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コラム Blender 1:出会い

 noteでは色々なことが出来そうな気がしますね。以前からずっと書いていたブログも正直時代的に終わりかなって気がしていたし、Facebookとかでやってきた事もソロソロちょっと書いてみたいなあと思っていたので、このnoteっていうのが結構いい感じで更新出来そうなので楽しみです。 

 ということでとりあえず私とBlenderとの関わりについて書いてみたいと思います。今でこそ3DCGツールとしては有名になった感のBlenderですが、このソフトとの出会いが私の人生その後の色々な方々との出会いに大きく影響を与えるきっかけになりました。

 最初に出会ったのはまだオープンソース化される以前のNot a Number Technologies (NaN)社のリリースしているダウンロードソフトだった頃で、非力なマシン(Windows 98 SEのノートパソコン)でもサクサク動作するのと、機能限定ながら無料で使えて、しかもフル機能(追加機能はラジオシティ)用のC-keyというコードも安価で入手できたので、当時巷に出回っていた高価な3DCGツールとは一線を画す存在でした。(NaNとしては当時はソフトウェアよりもどちらかと言えば公式のマニュアル本で収益を得ていた感じでしたね。)

 Blenderは独創的なUIで操作方法も癖があって一般的ではなかったのと、日本語の情報が少なかったため、当時は日本で普及するのはなかなか難しかったようです。しかしながら判官贔屓の私とってはとても魅力的なソフトウェアのように感じました。

 しかし、Blenderを自分のサイトで紹介していた斉藤寛さんと中村達也さんの共著による日本初のガイドブックが出版されたことで状況が変わってきます。

 この本と彼らの主催するサイトの掲示板が日本におけるBlender情報の中心となり、多くのユーザー達が集まり始めます。しかも色々試行錯誤しながらBlenderを使っている方々の投稿がBlenderを始める人達にとってとても有意義な最新Tips情報となりました。なので彼らの管理しているサイトの掲示板のデータが何かしらの理由で吹っ飛んでしまった際、それを復旧するため多くの人達が協力し、私も当時スクショしたりダウンロードして持っていた掲示板のテキストデータを送りました。私はこの頃からBlenderコミュに参加する事に楽しみを感じ始めていたのかもしれません。

 その後NaNの管理下にあったBlenderが非営利団体の Blender Foundation に移り2002年にはオープンソースソフトウェアへと舵をを切り始めます。日本においてはyamyamさんが運営する非公式でありながら日本最大級のBlender情報サイトBlender.jpを通じて多くのBlenderユーザーの方々とサイトを通じて色々な情報を共有する事になります。

 私自身は当時オープンソースで開発しているOpenOffice.org(現LibreOffice)というオフィス統合ツールの日本での普及活動をしていたOpenOffice.org日本ユーザー会に所属していて、リアルでもミーティングしたりイベントなどに参加することでコミュ間の繋がりを拡大していました。しかしながら同じオープンソースソフトウェアのBlenderユーザーの横の(リアルな)繋がりが殆ど無いのに(クリエーターというのはそういうものだというのを後から知りましたが)ちょっとだけ疑問を感じていました。

 そんな中、私は2007年にBlenderでは世界的に有名なトニー・マレン(Tony Mullen)さん主催(多分日本では最初)のユーザーミーティングに参加する事になります。トニーさんは当時日本に住んでいました。

 トニーさんによる当時のイベント「Blender at the Pink Cow cafe bar, Tokyo」のレポートがこちらにあります。

 渋谷のカフェバーPink Cow(現在は赤坂に移転)で開催されたイベントは私にとても有意義なものでした。これをきっかけにBlenderのユーザーミーティングイベントを全国展開出来ないかと考え始めるようになります。ちなみにこのイベントに出席した中で私とShigeこと前田滋人さんは同年代の最年長でした。(^_^)

 この後、私と一緒にイベントを開催・運営し、BLUGjp Blender User Group of Japanの立ち上げメンバーとなる人達との出会いもこのPink Cowでのイベントが最初でした。

次回、2:イベント開催に続く


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