人ならざるもの 

人生最悪の1日は
恋人にふられた日でもなく
仕事でこっぴどいミスをした日でもなく
犬のうんこを踏んだ日でもない
自分が誰の役にも立っていないと思い知らされた日だ
絶望という言葉は生温い
微かに残っていた自己愛さえ粉砕され
その破片を呆然と立ち尽くしながら見ていた
壊れたお城に棲んでいた
私に許された唯一の棲み家
しかしある日大地震が起き
お城は音を立てて崩れ落ちた
それから私は流浪の旅に出た
この世のどこかには一つくらい
私を必要としてくれる居場所があると信じて
しかしどのドアを叩いても
間に合ってますと追い返された
途方に暮れる私に北風が吹きつける
それで理解した
なぜ自分が壊れた城なんかに棲んでいたのか
初めから世界からそこに追いやられていたからだ
お前なんかいらないよと
神様に宣告されていたからだ
私が世界を愛しても世界は私を愛さない
美しい湖に辿り着いた
衣服を全て脱ぎ去ると
静かに水の中へ足を踏み入れていった
波紋も立てないくらい
静かに静かに
だって私はいてはいけない存在なのだから
在ってはならない人間なのだから
最後まで誰も恨まなかったことを
褒めてくれる月だけが輝いていた
鏡のように湖に映った月の真下へ辿り着くと
もう足は水の底についてはいなかった
役立たずは歌う
歌いながら沈んでいく
不思議と苦しみは感じなかった
誰からも必要とされない時点で
私はもうこの世から葬られていたからだろう
もう私自分を責めなくてもいい?
最期の意識で誰かに問い掛けると
いいよと応えてもらったような気がした
その湖には人魚伝説がある
誰も目にしたことはないけれど
満月の夜歌う声を聴いたという人がいる
悲しそうな歌だったよ
いいえ私はもう悲しくないのよ
人として生きられなかった女は
やっとその命を許されたのだから

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