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ロング・ロング・ロング・ロード Ⅲ 道北の蒼 道央の碧 編  4

 早朝の船旅は快適だった。
 日差しのある甲板に出て、海の上の朝食を楽しんだ。
 久し振りにセコマ以外の物が食べたかったが、稚内はセコマ占領区だった。
 またか、と思ったが、筋子のおにぎりをペットボトルのお茶で胃に入れた。お茶・三本と、無糖のカフェオレ・一本を購入しているので、今日一日、喉の渇きを気にしなくても良かった。それに利尻では気になるドリンクを飲んでみたいと思っていた。
 おにぎり一つでは心許ないと思って、オーソドックスにあんパンとクリームパンも買ってあった。塩気のあとのあんパンを無糖のカフェオレで食べた。クリームパンは入らなかった。
 食べ終えた頃、遠く海の向こうに、利尻富士が綺麗に姿を見せていた。
 出航手続きの最中に霧のことを訊いてみたが、現地に行かないとわからないと言われていた。昨日、フェリーターミナルの大きな目をした可愛げのある女性職員が口に出してしまった“霧”というものは、心配しなくてもいいように思えた。
 それにしても昨夜の店は最高だった。
 出てくる料理、出てくる料理、それらがすべて旨過ぎて、まさに、酒が“呑まらさる”だった。
 帰り道、稚内駅周辺には、人がポロポロと歩いているだけだった。前後左右に気を張り巡らせながらホテルまで戻った。少し気になっていた、誰かにつけられているのではないかという心配は、取り越し苦労だったと思えた。
 のんびりとした船旅も、礼文島の姿がハッキリと見え始めると、甲板には乗船客が群がりだし、各々が手に持ったスマホで自撮りし始めた。異様な情景だった。
 いつの間にか利尻富士は姿を消していた。フェリーターミナルの大きな目をした可愛げのある女性職員が吐いた言葉が現実のものとなっているようだ。
 心躍らぬまま、相棒に跨って上陸した。
 北に行くか、南へ行くか。
 船着場から見える南は、薄い白いベールがかかっているように見えた。なので、まだ白いベールのない北へ、スコトン岬を目指して道道40号線を行くことにした。
 フェリーターミナルを右に出て、港に面した香深の街を走る。道は街の終わり近くで左にカーブして道道40号線へ突き当たった。突き当りにはガソリンスタンドがあった。二つ並んだ給油機には赤色と緑色があるだけで、相棒の飲み物は置いてはいない様子だった。
 右折して、狭くなったり広くなったりする、それほど素晴らしいとは思えない海沿いの道をただ進む。様似から襟裳に向かう途中で見たのと同じように、丘の斜面に貼り付くように家が並んで建っている。そして、襟裳から広尾に抜ける黄金国道に雰囲気の似た道の途中、蒼の斜面と海に挟まれた左カーブでカントリーサインを発見した。ブレーキをかけながら近づくと、それは礼文町のカントリーサインではなく香深井のカントリーサインだった。「ぬか喜びさせるな」とだけ呟いてやった。礼文町のカントリーサインは何処で出逢えるのだろうか?
 あっ、そういえば、下船の時に係員に食ってかかっていた横浜ナンバーの白いハーレー乗りは、無事に礼文島に上陸することが出来たのだろうか?乗船前から何かカリカリしていて、嫌な感じを周りに醸し出していたから罰でも当たったか。
 「おかしい。アンタが、ここを触っただろう。俺はちゃんと切っていたんだ。おかしいじゃないか」
 そう何度も同じ文言を言いながら、左右に別れたガソリンタンクの真ん中にあるイグニッションスイッチを何度も動かしては、何度もセルボタンを押していた。
 俺から見ればバッテリーが上がってしまっている以上、彼のとっている行動すべてが無駄で、すべて意味のないことだった。対応した係員も呆れ顔だった。彼が自分の相棒から離れる時に、横着せず、ちゃんとロックをかけていれば良かった。ただ、それだけの話なのだ。
 スコトンは、須古屯と書くらしい。→道道507号線の分岐を示す標識にそう書かれていた。そこから先は、緩い左カーブの上り坂だ。昨日の宗谷丘陵のような蒼があった。期待が膨らむのは仕方のないことだった。
 坂道の頂上付近では、左側だけが開けていた。ここにも見事な蒼い波があったが、暗くはないが日差しは薄い雲の向こうにあって、遥か遠くの波は海からの白でチョッピリ染まり始めていた。
 見晴らしのいい風景は、下りになるとまた左右を低木で覆われてしまった。残念がって走っていると久種湖が見渡せた。晴れ渡っていれば……。それはもう考えないことにする。
 礼文空港の文字に何故だか心を惹かれながら、道道507号線を左折してスコトン岬へと進む。折角行くのだ、霧で見えないのだけは勘弁だ。
 海沿いの港町の中を走って行く。そのうちに家屋はなくなり、日差しは雲の切れ目から差す以外のものはなかった。それでも、綺麗な所なのだという感動は実感出来た。江戸屋などという変わった地名もあって楽しかった。
 須古屯の標識を見つけた頃には、さっきよりか少しだけ靄がかかっていた。だけど空は明るく、頭上の雲もより薄くなっていて、この靄もすぐに消えてなくなるのではないかと思った。
 道はスコトン岬へ上っていく。標識に←鮑古丹の文字を見つけて、肝醤油で食べる鮑の刺身のコリコリ感と、隠し包丁が入れられ、バターが焦げる薫を放つ鉄板の上で焼かれ、斜めにカットされていく鮑のステーキが食いたくなった。その先は、襟裳岬や納沙布岬を小さくしたような世界があった。だが、ここには景色に馴染んだ街があった。
 海が見えていた。紗が晴れてはいたがお天道様は顔を見せてはいなかった。岬の入口ギリギリの場所に相棒を停めた。風が強く海から流れてきていた。
 急斜面に作られた、一段ずつ丸太で区切られた階段を下りていく。俺の身体的に、帰りのことを考えると嫌になる。それでも、やめようと思う前に一歩を踏み出した。せっかくここまで来たんだ。
 階段の下には、アザラシの見える宿があった。こんな所に一週間もいれば、俺の中の何かが変わるかもしれないが、そんな気にはなれなかった。その先の広場がスコトン岬の展望台か。
 展望台からは綺麗に先っちょが見渡せた。海も雲間からの日差しでキラキラと光り輝いていた。
 先っちょは、襟裳岬の先っちょの小さい版のような雰囲気だった。何枚か写真を撮りながら、自分が感動していないことに、いや、もうこういう類の感動に慣れてしまっていることに気がついて、俺は俺が少し嫌になった。
 足取りは重く、行きの倍以上かけて相棒の元へと登りついた。
 タンクバッグからお茶を取り出して喉を潤す。脚にも疲労を感じた。平地なら大丈夫なのだが、坂や階段の上りは使う筋肉が違うせいか疲れが早いのだ。
 やっと心肺機能が通常に整ったところでスコトン岬をあとにした。
 元来た道を行くのはもったいないと、気になった鮑古丹の方へ右折した。その道は狭い道で、ガードレールもなく舗装状態も悪くて、その上曲がりくねったりしていた。それでも、ドキドキしながら走っていて気持ちが良かった。蒼が堪らなかった
 だが、尾根の部分に差し掛かると、急に濃霧に包まれた。5m前すら霞んでいた。クラッチを何度も切ったり繋いだりしながら、両足を交互について前にゆっくりと進んだ。こんなことをしていると一速の滑りが、もっと悪くなってしまうのではないかと心配になった。
 白色の中を、ただ、ただ、一歩一歩進んで行く。進めど、進めど、前にはただ白が現れるだけだった。
 1m先が見えなくなった。
 俺はその場で相棒を止めた。クラッチを握りニュートラルに入れる。
 シールドに細かな水滴が貼りつき、やがてそれらが融合して、雫となって流れ落ちていく。
 これだけ白に包まれると、俺自身がこのまま同化して消えてなくなるのではないかと、ふと思った。それならそれの方が、俺的には楽だとも思った。
 そうか、やはり全部話した方が良さそうだ。そう思った。俺は明日も明後日も、生きているとは限らない身体なのだから。
 右から急に強風が吹きつけた。相棒もろとも蒼が映える斜面に突き落とされそうになった。踏ん張って持ち堪える。風が、俺の前に立ちはだかる白を、斜面の底へ押しやっているのが見えた。
 風が収まり、目の前には下り坂があった。
 霧は霞へと薄れていた。道道40号線まで下り切ると、目の前に広がっている海には、陽の光が雲の隙間から何本も力強く差し込んでいた。天使の梯子だ。さっきまでの白は、いったい何処へきえたのだろうか?
 俺は、道道40号線を左折して路肩に停めると、相棒に跨ったまんま、昨日知った番号へショートメールを送った。いつも時代は変わるのだ。
 何だか俺のこれから先の行き方が少しだけ見えたような気になって、今は閉鎖されている礼文空港を目指した。
 今度は右折して道道507号線の海岸沿いの道を進んで行く。ここも人家が途切れ途切れに斜面にへばりつくように建っている。舗装が悪過ぎる。凸凹を気にしながら走るのは、とても疲れることだった。
 色褪せたフェンスの向こうの滑走路には、舗装の割れ目から草が伸び出ていた。飛行機が飛ばなくなった空港はこんな風になるのだと、俺は納得した。そして、今ならあの直線を、相棒で好きなだけ飛ばせるだろうにと、馬鹿なことを考えた。
 道道40号線で港まで戻る。そこから先の南には、絵画のような利尻富士の景色があるはずだった。それにまだ、俺は礼文町のカントリーサインに、出逢えていなかった。
 人家の並ぶ海沿いの道はガスってもいなかった。ただ頭の上に灰色の雲が居座っているだけだ。
 けれど、南へ進むにつれて、前方の丘の上が白で見えなくなっていった。
 それでも、万が一を願って丘を駆け上がった。
 残念ながら、丘の上には白以外はなかった。さっきのように風が吹くこともなかった。
 諦めて礼文町のカントリーサイン探しに出発した。
 道道40号線を行ったり来たりしながらカントリーサインを探した。けれども、なかなか見つからなかった。
 道を歩く人々に尋ねてみたり、セコマで訊いてみたり、フェリー乗り場で訊いてみたりもしたのだが、皆、首を傾げて要領を得なかった。
 それでも俺は、カントリーサインを探し続ける。
 道道40号線の丁字路でどっちに行こうか迷よい、標識を見ようと顔を上げた。すると正面右手3メートルぐらいの高さのところに、礼文島の道端に立っているものよりも一回りも大きい四角形があるのを発見した。礼文町のカントリーサインだった。
 この高さで側面に貼り付くようにあっては、何度前を通っても発見出来ないはずだった。俺は軽い怒りを覚えた。
 フェリーターミナルに戻って昼飯を食べることにした。
 周りを歩いて旨そうな店はないか探してみたが、俺の鼻が嗅ぎつくような店はなかった。だからフェリーターミナルの2階にある店で食べることにした。人気店なのか、店内に入るのに十五分ほど並んで海鮮丼を食べた。普通に美味しかった。流石、礼文島だ。でも、感動はなかった。今夜も昨夜の店に行こうとこの時に決めた。
 食べたあと、まだ乗船までには時間があったので周りをブラついた。フェリーターミナルの売店では十本入りでしか売っていなかった利尻昆布棒を、外に並んでいる売店で三本だけ買った。
 乗船手続きが始まるまでの列に並んでいる時に、買ったばかりの利尻昆布棒を試しに一本食べてみた。見た目からわかるとおりで、うまい棒の、カールのうすあじよりも強い昆布味だった。なかなか旨い。車なら売店で売っている10本入りを幾つも買って帰りたいぐらいだった。
 乗船時に、あの白いハーレーの姿はなかった。
 乗船して甲板から街を眺めた。香深の街は何か必要なものがすべてぎゅっと寄せ集められた、おにぎりのような街だったと俺は思った。
 出航すると、利尻島へはあっという間に着いた。
 鴛泊の港には、綺麗な青空が広がっていて、ペシ岬の異観が心を揺さぶった。
 何台かの観光バスが北方向に鴛泊港を出発した。俺は逆に、時計回りに利尻島を巡ることにした。利尻富士が綺麗に姿を見せている。
 利尻は、丘ではなく山だった。お天道様に照らされて、ここの蒼も綺麗に輝いていた。
 海ギリギリの道道108号線を南下して、先ずは姫沼へ急いだ。
 『姫沼園地』の看板の傍に相棒を停めて森の小径を進むと、小さな吊り橋が出てきて期待を高めていった。吊り橋を渡り切り、一段と森感の強い坂道を行く。辿り着いた先には、姫沼を前に利尻富士が綺麗な稜線を……。知らなかった。利尻富士の隣に、それより少し背の低い尖山があることを。
 へーっと思いながら、何枚も美しい景色を撮りまくる。オンネトーで見た景色を思い出した。
 遠くの方からガヤが聞こえてきた。心地好かった静けさは雲散霧消した。
 団体客がこちらに来る前にと、急いで何枚か追加で撮った。
 駐車場までの森の小径で、次から次へとやって来る団体客とすれ違った。中には船内で見た記憶のある顔もあった。一人に「こんにちは」と声をかけられたあと、その団体の流れが終わるまでずうっと、俺は「こんにちは」を返さなければならなくなってしまった。
 道道へ出るまでの間にも、三台の観光バスが上ってきていた。皆、同じ船で上陸してきたバスだろう。良かった。静けさの中で姫沼越しの綺麗な利尻富士を愛でれたのだ。
 道はしばらくの間、ずっと海沿いを進んだ。お天道様の下、キラキラした海を見ながら走る貸し切り道路は、俺を呆けさせるには充分だったが、所々に集落があって呆けるまでにはいかなかった。
 白い恋人が楽しみだ。
 そう思っていると、右手に利尻富士町のカントリーサインが現れた。俺の知っている栗鼠がバイクに乗っているものとは違い、二匹の栗鼠が登山をしている絵が描かれていた。
 いつも通りのんびり走って、俺は沼浦展望台に着いた。
 相棒を停めた時には、左から来た霧が利尻富士を隠していく最中だった。白い恋人擬きは見ることは出来たが、完全な白い恋人とはいかなかった。もっとスピードを上げて走ってきていれば、と、少し悔やんだ。
 八割ほど利尻富士が姿を隠したので、オタトマリ沼へ向かった。
 沼畔からここにあるはずの利尻富士を想像してみたが楽しむことは出来なかった。左から霧が来ているということは……、つくづく残念だった。
 売店で万年雪という牛乳ソフトクリームと、ハマナスと熊笹のミックスソフトクリームを梯子する自棄食いをした。
 ノーマルソフトクリームを食べまくり過ぎて、ハードルの上がっている俺の好みは、ハマナスと熊笹のソフトだった。ハマナスの香りと甘さ、熊笹の爽やかさとあの笹団子感が良かった。
 何とか沈みがちな気分を上げて出発する。
 島の南を東から西へ走る。こうも空模様が違うものなのか。バックミラーには小さく青空が、目の前には灰色より黒ずんだ空があった。
 雨でなければいい。そう腹を決める。
 しばらく走ると、昆布が温泉に浸かっている利尻町のカントリーサインに出逢った。これで今日の旅の目的はほぼ達成した。あとは、謎のドリンクを飲むだけだった。折角だからと、カントリーサインが立っている丁字を、ゴマフアザラシがいるという仙法志御崎公園へ向けて左折した。
 行けば行くほど、ドンドンと空が暗くなっていく。風が強くなり海も荒れだした。溶岩で作られた海岸、無数に突き出た岩に白波が砕け飛ぶ様が幻想的に見えた。だが、そう思えたのも少しの間だけだった。気づけば、この道には俺しかいなかった。
 冷たく湿った風がムカつく。何なんだ。ここは観光地だろ。それなのに誰もいない世界なんて、どういうことだ。どうにかしろこの天気。バカヤロー。そうシールドの中で吐いて出る。それ以上の罵詈雑言を並べて、自分の気持ちを軽くした。それでも、晴れていればと思ってしまう。
 仙法志御崎公園で、ゴマフアザラシがクルクルと泳ぐのをちょっとだけ見て出発した。
 益々、海は荒れていき、何が楽しくて走っているのかわからなくなっていく。こういう時に走るといつも、修行僧の気分になるのだ。
 少し先の荒れる海の中に、赤い鳥居が建っているのが見えた。他のものに気をとられることなく走っていたので、赤が一目散に飛び込んできたんだ。
 看板には龍神の岩の上に祠を建てたと書かれてある。名前は「北のいつくしま弁天宮」。
 これも縁と相棒を停めてお参りすることにした。
 鳥居の先の海から突き出た岩の上に、赤い小さな祠が祀られてあった。
 海に突き出た細い橋を渡り、俺は旅の安全を祈願した。
 お参りを済ませて何気なく振り返った。祠まで続く細い手摺のある橋と、橋までの両サイドには転落防止のためのフェンスが貼られてあった。そのフェンスが八の字になっていて、不謹慎にも、俺にはパチンコ台にあるチャッカ―までの釘の列、袴と呼ばれる部分に見えてしようがなかった。橋を渡りながらパチンコ玉になった気分をちょっとだけ味わった。
 陸に戻って、波飛沫舞う中に建つ美しい佇まいの祠を眺めていると、神秘的な何かを感じずにはいられなかった。
 ポケットのガラ携が鳴り震えた。
 徳永だった。
 ――今、大丈夫か?――
 「ああ」
 ――お前から頼まれていた件だが……――
 「何だ?」
 ――手を引いた方が良さそうだ――
 「どういうことだ?何がわかったんだ?」
 言い難そうにしていた徳永を急き立てて話を訊いた。
 五十川彰俊を調べるように徳永から依頼を受けた関川興信所の関川は、五十川が、北海道好きが集まる大規模学生サークル『道愛会』の下部組織になる、『J-Rowan』というサバイバルゲームのサークルに入っているのを突き止めた。そこまでで徳永からの依頼は終了だった。それなのに、何かを感じた関川は、そのまま五十川並びに『J-Rowan』の本部に貼り付いた。そして今日未明、『J-Rowan』の本部がある港区三田の近くにある首都高高架下で数名の暴漢に襲われたのだという。それだけならよくある話だが、そろそろ意識がなくなると思ったところで、男達の暴力がピタリと止み一目散に逃げて行った。すると近寄ってきた男が関川の耳元で言った、「この件から手を引け。関川興信所が関わる案件じゃぁない」と。そして、その男は、関川が知っている警視庁公安部の人間だったという。徳永が、今回の依頼を降りると一点張りで、それ以外は何も言葉にしようとしない病床の関川から、無理やり訊き出した話らしい。
 俺は、稚内のホテルで感じた嫌な感じは、公安の人間だったのでは?そう思った。
 ――俺も公安と聞いちゃぁ手を引くしかないと思っている。それに丘崎は狂っている。――
 「丘崎がどうした?」
 ――お前に言われて調べてる最中だが、お前が朝井に撃たれる半年前、愛知県北名古屋市の遠路組の組長が爆殺された事件を覚えているか?――
 「それなら覚えている。今の分裂状態を引き起こす原因の一つだ」
 ――その時に使用されたTNT、どうも丘崎が中東ルートから仕入れた物らしいんだ――
 俺の頭の中に、もっと昔、襲撃され三ヶ月後に死んだ恒星会の前若頭・三宅の顔が浮かんだ。丘崎の親だった男だ。その時から俺は丘崎が殺ったのだと思っていた。仁義なき現代ヤクザ・丘崎のような奴が、これからは本物だといわれるのだろうとも思った。
 それにしても、爆薬に中東ルート?チャカでドンパチの時代ではないのはわかってはいたが、いつの間にヤクザ世界は、グローバル化してダイナミックになっていったのだろうか?
 ――それに、二年前の偽炭疽菌脅迫事件を知っているか?広島の食品加工会社が脅された事件だ。あれは表向き偽物の炭疽菌と発表されてはいるが、実は本物がパケの中に入っていたらしい。テロ事件となれば今おかれている日本の立場がどうなるかを考えて、警察庁が隠ぺいしたんだ。そして、その時使われた炭疽菌も、丘崎の持つ東欧ルートから日本に持ち込まれた物らしい――
 テロ?俺の中の片隅に漂っていた不安が形となってしまうような気がした。
 「本当に丘崎の仕業なのか?」
 ――確証はない。ただ言えるのは、全部の事件に丘崎の影が見え隠れしていることだけだ――
 何だ、丘崎はいったい何をしたいのだ。ヤクザとしてのテッペンを目指すのではなく、単に自分自身が抱いた疑問を、単純に解き明かしていっているだけなのではないかと俺は思った。こんな奴と関わっても、金にはならないことは明白だった。
 「わかった。百送るから、その関川に渡してやってくれ」
 いつになったら俺は、昔の俺と決別出来るのだろうか?つい口に出た。
 ――関川の面倒は俺がみる。貧乏人のお前は気にするな。それにもう退院する。単に関川がドジを踏んだだけだ。自業自得の一面もある――
 徳永は誰に対しても、まったくもって遠慮がない。
 「なぁ、高峰の方はどうだった?」
 ――まだ手を引く気になれないのか――
 「いや、知りたいんや。知りたいだけなんや」
 ――どうにかならんのか。その、変なものに首を突っ込む癖。また昔のように金を稼ぐつもりか?――
 「はははっ、まさか。一瞬、俺も金の匂いに釣られかけたよ。高峰から引っ張れるなぁって。けど、北海道を走っているうちに、そんなものはどうでも良くなった。忘れて、見なかったことにしてしまおうかとも思った。こっちに来て、少ないけど、人に出逢って、益々俺は北海道が好きになっている。そのことに気づいてもうたんや」
 徳永は黙って聞いていた。俺は何をこんな、こっ恥ずかしい話を徳永相手にしているのだろう。こんな話なんてするつもりはなかった。これ以上は話せなくなった。この旅で出逢った人達の顔が、話した会話が、一緒に見た景色が、それらが走馬灯のように蘇ったんだ。そして思い出した。彩香と伽奈、二人の仲立ちをしなければならないことを。
 「悪いが、頼んでいた北海道の関連企業の件と紅海丸の件は調べて欲しい。こんな俺にも出来ることがありそうなんだ」
 徳永はしばらく空白を作ったあと、「わかった」とだけ言って電話を切った。
 いつの間にか風は止み、波は穏やかで、雲間から降りた天使の梯子で、俺と祠のあるこの辺り一帯が、お天道様に照らされていた。
 頭の中がごちゃついたまま、利尻島最後の目的地に着いた。
 本当に大丈夫なのか?中へ入るのが躊躇われるような、戦後少ししてから建てられたみたいな外観だった。
 引き戸を開けて店内へ入る。「すみません」と声をかけると、奥から妙齢の女性が現れた。もっと年配の女性が出てくるものだと思っていた。
 俺は念願だったミクルト一つと、微妙な色合いの行者大蒜ジュースを頼んだ。
 ミクルトは乳酸菌飲料で、飲めば元気になるという行者大蒜ジュースもここにしかないない味といえばそうだった。利尻島の生活に入り込んだような、旅の思い出になる飲み物だった。もし、また来ることがあったのなら、多分、またここを訪れるだろう。
 これで利尻島での予定は終わった。纏まらないまま鴛泊へ向けて相棒を走らせる。
 晴天の下、北へ進む。さっきまで隠れていた利尻富士も、これでどうだとばかりに白をバックに雄姿を誇っていた。つまり、島の北側だけ晴れているのだ。見えるものすべてが、とても大切な瞬間だと思えた。
 それなのに俺の頭の中ときたら……、まったくだ。まだ纏まらないまんま、利尻空港へ向かった。
 利尻空港への道、道道856号線は利尻富士に向かって引かれてあった。
 雄大な姿を望みながら、路面状態の良い道を進む。
 利尻空港は閉鎖された礼文空港とは違い、微かな息遣いが感じられた。
 まだ乗船までには時間があった。
 道道856号線を戻って道道105号線の交差点に出た。何か引っ掛かったのでそのまま真っ直ぐに進んだ。
 朝からこうならもっと楽しめただろうにと、空の青さを恨んだ。
 道の先にあったのは小さな港だった。
 こんなとこにいるはずもないのに、必然的に瑛篠丸を探してしまう。
 色んな名前がつけられていることに感心しながら、この何も知れない港から先に進もうと思った。その時、俺は見つけてしまった。瑛篠丸だ。つまり、篠原三郎がこの利尻にいるということだ。
 俺は、ヒップバッグからカメラを取り出して、風景を撮るついでに何枚か瑛篠丸の写真と動画を撮った。周りを見ても、札幌ナンバーで青メタリック色の中型のレンタカーも、あの旭川ナンバーのオンボロの白いワンボックスは何処にもなかった。
 ことが進んでいるのか、進んでいないのかはわからないが、瑛篠丸が今ここにあることを、記録しておくことが大事なのではないかと思った。
 公安が絡んでいるとわかった今、俺がすべきことは、ここで篠原の動向を探ることではないのだ。一刻も早く公安に……。と、いっても、俺には公安へのルートがないし、そんな義理もない。だから、今の俺が一番にすることは、予定通り船に乗り稚内に戻り、最後の日本最北端の街、その夜を堪能することだった。どうせ何も考えの纏まらないまんまでことを進めても、身動き取れない状況に陥る可能性の方が高いのだ。そうなったら旅を続けるどころではなくなってしまう。
 時間潰しに向かった富士野園地辺りでは、北海道らしい風景の中、黄色いエゾカンゾウの花が咲き乱れていた。もっと北海道を楽しもうよ。そう諭されている気分だった。
 まだ時間があったので、道道105号線の路肩に相棒を停めて、荒々しい岩肌を見せている北側のペシ岬にしばらくの間見入っていた。
 船は定刻どおりに稚内へ着いた。
 まだ空は明るかった。
 呑んだ帰りに寝酒を買って帰るのが面倒臭くて、朝おにぎりとかを買ったセコマで寝酒を買ってホテルへ戻った。
 部屋に入って一息つく暇も作らずに、昨夜訪れた『蝦夷の里』へ向かう。今夜はどんな旨い物に出逢えるのだろうと想像すると、疲れているはずの足取りが軽くなって、暮れなずむ稚内の街並みも足早に歩むことが出来た。

よろしければ、サポートお願い致します。全て創作活動に、大切に使わせていただきます。そのリポートも読んでいただけたらと思っています。