデアは初代のグループも持っており、「サレジオ家族関連学校中高生の集い」において活動を紹介し、最初に手を挙げてくれた日向学院も一早くWHCCの商品を販売してくれています(YCMには未登録)。その後、既にWHCC商品の取扱いを始めていた静岡雙葉・長野清泉と「三校連名でのYCM創設」が実現しました。こうして、三校連名で全国のカトリック校に手紙を送り参加を呼びかけました(現在、9校が登録)。

中村 確かに学校ならどこでもボランティア活動が必ずありますからね。
マインドのある若者が必ず存在していて、ムーブメントが広がっていけばさらに参加しやすくなる。
未来のあるムーブメントだという気がします。

菊地 何より私たちのマコシ プロジェクトユース コーヒー ムーブメントは根底にカトリック精神があるからこそ、カトリックのつながりに助けられてきたなと思います。

中村 カトリック研究会の中で活動しているということは、関わる生徒たちも根底にカトリックがあるということですね。

菊地 最初は出されるお菓子目当てとか、友だちがいるからということで集まってくるんですけど、知らず知らずのうちに雰囲気だったり、榎本神父様がお茶菓子出しつつ、聖書の話してくださったり、宗教の授業を受けている中でカトリック精神が醸成されて、「企画を起こそう」っていう時には、それが基盤になっているというのはあったなと。
57期の生徒もこの活動を始める前、高1の時に、「アルファコース(動画による聖書の入門コース」を見て、分かち合いをやっていたので、多分に経験を積んだからこそ、スタートダッシュの力も強かったのかなと思います。
今は、中一の、小学生とほぼ変わらないような子たちとかも販売の時には手伝いに来てくれるんです。そんな何も分からない状態から、参加してくれていた生徒たちが、関わっていくうちにこういうソーシャルビジネスに辿り着いていく。そういう流れができている。そこに関わらせてもらったのはすごくありがたいことだと思いますし、そういう中で一つ継続できる企画を始められたのは自分としても誇りに思えることだなと思ってます。もちろん、いろんな人の支えがあってこそなんですが。

中村 菊地さんは、サレジオ学院でそうした活動を経て、上智大学の新聞学科に入られていますが、何か理由があるのでしょうか?

菊地 これまで話してきた活動に絡めていうのであれば、「メディア=繋ぐもの」ですよね。こういう活動していて、支援したいと思ってくれている人がいるんだけど、なかなか結びつかない。活動している人がグイグイ走っていって、その人たちに会うのもいいんだけど、それには限界があるじゃないですか。ソーシャル ビジネスに打ち込んでいるようなところ、山田さんを含めて、ちっちゃい規模のところが多いですし、そういう人たちがやるだけでは限界があるなって感じたので、その間を「繋ぐもの」がちゃんと動いてあげなきゃいけないんじゃないかなっていうことで、広くメディアっていうものを学べる環境がある学科がいいのかなと。そういうものを学んでみたいなと思ったのがきっかけで入ったっていうところがありますね。

菊池さん、サレジオ会日本管区管区長舘にて

中村 今回サレジオ学院のサイトやせいぼジャパンウォーム ハーツ コーヒー クラブのサイトやフェイスブック(Facebook)を見ましたが、
活動展開と情報発信にスピード感がありますね。

山田 見ていただいているツイッター(Twitter)、インスタグラム(Instagram)、フェイスブックの掲載は、普段は学生がやってるんですよ。
学校などは自校のサイトや他SNSで発信してくれるので、共有したり。
ここでいうのは変ですけど、私たちのソーシャル メディア手伝う人いませんか(笑)?
学生って忙しいから、それをやるメリットがなきゃいけないと思うんです。教育的なメリットや実質的なことをいえばボランティア証明とか、推薦入試につながるとかっていう。何かインセンティブを学生にも還元できるというのを活動をお願いしながらもやっていきたい。
菊地さんは大学進学後も継続してマコシ プロジェクトや僕の活動に関わってくれていますが、どういうところをメリットに感じていますか?

菊地 僕が思う学生としてのメリットは高大連携でしょうか。総合型選抜(旧AO入試)ですよね。それを取り入れる大学が増えていますが、重視されるのが課外活動だったり、ボランティア活動チャリティ活動なんです。なので、そういった活動をやってみたいと思ってる人はミッションスクールに限らず増えてるはずなんですよね。結果的に人のためにもなるし、私みたいに大学に入ってからも続ける人が増えれば、自分自身の人生や社会に対して良い影響があると思うんです。
活動のSNS更新をされているある学生の方は、せいぼジャパンでインターンされてて、次は就活のステップなんです。ソーシャル ビジネスを通じて、学生が得られる学びには大きいものがあるなって思っているので、単に推薦入試のためだけじゃなくて、社会出た後にどういうことしたいか、何が世の中のためになるか、という学びも含めて、自身に還元されるものがあるなっていうふうに思いました。

中村 体験=学びですね。ソーシャル ビジネスには日本国内向けもありますが、グローバルな体験の場というのが今の日本では貴重ですよね。

山田 もちろん、私が関わっているのはグローバルな活動なんですけど、私はグローバルに限らなくてもいいかなって思ってます。

私は大学で聖書学を学んだのですが、聖書学は今ビジネスに生きてると思っていて。
旧約聖書が訳されていく際に、ギリシャ語とヘブライ語の違いや、旧約聖書の預言者のシーンが新訳聖書からは新たな意味に捉え直されて書かれているんです。そういうのを「タイポロジー(Typology=予型論)」っていうんです。それで論文を書きました。それは新約と旧約をどう繋げるかっていう話なんですよね。繋げるための工夫を何百年としているのが聖書学なんです。
それで、全然異質に感じられるけど、繋がってるはずのものを繋ぐっていう作業をすごく頑張ったんです。
私は論文を書くときに「シラバス(Syllabus=授業計画)」を見て先に課題をやってしまうタイプだったんです。先に予測して、この文献と文献とこの文献を読んで繋げれば、いいレポートになるかなとか考えるのが好きだったんです。
そういうトレーニングを大学で沢山したんですよ。それは私の中で聖書学が最たるものだったんです。
そういうマインド自体が重要なんだと思います。「ソーシャル ビジネスが」というよりも、全く関連性のないもの同士を繋げると、意外にそこに集まってくるものがある。
自由にやることと、普段の仕事と同時並行でも、いつか繋がる時が来ると信じて祈ってるみたいな姿勢が重要だと考えています。

日本で学生に対して一般的に言われるのは、就職したらまずはお金を稼がなきゃいけないと。そうすると授業内容が政治経済や家庭科の延長みたいな感じですよね。だからソーシャル ビジネスをいきなりやるよりもまずは、自分の使えるお金を確保する方が重要だって言われる。でも就職したらそればかりじゃないですか。学生のうちからそうでなくていいんじゃない? って思うタイプなんですよ。

例えば、時間があって、失敗しても許されるからこそ、理想論を掲げてなんかやったらいいじゃないかって思うんですよね。
就職してからでは無駄って言われてしまうような、哲学の勉強とか、ものすごく沢山本読むとか。
私はヘレンケラーの伝記を3、4回くらい読んだんですけど、そういうことをやるとか。意味の分かんないところに打ち込んでみるとか。
高校生の時、夏休みの宿題でもないのに第2バチカン公会議の旧版を読破したんですよ。注とかも全部読みました。
自分で思考すること、意味はわからないけど好きだからやるっていうの、いいんじゃないかなと思っているんで。
今は効率よくなりすぎてると思います。社会人になったら毎日それに追われる日々だから。
学生のうちに美しいものとか、これが理想だってものをしっかり身につけてから、ビジネスの世界で揉まれながらもそれを醸成させる。
そのために学生の時間を使ったらって思います。だから今仕事で私は学生時代の「遊び」が生かせられている気がして。

山田さん、サレジオ会日本管区管区長舘にて

中村 確かに今の教育は効率を求められていますね。
社会に出ていくためのトレーニングが教育になっています。

山田 それじゃ、全然多様性がないじゃないですか。みんな同じようにってなったら、できない人は全員劣等者の中に叩き込まれてしまう。
プログラミングできた方がいいなんて言うのも、できる人に委託した方がもっといい。できる人いっぱいいるんで。
それより、カトリック倫理をちゃんと語れる人の方が少ないですよ。
だから、ものすごくニッチなところを攻めたら、逆にそっちの方が需要があると思います。
でもカトリック学校や教会でやってる活動が、ビジネスにどう結びつくとかっていうのは誰も考えられないんですよね。今のところ。
お金あるんですよ。カトリック教会って。それをどう使うかだと思いますから。それがグローバル・コンパクト・オン・エデュケーション(Global Compact on Education=教皇フランシスコが設立した世界的な教育同盟。バチカンの文化教育庁が運営は、環境問題の側面で、教育アライアンスを学校やその他の組織と組んでいこうという動きも出てきてるんです。

中村 山田さんがやっている活動も、地球規模で人間の活動を考えていこうというこれからの時代に必要なものですね。
人間はやっと、どこか一か所に資源や資本が集中するのではなくて、満遍なく受け取れるようにしていこうと考え始めたばかり。
これからはムーブメントとして広がっていかざるを得ないと思います。
日本の中では山田さんは先達かもしれないですね。

山田 ラウダート・シ(ラテン語「あなたはたたえられますように」の意。教皇フランシスコによる2015年に発表された回勅のタイトル)の「インテグラル(総合的) エコロジー」という言葉を「協働エコロジー」と訳してもいいぐらいだと思っているんです。色んなセクターが一緒に協力すれば、新たな世界が開けます。

以前、市ヶ谷にある大きい印刷会社にコーヒーの「コンポスト(compost=堆肥)」でこのコーヒーの袋作れますか?」って聞いたんです。
イタリアのワインショップで使用されているような、なるべくプラスチックを使わない物ができませんかと。
そしたら大分たってから返事がありました。ただし、お断りの電話で。無視されるかと思ったんですよ(笑)。
その理由というのは、コンポストにする工場がないからでした。
こういうことに対して優先度の高い政治家が出てきたら、日本でもコンポストから包装材ができると思うんです。
私たちってエコロジーのこと考えてても、ごみを結局、沢山出してるじゃないですか。だからごみを減らすのって難しいと思うんですよ。
環境問題を促進するために何か自分たちの生活を変えるっていうのも、難しいです。それだったら、現実を受け止めて、ソーシャル ビジネスに関わる私たちのような社会課題を解決する人たちが仕組みを作って工場ができるためのお金を作ったりとかの方がいいですよね。

ペットボトルを捨てるにしても、これがちゃんとリサイクルされるような技術とかをテクノロジーの方で課題解決する方がいいんじゃないかと思うんです。
仕事が終わって家に帰ったら、缶ビールとか飲みたくなりますよ。それが現実だと思うんです。
大勢の人は綺麗事言うだけですけど、実行するのって難しいと思うんですよね。

中村 コーヒーも淹れた後にかすが出ますからね。
他国ではコーヒー滓を使ったコップや皿を作っている企業はありますね。

山田 壁紙とかもあります。
エコロジーの活動は学校でもありますよね。

菊地 サレジオ学院ではずっとペットボトルキャップやコンタクトレンズの空ケースの回収を生徒会がやってくれていました。
コーヒーから環境にという分野については、新しい形でソーシャルビジネスが生まれる余地があるなと思います。

中村 最終的には循環していくのが理想でしょうか。

山田 「オイコス(oikos)」というギリシャ語があって、「」という意味です。この言葉が、エコロジーや、エコノミーの語根(単語の意味の中心になる意味)なんです。

ちゃんと持続可能な「家」と呼べるような体系的ビジネスモデルを、学生の皆さんに紹介して学びを深め、将来利潤も循環し、環境にも良い循環が現れるモデルを自分たちでも作っていってくれたらと思っています。

私たちNPOの活動も、ビジネスによる収入で支えられています。
それが「モベル コミュニケーションズ リミテッド」という英国法人です。
モベル コミュニケーションズの社員も参加しているNPO法人せいぼジャパンの理事会に
ステークホルダーの関連団体としてサレジオ学院の生徒に参加してもらっています。

菊地 社会勉強として、後輩が参加していたようですね。

山田 モベル コミュニケーションズに出会う前、私は上智大学の神学部にいて、「ヴィーデス(VIDES)」っていうサレジアン・シスターズの国際ボランティア団体に所属していたんです。
その年は赤羽の商業施設「ビビオ(BIVIO)」でハロウィンイベントをする企画があったので、そのためのネタを仕入れに上智大学の「ハロウィンナイト」っていうイベントに面白い外国人がくると聞いて参加したんです。
ハロウィンのワークショップだったんですが、全然観客がいなかったんですよ。そこに登場してきた外国人が何故か焦ってて(笑)。
後で聞いたら、家の門限が6時30分で、プレゼンテーション開始が5時30分からだったんですね。
それで、すごい早口でプレゼンして、一番最後に「マラウイでボランティアしてました。日本でこういうことやりたい」みたいなことを言って。
終わってから、片付けを手伝っていたんです。急いでたから。
そしたら、事務所に来たら面白いからって言われて行くと、そこにモベル コミュニケーションズの当時の社長のトニー・スミス(現会長)がいたんです。その連れて行ってくれたアイルランド人が僕の今の上司で、現CEOなんです。
それで、トニーが私の目を見て、「マラウイに行きたいか!?」って言ってきて。意味が分かんないんですけど(笑)。で、名刺を渡してきたんです。そこに「Doing Charity by Doing Business.」って書いてあって「面白いなこの人、こんな2つが繋がるのかな」って思ったんです。
聖書学じゃないけど、面白いし、その時色々道を考えてる時だったので、悩み出したんですよ。
そして、1か月後に電話して、入社することにしちゃったんです。
その年は2017年で日本はインバウンドブームだったんで、トニーが日本の市場に八割方お金を使いたい、これから伸びるからと。
営業の人員を探してるし、チャリティもやりたいんだけどっていう時期だったんです。そこに入社したんです。
チャリティは立ち上げて最初の時期から活動していたんですけど、メインはSIMカードの営業を7年間くらいやってました。
今年からやっとチャリティの方に自分の時間を割けるようになってきたんですよ。
ビジネスが先にあって、トニーの「Doing Charity by Doing Business.」っていうマインドがなかったら、全部成り立ってないんですよ。
トニーはカトリック信者なんですが、そういう資本家、実業家がこの世に存在してるってことなんです。
チャリティのためにお金を出すっていうことができるそういう一部の人が存在してるってことなんですよね。そういう人をメディアで取り上げることが重要なんだと思います。その人がいなかったら、私や菊地さんのやってる活動は始まっていないですから。そこはちゃんと伝えたい。

中村 ムーブメントが始まるのには、きっかけやタイミングも重要だと思います。
菊地さんたちが探し始める時に山田さんが活動をしていなかったら、繋がらなかった。

山田 コロナ禍だったので、インバウンド向けの製品担当だった私は、そこまで忙しくなかったんです。
でも、一時帰国者向けの製品「ハナセル」は需要が増えたので、会社の業績は伸びたんです。
それで、その間にチャリティを伸ばそうということになったんです。その時期にサレジオ学院から連絡をもらったんです。

菊地 だから、ありがたかったんですよね。会社自体の利益が落ちていたら、チャリティも勢いが止まってしまっていた。
でも業績が安泰だったのと、山田さんの手が空いたことで、僕らを助けてくださるだけの余裕ができたんです。

山田 その時期はオリンピックもあったし、英語を教える「JETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme=語学指導等を行う外国青年招致事業)」の先生などは日本に入国していたので、継続利用者は増えていたんです。
その中で隙間を生み出して、チャリティをやる時に始めたのが「オンライン留学 ソーシャルビジネスコース」だったんです。
マラウイ、ポーランド、アメリカ、そしてイギリスと日本にビジネスの拠点があるので、全部繋いで教師を募って、オンラインでチャリティコースをやったらいいんじゃないかと。
ただ、マラウイだけ人件費を出す必要があるので、有料のインターンシップなんですけど、修了したらインターン証明書と人脈ができるから、それを商品化してみようと。そして2020年の夏に始まりました。最初の生徒は静岡サレジオの生徒だったんです。
そのコースにサレジオ学院の生徒も参加してくれました。

菊地 それも高大連携で活かしていけたらいい部分ですよね。
サレジオ学院でもチラシにモベルのオンラインコースの案内がついたものを積極的に配布してます。

中村 学びの場で簡単に海外と繋がることのできる時代なんですね。

山田 それを英語で記事にすると、サレジオ会のクレメンテ神父(元EAO地域顧問)が取り上げてくれますし(笑)。
クレメンテ神父のFacebookにメッセージすると、すぐに出してくれるんです。

菊地 僕もびっくりしました。「英語で記事書いてくれ」って頼まれたので、送ったんです。
そしたら次の日には「Bosco Link(EAO地域のニュースレターサイト)」で掲載されましたって連絡があって。
スピード感が違います(笑)。

山田 ずーっと起きてるんですよね。メッセージ送ると、すぐ既読がつくんです。
インド人のポール神父とワッツアップ(WhatsApp=アメリカで人気のSNS)で繋がってて。
Bosco Linkで掲載されると、私に「この人物を知ってるか?」ってメッセージが来て。知っていれば、ラジオに流すからと。
なので今から音声を送るところです。スピード感がありますよ。

中村 何度か日本に来られてて、僕が知っているクレメンテ神父はずっと携帯端末でメッセージを打っていました。

岡本 空港に向かう車の中でもでもずっとパソコンに向かって作業してました。また、人の話の要点を掴むのが上手い。
今は南アフリカの管区長になっています。

山田 歴史総合の授業で「チャリティの歴史」をケーススタディでやったんです。
一つの例ですが、アイルランドのジャガイモ飢饉の時に当時のアイリッシュタイムズでブリジット・オコネルという女性が「子どもが飢餓で死んでいる」という内容の記事を掲載したんです。それを見たアメリカ先住民のチョクトー族(Choctaw)がアイルランドに寄付金を送ったんです。その理由が、チョクトー族の知恵の一つに、身につけた弓矢に例えて「将来の世代に力を繋ぐことが何より優先すべき」というのがあって。そのためにはまず子どもに食事を与えることだと。それを受けてアイルランドは、2020年にチョクトー族にワクチンを受けられなかったり、食事が受けられない時に寄付金を送り返したんです。
日本も戦後、アメリカのフレンド派(キリスト教プロテスタントの一派)ララ物資(Licensed Agencies for Relief in Asia=アジア救援公認団体)の救援物資のおかげで1946年に学校給食法ができたんです。そういったチャリティの食事で繋がるサブの歴史があるんです。
チャリティの歴史の学びを学校教育に導入すれば、社会貢献、寄付のような一方的なものではなく、お互いに将来的に支え合って生きているっていうことを分かり合える。それがよく分かるのが、アフリカなんですよね。
アフリカの人たちはコミュニティ意識が高い。理由は、そうじゃないと生活ができないからなんです。
そういう地域に召命が増えて、そこに寄り添う宣教師も増えて、そこでITの革命が起きて、日本にも人材が入ってきたら、日本も変わっていくでしょう。だから、アフリカにクレメンテ神父がいるのは重要なのかなと思います。
色々やりとりしてみたいなという気持ちがありますね。

中村 今後、アフリカから日本に入ってくる宣教師は増えそうですね。

岡本 世界的にも増えてくると思います。
サレジオ会日本管区に近年、アフリカから若い宣教師が来日していますが、日本語習得の困難さなど、いろいろと難しいところもあります。
同時に宣教師を迎える日本のサレジオ会員にも閉鎖性というか、問題があるんだと感じています。
あと、(志願して宣教師になる人が日本に来る前に)抱いていた宣教のイメージと日本の現実が違うところも大きいでしょうね。
神やイエスをダイレクトに語る、福音を叫ぶということを、多くの日本人は求めていないんですよね。そういうスタイルの宣教に触れると心のシャッターがひとりでに下りてしまう人が多いというか…。

中村 元々ある文化的な土壌も関係しているんではないかと。島国なので。日本の文化と西洋文化の間に大きな溝があると感じます。
でも菊地さんや山田さんはそれを超えて開拓していってくれる世代だと思います。
日本と西洋の違いを自覚した上で、それを超えていくことがこれからの若者に求められていると思います。

菊地 私自身、学生として思うのは、マコシ プロジェクトの活動に高校、大学と続けて関わってきたことを記事に書いて、初めてクレメンテ神父様と繋がりが持てた。でも、それを高校生のうちでできていたら、もっと広がっていくと思うんですよね。そしてサレジアン ファミリーのコミュニティのつながりを自分の人生に活かすこともできる。
ただ、サレジアン ファミリーの繋がりって見えづらいし、進学校のサレジオ学院にいるとどうしても高学年になるにつれて、進学のための準備が大事になる。だからもっと早い時期に触れることができれば、もっとサレジオ精神の育成という意味でも実りがあるのではないでしょうか。

山田 サレジオ関係の人が見て、その人と学生のストーリーが繋がるとか、
そういったメディアとして「note版ドン・ボスコの風」が使われていったらいいと思います。

中村 こちらもそういうことを望んでいます。一方的な発信ではなく、皆さんと一緒に作っていく発信スペースにしていくことを。

山田 それがメディアの仕事、いい意味で間に入ることだと思います。

菊地 後輩たちにはこういうチャンネルがあるんだよと伝えたい。そして活かしていってもらいたいです。
私もメディアの専門知識を持った者として後輩にこのチャンネルのことを伝えたいですね。

岡本 今の修道会や教会のメディアの方針は、声をあげられない人の存在を知らせることなんです。
今の教皇フランシスコがやっていることもそういうことかと思います。
サレジオ学院の中でも、弱く小さくなっている生徒たちの声を拾うっていうことが必要だと思います。
メディアのバックに大きい資本の力などがあると、そういう声を潰す力がものすごく大きい。

菊地 小さき者の声を聞くっていうのは、聖書でもそうですね。ただ、メディアを学ぶにつけ嫌になっていくんですよね。未来がないというか。
活字離れもそうですし、新聞も雑誌も売れなくなっていくし、テレビ離れ、ラジオなんて聞いてる人が少なすぎるみたいな。主要なメディアがどんどん衰退していく中で「それでいいのかって」いうことがどんどん出てくる。権威主義的や忖度(そんたく)とかそういう話が。
小さい者の声を聞く、もしくは小さいコミュニティの間を繋ぐメディアってすごく大事になってくる。むしろこれからはそういうところに力を入れていかないといけないと思っています。需要があるし、発信したい、聞きたい人がいるんだから。

中村 菊地さんは山田さんと繋がって今は、何をされているんでしょうか?

山田 今はNPO法人せいぼジャパンのボランティアスタッフとして活動してくれています。

中村 ボランティアスタッフは何人いらっしゃるのでしょうか?

山田 少ないです。定期的に動いてくれるのは何人かですね。今は静岡サレジオ出身の平野健太郎くんと菊地健太朗くん、テンプル大学ジャパンキャンパスにいる学生の3人ですね。もう一人伊吹くんっていう子がいたんですけど、大学進学でオーストラリアに行ってしまって。
その4人でグループLINEを作っていて、そのメンバーで動いていました。みんな大学生で、あとはその4人に関係している高校生がたまに関わってくれている。コーヒー販売してくれている学校の子とか。

菊地 最近アルバイト一つ辞めたので、インターンやってもいいかなって思ってますよ(笑)。

山田 ほんと? NPO法人せいぼジャパンの方はインスタグラムとかを引き継いでやってもらって。ウォーム ハーツ コーヒー クラブの方は掲載するネタがあるんですけど、せいぼジャパンの方は毎日毎日、学校給食食べてる子どもの写真しかないんですよね。でもよく考えれば、人間にとって一番重要じゃないですか、毎日の食事って。お腹空いてたら勉強もできないし、喋れないし。
マラウイで剣道を広めようとした人がいるんですけど、反対の意見があったんですよ。「お腹が空くじゃないか」と(笑)。

中村 確かに(笑)。運動より食事だろうと(笑)。当然ですよね。

山田 食事と他に何が必要かと聞くと「ビジネス」「ジョブ」。だから、マラウイに職業訓練センターなんですよ。
これをやったのがまさにドン・ボスコですね。

菊地 スポーツはちゃんと食事ができて、仕事があって、お金ができて、時間ができるから、やるようなもので。
そこがわかってないと広まるものも広まらないですよね。剣道だってすばらしいスポーツだと思いますし、精神も素晴らしいと思いますけど、土壌がない、そこに至ってないところがまだある。だから学校給食の寄付活動をやってるんですもんね。

山田 その通りです。
マラウイで工事現場で働いている人とかで、挨拶すると力なく前に手を上げるだけなんですよ。多分お腹空いてるんですよ。ぼーっとしてるから。それも14時くらいだから。最低限の食事で仕事をしているんですよね。

中村 マラウイの気候や環境は厳しいのでしょうか?

山田 暑くないですよ。日本と同じくらい。四季ではなくて、雨季と乾季ですが。

菊地 南アフリカに近いんですよね。南アフリカは過ごしやすい気候なので。地理的条件は近いと思います。
一度行ってみたいと思うんですけど、予防注射など、諸条件のハードルが高くて。

山田 誘ってるんですよ。来年一緒に行こうって。

菊地 そうですね。検討中です。

中村 菊地さんが行ったら、すごく見方が変わるのではないでしょうか。

山田 めちゃくちゃ変わりますよ。
うちの上司には人生が変わった人がいます。
その奥様はどこに住みたいかと聞かれると、「マラウイ」と答えるそうです。

(終)