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ブラン氏の肖像 第五章「夢」

「マリアンヌ・ブラン」その名前を聞いたとたん私は開いた口がふさがらない状態となってしまった。何故なら今まで回ってきたお墓で私が見た墓石の中に「BLANC」という綴りは一つもなかったし、ブランという名前を聞いただけで反射的にブラン氏を思い出してしまうからだ。

私は言葉につまりながらこう答えた。

「マリー、初めまして。私はゆりで日本人よ。」

マリーは笑顔で握手してくれた。

半ば打ち解けた私たちはしばらくそこでお互いの事について話した。

少しすると、犬のルルーがどこかへ向かおうとしていた。

マリーが落ちつけようとしてもルルーは言うことをきかない。

二人は歩いてルルーが向かう方向へと向かっていった。

ルルーはある墓石に向かって吠えていた。

そこに書かれていた名前は


「BLANC」であった。

マリーはルルーを見ながら微笑んでいた。そしてその手をそっと墓石の前に手向けてある花を優しくなでるようにして触れた。

「マリー、もしかしてあなたのご家族なの…?」

私は慎重にそう尋ねた。

マリーは快活な表情でこう答えた。

「そうよ。私の家族ブラン家先祖代々のお墓なの。曾祖父の代から続いていてね。実は曾祖父にあたる人はかなり裕福だったみたいで。画家のモデルとかもしていたらしいの。」

私は驚きのあまり、手にしていた杖と絵を地に落としそうになった。

マリーはとっさにフォローしてくれた。

「大丈夫?さっきから様子がおかしいけれどあなたもしかして病気なんじゃない?それとも他に何か原因がある?」

マリーのその問いかけに私はどう答えれば良いか迷った。本当の事を全て話せば頭のおかしい妄想家か病気の人間に思われるかもしれない。でも嘘をつくのも信頼上よくない。どうすればよいものか…。

ふと、ある考えがよぎった。私がブラン氏を見たということは秘密にしておいて西洋美術館にあるブラン氏の絵の猛烈なファンであることを告げるのだ。

「あの、マリー、実はね。この絵を見てほしいんだけど…。」

そう言って見せた途端、マリーの表情も驚きに満ちたものに変わった。

「どうして?何故曾祖父の絵を持っているの?」

驚きに満ちたマリーにどう話したらよいかわからないまま、私は考えこんで

今度、杖を持っている事に気が付いた。

杖の説明はどうするか…。もしこの杖の名前まで知られたら…。

私は狂人だと思われること覚悟で事のいきさつを話すことにした。

マリーは信じられないという表情で唖然としていた。

「少し考える時間が欲しい」と言って墓石の周りを何周か回っていた。

そして、何かを思いついたようにこう答えた。

「わかった。私、あなたの事信じるにしても信じないにしても、あなたの曾祖父への敬愛はよく伝わってきたわ。私、そういう霊とか絵の中から出てきたとかいう話あまり信じる方じゃないんだけど、もしよければ、うちに来てくれない?おばあちゃんに会わせたいの。何か手掛かりになることを知ってると思うから。」

二人は墓地を後にし、モンマルトルの路地を深く入ったところにある可愛らしい一軒家まで歩いた。

「ここが私の家よ。」

その可愛らしい家に入っていくこととなった。

出迎えてくれたのは、小さい背中の可愛らしい老人であった。

「どうも、こんにちは。あなたは日本人ね。私にはわかるわ。」

フランスに来て初めてアジア人で日本人だと認識されたのでなんだか嬉しかった。おばあさんはフランス語しか話せなかったのでマリーがすべて通訳してくれた。

家に通されるとそこにはたくさんの書物が棚に並べられていた。

おばあさんにも事情を話すと、おばあさんは何の不思議もなさそうにその話を受け入れてくれた。そして杖を見せると「まあ」といい、それを大事そうに眺めていた。

「私の旦那は数年前に他界したんだけどうちは婿入りでね。おじいさんが大変旦那を気に入ってたから私たちは幸せな結婚をしたのだと思っているのよ。」

そういって懐かしそうに外を眺めた。

三人で少し遅い昼食を共にすると、おばあさんは私を二階に案内してくれた。そこにはたくさんの書物や日記のようなものが保管されていた。書斎のような場所であった。

おばあさんはそこがマリーの曾祖父である絵のモデルになったブラン氏の書斎であることを教えてくれた。

私は感嘆としてその書斎を見回した。どの本も日記もきっちりと並べてある。

その中でもひと際高い段に「Japonais」と書かれた題名の日誌のようなものを見つけた。

私はマリーを介しておばあさんに許可を取り、その日誌を手に取った。

「Japonais」とは日本語に訳すと日本人、という意味だが私はそのタイトルにもしかしたら何か秘密が隠されているのではないかと思い、日誌を開いた。

表記はフランス語でされてあった。

「あれは夢のような話であった…。」

次回に続く