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【読書記録】アートの力 美的実在論

気鋭のドイツ人哲学者マルクス・ガブリエルが、これまでにアートに関して発表した論文をまとめたものが本書です。ここでは本の主な主張と一般的な読者にとって関心の高い内容について触れていきます。


著者について

マルクス・ガブリエルは、2013年(ドイツ版)に上梓された「なぜ世界は存在しないのか」で、人が特定の何かを指す時に、それは指している人それぞれが持つ別々の意味空間上で存在し、人が共通に固有の存在として指し示すことができる何かというものは無い。という主張をして話題になりました。

なぜ哲学者がアートについて語ったのかというと、アートはかねてより哲学者の大きな関心ごとの一つで繰り返し語られてきた文脈があるということ。そして、本書はアートの力と銘打ってあるように、アートには大きな力があり、アートが及ぼす影響はまさに社会的命題の一つとして取り上げられるべきという問題意識があったと思われます。

アートとはどういったもので、どういった力を持つか

本書によれば、アートというものは既存の社会的文脈として位置付けされるものではなく、それと対峙した時に初めて出会う新しい意味の場を与えるものであるとします。意味の場というものはアフォーダンスのようなものと考えていただければ良くて、例えば、取っ手はそれが取っ手であると形状から自ずとわかる。といったような理解です。

そのため、アートにはどこまでも自由な解釈が許されるのかというとそういうことはなく、製作者の企図に則った範囲における体験を提供するもの。それがアートであるという主張をします。しかし一方で、アートと対峙した時に、誰にとっても同一の体験というものはないとします。それは、このアートがこういうものだ。と説明した瞬間に、体験を一意的に規定してしまうためです。

こうした主張は、本書における「分析と解釈は違う」という言葉に集約されていると考えます。「分析」と言った時にそれは誰にでもわかる既存の言葉で対象を説明することを指しますが、「解釈」と言った時にはそれをどのように感じたか、主観的な体験を説明することであるためです。なので、アートについて論じることは可能ですが、アートを体験することとは区別されます。

本書では、アートは意味性、つまり言葉のような既存の枠組みを超越した存在であり、それゆえ絶対的だという主張が繰り返されます。

美、それはまことに恐ろしいものである。それが恐ろしいというのは、規定することができないからである。

ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」より

アートが美しいとはどういうことか

次に、人がアートを美しいと感じる際に起こっていることに注目します。
本書においてアートの美に関する記述は少ないです。それは、アートがそもそも規定できないものであるとする立場のため、必ずしも美しい必要があるわけではないと考えているからでしょう。それでも、一般的な読者にとっては関心ごとの一つではあると思っています。

本書において、美に関する象徴的な言葉があったので以下に抜粋します。
構成(コンポジション)という言葉が使われていますが、アートを鑑賞する際に体験していることを直観的に表現できているフレーズだと感じます。

アートが美しいとは、特定のアート作品が自分の構成(コンポジション)で定めた基準において高い水準にある、ということだ。

本書より

構成(コンポジション)という言葉の意味を脳科学の観点から紐解いてみます。「なぜ脳はアートがわかるのか 現代美術史から学ぶ脳科学入門」では、中世までの芸術作品を鑑賞する場合と、近代の抽象画以降のアートを鑑賞する場合とで、前者では脳の働きがボトムアップ的に、後者ではトップダウン的に変わったことを指摘します。

端的に言えば、ボトムアップ的とは絵から入ってくる情報をそのまま受動的に受け入れることを、トップダウン的とは鑑賞者が絵から受け取る情報を能動的に解釈することを指します、
近代以降のアートは受像機の発展とともに写実から離れ、製作者の心象や独自の見方を表現する抽象画が勃興しましたが、トップダウン的な脳の働きは鑑賞者がアートを理解しようと働きかける積極的な態度で対峙していることを示します。

また、「なぜ脳はアートが〜」では、脳の構造とアート表現との関連性についても紐解いていきます。端的に言うと、脳がアート作品を鑑賞する際に、特定の色や配置において意味づけの重さが変わる構成があり、それがアート作品を全体として観た時に美しいと感じさせている。と主張します。

アーティストとはいわば、先に記した構成(コンポジション)を、意識的/無意識的にでも自分が表現したい心象風景の通りに上手に表現できる存在と言えるでしょう。

アートの定義と未来

最後に、本書において用いられているアートという言葉について注釈します。ガブリエルが主張するところのアートと、一般の人間が考えるところのアートのイメージに乖離があり、前提知識のない読者にとっては、本書における議論の筋は一読しただけでは失われかねないでしょう。

ミュージアムに存在するものだけがアートなのか、路傍の石を美しいと感じた時はそれはアートでは無いのか、アート作品はどこからどこまでがアート作品なのか。などなど、本書ではそういった細かい疑問に対する説明が十分になされないまま議論が展開されます。

これは、冒頭で紹介したガブリエルの「世界は一つのモノを取ってもそれぞれの人がそれぞれに指し示すところが違う」という主張の裏付けの一つであるかもしれません。人がある物を指す時に、指す対象が誰にとっても同一であるという暗黙の前提をほとんどの人が抱いている所為で、アートという言葉が指し示す内容が未分化なまま使われていることが解釈を複雑にしています。

一方で、世の中にあるモノはアートやアートから分化したデザインの影響力が支配的になり、アート市場だけで見てもますます規模が大きくなっており、アートは一部の権力者だけの所有物ではなく、一般人にとっても身近なものになってきました。これからアートが増えてくるだろう世の中において、議論を促し緻密にする土壌を提供するために、アートに関連する書籍は今後ますます増えてくるでしょう。



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