論文レビュー『中小企業の市場創造プロセスにおけるエフェクチュエーションの活用』
今回は商工金融に投稿された神戸大学大学院経営学研究科准教授吉田満梨著の論文メモになります。中小企業にも転換が求めれている今です。是非一読を。
※引用部は、太字で強調しています。
要旨
中小企業における製品イノベーションの創出プロセスや市場機会の創造プロセスにおいては、大企業における新製品開発のベストプラクティスとされる分析的・計画的な実践がほとんど活用されていないことが指摘されてきた。中小企業と大企業では、リソースの点で様々な制約がある。違うアプローチが必要である。
近年の経営学では、「エフェクチュエーション(effectuation)」と呼ばれる意思決定の論理が、エキスパートの起業家を対象とした研究から発見され、不確実性に対処する上での一般理論として広がりを見せている。
本稿では、エフェクチュエーションを構成する5つの原則に触れながら、説明する。
→マーケティングの細分化の感じは、大企業向けであることは間違いない。経営学の成り立ち的に仕方がないことであると感じるが。
問題意識
中小企業のマーケティングについて、2つの問題点がある。
従来の市場や顧客のニーズを前提に最適な製品・サービスを提供するのであれば、顧客に対する市場調査やSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)といった標準的なマーケティングアプローチが有効
だが、ある企業が新たな市場機会を模索しようとする場合にそれらは十分ではない恐れがある。新しいビジネスモデルは、多くの場合新たな顧客や市場の創造を伴うため、そもそも誰が顧客であり、誰を競合と考えるべきなのかが、当初から明確ではないのである。
⇨マーケティングは、イノベーションではない。
従来のマーケティング理論は、中小企業に有用可能なものあるが、多くは、企業の成長あるいは利益目標のために最適なターゲット設定とポ
ジショニングの定義を含む戦略策定を行い、その遂行に必要な経営資源の配分を適切に行うことを基本としている。
→これが、大企業的。
中小企業によるイノベーション創出の特徴
従来の研究では、中小企業がイノベーションに取り組む上では、大企業と比べて様々な困難性があることが指摘されてきた。
他方で、中小企業が持つ好ましい特徴として
が挙げられる。
こうした大企業と中小企業との相違は、両者の新たな製品・サービスを開発する活動の違いにも反映されている。主に大企業に焦点を当ててきた従来の新製品開発プロセスに関する研究では、複数のビジネスアイデアに対して、様々なマーケティングリサーチの手法を用いて繰り返しスクリーニングを行い、絞り込まれた有望なアイデアを実現するために最適な製品設計とマーケティング戦略の策定を行い、計画的に市場導入していく、というステージゲート・システムの利点が強調されてきた(Cooper and Kleinschmidt 1993)。実際に、こうした分析的・計画的な製品開発プロセスは、様々な企業の実践でもベストプラクティスと認識されている。
これは、中小企業には使えない。オランダの製造業における中小企業
5社の製品イノベーションプロジェクトについて分析を行ったBerendsたち(2014)の研究で大企業とは違うアプローチをとっていることが明らかになった。
具体的に調査対象である中小企業のイノベーションプロセスは、企業の目標達成に必要なアイデアや資源の探索によって開始される訳ではなく、自社で既に持っている技術・スキルや設備、人とのつながりといった資源が起点となっていた。さらに、各企業の製品イノベーションプロジェクトのプロセスもあらかじめ決められた計画通りに進められたわけではなかった。その代わりに、例えば試作品を作成するといった具体的なアウトプットを伴うステップが一歩一歩実行され、各段階で顧客や関係者からのフィードバックを得ながら、あるいは追加的な資源や機会を取り入れながら、次にどのように進めていくべきかが繰り返し検討されたのである。また、将来の売上や市場シェアなどの具体的な目標を最初から定義して、リサーチによってそれらを予測しようとする代わりに、プロジェクトの過程で生成する目標やアイデアの修
正をオープンエンドに取り入れ、状況に応じて進化することが重視されていたのである。
このように、中小企業が採用する製品イノベーションのプロセスは、大企業における製品開発のベストプラクティスとは大きく異なっているアプローチに基づいている。
「エフェクチュエーション」とは何か
「エフェクチュエーション」とは、現在米国のヴァージニア大学ダーデンスクールで、アントレプレナーシップの教授を務めるサラス・サラスバシーという経営学者によって発見・提唱された、不確実性の高い状況における意思決定の一般理論である。
生み出される成果を所与として最適な手段の選択に焦点を当てる従来の経営学 の 前 提 を「 コ ー ゼ ー ション( 因 果 論:causation)」と呼びうるのに対し、エキスパートの起業家たちは、一組の手段を所与として、そうした手段で生み出しうる効果(effect)に焦点を当てていたことから、コーゼーションの反対概念として「エフェクチュエーション(effectuation)」という造語に近い言葉が用いられた(Sarasvathy 2001)。
エフェクチュエーションには5つの原則がある。
コーゼーションとエフェクチュエーション
→本稿の図式を参照してほしい。
コーゼーションが有効なのは、企業にとって当初から目標が明確であり、また環境が分析に基づいて予測可能な場合に限られる。予測可能性が乏しく、目標も必ずしも明確ではないという状況には、エフェクチュエーションが有効。
手中の鳥(bird-in-hand)の原則
「目標主導(goal-driven)」ではなく「手段主導(means-driven)」
これは三つの思考から成り立っている。
「私は誰か」とは、独自の選好や能力、特徴など、その人のアイデンティティーを構成する要素を意味する。「何を知っているか」は、意思決定に活用されうる知識のことであり、「誰を知っているか」は、アプローチ可能な社会的ネットワーク(人とのつながり)のことである。
これに加えて、余剰資源にも目を向ける。
エキスパートの起業家は、未来の市場機会やビジョン・目標が明確に見えない環境下であっても、すぐに動員することのできる上記の手持ちの手段を用いて、実践可能な「何ができるか」のアイデアを生み出し、それを迅速に行動に移そうとするのである。
許容可能な損失(affordable loss)の原則
うまくいかなかった場合の損失を考えた上でのコミットメント
ここでうまくいかなかった場合に発生する損失には、資金だけではなく、行動のために投資されたあらゆる資源、例えば時間や、誰かの信頼、犠牲にした機会なども含まれる。
重要なのは、自分自身が何を失うことを許容できないのか、を事前に明確化
したうえで、失うことを許容できないものをできるだけリスクに晒さないような形で、行動に着手すること。これにより、行動の価値基準が明確になり、損失を最小にした行動を取ることができるようになる。
クレイジーキルト(crazy-quilt)の原則
あらゆるステークホルダーとパートナーシップの構築を模索する
予期せぬ事態の発生とともに、起業家の手持ちの手段を拡張し、エフェクチュエーションのプロセスを思いもしなかった方向性へと導く大きなきっかけとなるのが、パートナーからのコミットメントの獲得である。
こうしたエフェクチュエーションの思考様式が、「クレイジーキルトの原則」と呼ばれているのは、パートナーと共に新たな事業機会や市
場自体をつむぎ出していくエフェクチュエーションのプロセスが、パッチワークキルトづくりに類似したものと見なされているためである(Sarasvathy 2008, Sarasvathyら 2008)。
レモネード(lemonade)の原則
予期せずしてパートナーからもたらされた手段や目的を受け入れ、それを積極的に活用しようとする姿勢
行動を起こした結果が、思った通りに進むことを保証するわけではない。むしろ不確実性が高い環境では、顧客獲得や技術開発、資金調達など、様々な局面で予期せぬ事態が起こる可能性が高い。
実際に、エキスパートの起業家の意思決定では、こうした予期せぬ事態を避けられないものとして受け入れた上で、むしろポジティブに活用しようとする傾向が見られた。こうした発想は、英語の格言である「人生が酸っぱいレ
モンを与えるなら、レモネードを作れ(Whenlife gives you lemons, make lemonade.)」にも通じるため、「レモネードの原則」と名付けられている。
飛行機のパイロット(pilot-in-the-plane)の原則
何とか予測しようと努力する代わりに、自分自身がコントロール可能な要素に行動を集中すること
予測不可能な不確実性の高い環境で、むしろ結果が不確実であるからこそ、自分たちがコントロール可能な要素に働きかけることで未来の環境の一部を創造する行動に集中し、予測ではなくコントロールによって望ましい結果を
帰結させようと努力するのである。
こうした世界に対する認識が「飛行機のパイロット」と名付けられている理由は、航空機に必ずパイロットが乗っているという事実が、まさに不確実性に対してコントロールによって対処すべきであるという信念と関わっていることに由来する。
エフェクチュエーションはどのように実践可能か
既存企業におけるビジネスモデルの変革や、新製品開発・研究開発、マーケティング、海外市場への展開といった、様々な不確実性を伴う実践において実際にエフェクチュエーションに基づく意思決定が活用されている。
不確実性が高い、資源制約があるといった場合には有効。まさに中小企業にはよく用いられる。
ただし、外部の投資家や様々なステークホルダーに対する説明責任を果たさなければならない局面では、予測合理性に基づくコーゼーションによる説明が求められる場合もあるだろう。
→エフェクチュエーションからのコーゼーションの流れが一般的かな。
エフェクチュエーションは相互補完的であり、5つの原則が密に絡みに合っている。
エフェクチュエーションを経験的に学習する上でとりわけ重要なのは、潜在的なパートナーを獲得するための行動、すなわち他者に対する「問いかけ(asking)」のプロセスである(Dewら2018)。
問いかけがないと、エフェクチュエーションのサイクルが回らない。
終わりに
コロナ禍による環境変化も含めて、多くの企業が先行きを見通せない不確実性の高い状況に直面しているが、こうした環境は「レモネード」に変換されるべきレモンでもある。予期せぬ事態の発生は、「私(たち)は誰なのか」「何のために存在しているのか」を改めて問い直す機会ともなった。いま一度、自らの手持ちの手段を再認識したならば、そこから「何ができるか」を発想し、リスクをコントロールしながら自らの行動を通じて望ましい結果を、他者と共に作り出していくことができる。エフェクチュエーションの論理を知っていただくことで、行動への一歩を踏み出す後押しになれることを期待している。
論文は以下のURLで読むことができます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
https://www.shokosoken.or.jp/shokokinyuu/2022/02/202002_3.pdf
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